日本国憲法の恒久平和主義を堅持する宣言

2008 (平成20) 年7月4日
東北弁護士会連合会

  世界人権宣言が国際連合総会で採択されてから60年になる。同宣言は、世界のすべての人々の人権保障を宣言したものであるが、 これらの人権保障も平和のうちに生存することができてこそ実現されるという認識から、近時一段と日本国憲法の恒久平和主義に対する国際的評価が高まっている。

  日本国憲法は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」 との決意のもと、「平和を維持し、専制と隷従、 圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたい」 と宣言し、 それを実現するために 「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」 を確認し、 第9条において、戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認を定めている。 日本国憲法に示されたこの恒久平和主義は、武力によらずに、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」 平和及び人権保障の実現をめざすものであり、 国民主権 (前文、第1条) 及び基本的人権の尊重 (第3章、第97条) とともに日本国憲法の基本原理をなしている。

  このように、日本国憲法は恒久平和主義の実現に向けた国際貢献を求めているが、近時、軍事的な国際貢献を強調する立場から、 自衛隊イラク派遣等、武装した自衛隊の海外派遣を正当化するとともに、随時海外に派遣できる恒久化法の制定を目指す見解がある。 しかし、自衛隊のイラクでの活動、特に航空自衛隊による米兵輸送は、米軍の行う武力行使と一体化するものと評価され、憲法第9条が体現する恒久平和主義に反する。 また、上記恒久化法の制定を目指す見解の中には海外派遣の要件や武器使用の要件を大幅に緩和し、自衛隊に広範囲に及ぶ行動権限を与えるものもあり、 恒久平和主義に抵触する危険性が大きい。

  さらに、同じ立場から、日本国憲法の恒久平和主義を変容させ、軍隊を保有し、武力行使を伴う軍事的「国際貢献」を可能にすることを目指す見解がある。 しかし、このようにして行われる国際貢献は戦争や武力衝突を生じさせ、罪のない市民に犠牲を強いることになり、人権保障に逆行するものであって許容できない。

  むしろ、恒久平和主義の下での国際貢献は、軍縮、貧困・飢餓対策及び教育支援等による紛争の原因除去、インフラ整備や生活物資の補給等の復興支援のほか、 感染症対策等の医療支援、災害援助、さらには人口問題対策、難民救済対策、環境保全対策等の非軍事的な活動によってこそ実現されるべきである。 また、日本人が深く関与した国際平和活動としての武装解除も、 我が国が武力行使により紛争当事者の一方に加担することがなかったからこそ紛争当事者の信頼を得て実現し得たと評価することもできる。

  私たちは、基本的人権の擁護という弁護士の使命に鑑みるとき、最大の人権侵害行為である戦争や武力行使及びそれらを惹起させる行為を許容することはできない。 そして、このような事態を招来させないためにも、基本的人権の保障及び国民主権の基礎にある恒久平和主義を堅持することが重要である。

  当連合会は、これまで多くの人権課題に取り組んできたが、人権保障の根幹にある恒久平和主義の意義を再確認するとともに、 その理念が堅持されるよう不断の努力を重ねる所存である。

  以上、宣言する。
2008 (平成20) 年7月4日
東北弁護士会連合会


提  案  理  由

第1 恒久平和主義の意義

1 平和のうちに生存することは基本的人権保障の基礎である
(1) 人権と平和の密接不可分性
  世界人権宣言 (人権に関する普遍的宣言、Universal Declaration of Human Rights) は、 1948 (昭和23) 年12月10日、第3回国際連合総会において採択され、今年が60周年になる。
  同宣言は、前文で 「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利を承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎」 であり、 「人権の無視及び軽蔑が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、 一般の人々の最高の願望として宣言された」 と述べた上で、差別の禁止、生命、自由及び身体の安全に対する権利、社会保障を受ける権利等多くの人権を保障している。
  20世紀の大戦、特に第二次世界大戦の惨禍を経験して、戦争を阻止し平和を実現するためには、 基本的人権の保障と国民主権が確保されなければならないと認識されるに至った。 世界人権宣言は、このような平和と人権の密接不可分性という認識の下に採択され、国際人権規約(1966年)においても同様の認識が示されている。

(2) 平和のうちに生存することは基本的人権保障の基礎である
  その後、1978 (昭和53) 年12月15日に国連総会で採択された 「平和に生きる社会の準備に関する宣言」 において、「平和に生きる固有の権利」 が承認され、 1984年11月12日に国連総会で採択された 「人民の平和への権利についての宣言」 において、「人民の平和的生存の確保は各国家の神聖な義務である」、 「地球上の人民は平和への神聖な権利を有することを厳粛に宣言する」 と述べ、平和のうちに生存する権利が確認された。 さらに、同じ認識に立つ考えが、UNDP (国連開発プログラム) の年次報告 「人間開発報告書」 94年版に、新しい安全保障の概念=人間の安全保障として登場している。

(3) 日本国憲法の平和的生存権
  日本国憲法の平和的生存権は、以上のような国際的・世界的に承認されてきた平和への権利を先駆的に実定化したものである。
  自衛隊イラク派遣に関する名古屋高裁平成20年4月17日判決は、憲法前文に規定されている平和的生存権について、 「現代において憲法の保障する基本的人権が平和の基盤なしには存立し得ないことからして、 全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利」 であると判示している。 なお、同判決は、憲法前文、9条、13条及び第3章の人権規定を根拠に法的権利性を認め、さらに、「この平和的生存権は、局面に応じて自由権的、 社会権的又は参政権的な態様をもって表れる複合的な権利ということができ、 裁判所に対してその保護・救済を求め法的強制措置の発動を請求し得るという意味における具体的権利性が肯定される場合がある」 として具体的権利性を認め、 憲法第9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合にも平和的生存権を根拠に司法救済を求めることができると判示し、 第9条と平和的生存権を表裏のものと捉えている。

2 日本国憲法の恒久平和主義
(1) 日本国憲法は、前文において、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」 の決意を踏まえ、 恒久の平和を念願し、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」 と平和への決意を述べている。 その上で、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」 と宣言し、 「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」 を有することを確認している。 そして、「国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを」 誓い、この決意及び誓約を具現化するために第9条において、 戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認を定めている。
  この恒久平和主義は、軍備を廃止して、武力によらずに、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」 平和及び人権保障の実現をめざすものであり、 国民主権 (前文、第1条) 及び基本的人権の尊重 (第3章、第97条) とともに日本国憲法の基本原理をなしている。

(2) このような恒久平和主義の国際社会における意義として、以下の点が挙げられる。
  第一に、第9条が規定する非武装の方針は、地雷、クラスター爆弾、核兵器、生物・化学兵器等あらゆる軍備の不拡散を求める国際社会の要請とも合致する。
  第二に、軍備に充てられていた財力や人力を福祉や環境保全・回復に回すことが可能となる。
  第三に、戦争や軍備競争は、資源・エネルギーの大量消費を伴うものであるところ、第9条の非武装の方針はそれを阻止し、資源・エネルギーを保全することにより、 子孫の生存権を保障するものである。
  第四に、軍事力が人民の安全や平和を守らず、多数の殺戮や破壊、弾圧を引き起こしてきたことは過去の例からも明らかであるところ、 恒久平和主義はそのような悲劇をなくし、人権と民主主義の保障に資するものである。

(3) このような国際的な意義を有する恒久平和主義は、世界の市民からも注目を集めている。
  例えば、1999 (平成11) 年5月にオランダのハーグで世界各地の NGO が結集して開催されたハーグ平和アピール市民会議において採択された 「公正な世界秩序のための基本10原則」 は第1項に 「各国議会は、日本の憲法9条のように、自国政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきである」 と日本国憲法9条を掲げている。
  武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ (GPPAC) は、2005 (平成17) 年7月、暴力紛争予防のための世界行動提言の中で、 「世界には、規範的・法的誓約が地域の安定を促進し信頼を増進させるための重要な役割を果たしている地域がある。 例えば日本国憲法第9条は、紛争解決の手段としての戦争を放棄すると共に、その目的で戦力の保持を禁止している。 これは、アジア太平洋地域全体の集団的安全保障の土台となってきた。」と指摘し、第9条が平和構築の基礎になっていることを承認している。
  その他、「世界平和フォーラム」 宣言 (2006年6月、カナダ)、ナショナル・ロイヤーズ・ギルド (全米法律家組合) 総会決議 (2007年11月)、 「9条世界会議」 宣言 (2008年5月、日本) においても、憲法第9条の理念や価値が世界の目指すべき指標であることが確認されている。

第2 近時の 「国際貢献」 論の危険性

1 近時の 「国際貢献」 論
  前記恒久平和主義に対し湾岸戦争以降、軍事的寄与に力点を置き、「国際貢献=自衛隊派遣」 とも言える 「国際貢献」 論が強く主張されるようになった。 この見解は、憲法第98条の国際協調主義の中に軍事的貢献をも含めるものと言える。
  このような 「国際貢献」 論は、イラク特措法に基づく自衛隊のイラク派遣を正当化し、 また、特別措置法によらずに自衛隊海外派遣を随時可能にする自衛隊海外派遣恒久化法の制定を目指し、 あるいは、日本国憲法の恒久平和主義を変容させて軍隊を保有し、武力行使を伴う軍事的国際貢献を可能にすることを目指しているものが多い。

2 「国際貢献」 論の危険性
(1) 自衛隊イラク派遣の違憲性
  イラク特措法に基づく自衛隊イラク派遣に関し、前記名古屋高裁判決は、航空自衛隊の空輸活動について、 @ 戦闘行動が行われている、又は行われようとしている地点と当該行動の場所との地理的関係、A 当該行動の具体的内容、 B 各国軍隊の武力行使の任にある者との関係の密接性、C 協力しようとする相手方の活動の現況、等の諸般の事情を総合的に勘案して、 各国軍隊による武力行使との一体性を個々具体的に判断するという政府見解 (第136国会 1996年5月21日参議院内閣委員会における大森政輔答弁) を前提にしても、 他国による武力行使と一体化した行動であるとして憲法第9条1項及びイラク特措法2条2項に違反するとの判断を示した。
  政府は、自衛隊のイラクでの活動内容についてはわずかの情報しか開示していない。 そのため、国際貢献や国際協調主義が強調される影で、憲法第9条が体現する恒久平和主義に反する活動が行われている可能性を否定できない。

(2) 自衛隊海外派遣恒久化法制定の動き
  自衛隊を特別措置法によらずに随時に海外へ派遣できる恒久化法の制定を目指す動きもある。 その代表的な例として、自由民主党が2006 (平成18) 年8月に発表した国際平和協力法案がある。 同法案は、施行期間や派遣対象地域の限定がない点で従来の特別措置法と異なる。
  同法案の特徴として、以下の点が挙げられる。すなわち、第一に、人道復興支援、停戦監視、安全確保、警護、 船舶検査及び後方支援 (以上を総称して「国際平和協力活動」 という) 並びに物資協力という広範囲に及ぶ自衛隊の活動を容認している。 そのため、前記イラク派遣のように恒久平和主義に反する活動をも容認することになる危険性がある。
  第二に、国際平和協力活動 (海外派遣) を行うための要件を大幅に緩和している。 すなわち、国連の決議や要請がなくても国連加盟国その他の国の要請がある場合や、 それ以外でも日本政府が特に必要と認めた場合には自衛隊の海外派遣を容認している。そのため、例えばイラク戦争にもアメリカの要請のみで加担できることとなる。
  第三に、武器使用要件を大幅に緩和している。すなわち、正当防衛・緊急避難に限らず、自衛隊の部隊等の任務遂行の妨害、 抵抗排除のための武器使用を容認しており、恒久平和主義による歯止めが失われつつある。
  このような恒久化法案は、憲法第9条が体現する恒久平和主義を実質的に変容させるものである。

(3) 日本国憲法の恒久平和主義を変容させる動き
  国際貢献を強調する立場から、現行憲法について、前文の平和的生存権を保障した部分を削除したうえで、 「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」 に参加できる軍隊を設置し、 あるいは、国連の集団安全保障活動を憲法において明確に位置付け、国連決議や国連安保理決議のもとでの海外での武力行使を容認しようとする見解がある。 しかし、このようにして行われる国際貢献は戦争や武力衝突を生じさせ、市民に犠牲を強いる結果となり人権保障に逆行する。 したがって、現憲法が定める恒久平和主義を変容するものと言わざるを得ない。

第3 恒久平和主義のもとでの国際貢献

1 恒久平和主義の理念
  むしろ、恒久平和主義の理念に立脚すれば、日本が国際社会において行うべき国際貢献も平和的手段・武力行使によらない手段こそ第一に考えられるべきである。 衆議院においても、2005 (平成17) 年8月2日 「国連創設及びわが国の終戦・被爆60周年に当たり、更なる国際平和の構築への貢献を誓約する決議」 において、 「政府は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念のもと、唯一の被爆国として、世界のすべての人々と手を携え、核兵器等の廃絶、あらゆる戦争の回避、 世界連邦実現への探求など、持続可能な人類共生の未来を切り開くための最大限の努力をすべきである」 と述べている。

2 具体的に考え得る国際貢献
(1) 恒久平和主義のもとでなし得る国際貢献として、次の例が挙げられる。
  @ 核兵器や生物化学兵器といった人類生存及び環境保全を決定的に脅かす兵器の削減をはじめとする軍縮政策。
  A 貧困・飢餓対策や、教育支援等による紛争の原因除去。
  B 紛争や天災、経済破綻等の原因で発生した難民の救済対策、インフラ整備や生活物資の補給等の復興支援。
  C 感染症対策等の医療支援、災害援助、さらには人口問題対策。
  D 地球環境の保全や回復に向けた取り組み、資源・エネルギーの節約、リサイクル、新エネルギーの開発等。
  E 人権状況の監視、司法・警察の改革、権力濫用の調査。
  F 上記各活動を行っているNGO(非政府組織)や市民グループへの支援、育成。

(2) なお、近時、日本人が関与したDDR (武装解除:Disarmament、動員解除:Demobilization、社会再統合:Reintegration) が混乱なく遂行できた例が報告されている。 その背景には、紛争当事者の日本及び日本人に対する信頼、すなわち日本は戦争に加担しないという、 憲法第9条により体現される恒久平和主義が作り出した信頼があったということも否定できない事実である。

(3) このように、恒久平和主義を掲げる日本が行うことのできる平和的手段による国際貢献は多数存在する。

第4 結論

  以上のとおり、人権保障と平和の密接不可分性に根ざした日本国憲法の恒久平和主義は、世界の中でその意義を高く評価されている。 当連合会は、このような恒久平和主義の意義を再確認するとともに、その理念が武力行使を伴う軍事的国際貢献により矮小化されることなく、堅持されることを強く訴える。
  現在、東北各県の弁護士会において憲法問題を取り組む委員会が設立されており、憲法施行60周年であった昨年には各地で市民集会やシンポジウムを開催した。 当連合会は、これまで多くの人権課題に取り組んできたが、人権保障の根幹である恒久平和主義の意義を再確認するとともに、 その理念が堅持されるよう不断の努力を重ねる決意をもって、本宣言案を提案する次第である。
以 上