石山永一郎 編 (著) 『彼らは戦場に行った ルポ新・戦争と平和』
共同通信社 (2009/12/10) の薦め
木村 朗 (鹿児島大学教員、平和学専攻)
オバマ米大統領は昨年1月の政権発足後に、対テロ戦争の主要舞台をイラクからアフガニスタンに移していくことを表明、
アフガニスタンへの2万1千人規模の米兵増派と隣国パキスタンへの越境攻撃を行ってタリバン勢力との戦線を拡大した。
さらに、昨年12月初めにも約3万人の米兵の追加増派を決定したが、その後も戦局は一向に好転せず、ますます泥沼の様相を呈するにいたっている。
本書は、このような2001年9月11日の米国での 「米中枢同時テロ」 事件をきっかけに始められた 「現在進行形」 の 「対テロ戦争」 の実態と行方を、
イラクやアフガニスタンなどの戦地・現場に実際に足を運んで 「現代の戦争帰還兵たち」
の生の声・姿を伝えることによって明らかにしようとする渾身のルポルタージュである。
また、21世紀における新しい戦争と平和という問題をより広い視野から見つめ直すことができる生きた教材を提供する優れた教科書ともなっている。
本書を通じて、読者は 「戦場に重い真実があるように、平和な故郷に戻った帰還兵をめぐる物語にも深い悲しみがあること」
を肌で実感することになるであろうことは確かである。
戦争帰還兵には、戦場での恐怖やストレス、帰還後の日常生活とのギャップなどから、パニック障害、不眠、うつ病、
アルコール・薬物への依存など心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥る事例が多く見られる。
その結果、暴力を振るいがちになり家族とのコミュニケーションができず、仕事にもつけずにホームレスとなったり、最悪の場合には殺人事件を犯したり、
自殺にいたるケースが後を絶たない。米退役軍人の自殺率は一般民間人の2倍以上で(20代前半では約4倍、自殺未遂はその数倍)、
帰還兵の 「心の闇」 をそのまま表す数字となっている。「心を病んで帰国し、仕事が見つからなければ、
さらにうつ病が深まり、あっという間に路上に放り出される。帰還兵からホームレスに至る道は驚くほど早い」 という支援団体関係者の言葉が、
そうした実情を物語っている。
米国では米中枢同時テロ後に 「軍学共同」 が進み、対テロ戦争の泥沼化で兵員不足に悩む米軍は、
貧困家庭の子どもを 「標的」 とした新兵勧誘活動を強化している。
志願する子どもの中には、除隊後の永住権と引き換えに入隊する 「グリーンカード兵」 と呼ばれる違法移民の子も少なくないという。
また、イラクやアフガニスタンでは米軍の民間軍事会社(PMC)への依存が強まっている。
特にイラク戦争ではディック・チェイニー副大統領がかつて最高経営責任者を務めていたハリバートン社などが米軍の後方支援の多くの部分を担い、
その結果、前線に立つ兵士の比率が高まっているという指摘が注目される。
イラクからの帰還兵トーマス・ヤングは、「民間軍事会社のスタッフの方がはるかに給料が良く、仕事も危険が少ない。
彼らがいる場所を守るためにおれたちが戦ったようなものだ」 と率直に語っている。
米兵のイラクでの死者は、2009年11月18日現在で4363人、アフガニスタンでの死者は920人に上っている。
米国がイラクとアフガニスタンを舞台にした 「対テロ戦争」 のコストは、発表された公式予算額でも1兆ドルで、
ノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・スティグリッツはその3倍の3兆ドル(米国以外の国が費やしたコストを含めると6兆ドル)と試算している。
この対テロ戦争では負傷者の数だけでも湾岸戦争の百倍を超えており、米国はこの先、
負傷兵や心の病に陥った兵士への治療費や障害給付金も払い続けなければならない。
負傷兵の看護に当たっていた女性大尉は、「これほどの犠牲を払っても国のためになったわけではなく、負傷者の痛みや悲しみと引き換えに、
一握りの人がさらに富と権力を増やしたに過ぎないのです。‥マスコミに対する締め付けは厳しく、真実はごくわずかしか報道されていません。
‥数週間前イラクに行くまでは元気だった愛しい人が、両足を切断され、腹部には手術の痕を残して生死の境をさまよっているのです。
‥神様、どうか、この狂気の沙汰を終わらせてください」 と切実な心情を告白している。
本書では、この他にも、戦争の民営化と軍務の外注化の流れの中で急成長する民間軍事会社・
戦争請負ビジネスの恐るべき実態や雇い兵となって戦地に派兵される発展途上国フィジーの貧しき人びとの悲しみ、
劣化ウラン弾による内部被曝で癌や白血病に冒されて苦しむ若い米兵やイラクの子どもたちの痛み、
復興支援ビジネス・援助バブルで勝者と敗者に二分化されるアフガニスタンの人々の悲しみ、
アフリカ・コンゴー資源争奪で多発化する内戦と武器の小型化・自動化を背景に急増する子供兵士たちの心に刻み込まれた暴力性
(第5章のみ淵野新一氏が執筆)、などの戦争の実相が困難な現地での直接取材を通じてのみ得られる裏づけのある事実として描かれている。
本書の中で紹介されている 「そもそも戦争が始まってしまったとき、ジャーナリズムはいったん敗北している」 という言葉には、
本書全体を貫く著者の問題意識が見事に集約されている。そして、あとがきにある 「一見、平和だが、それが脅かされかねない日常の中にこそ、
本来、記者がなすべき仕事はより多くあると信じている」 という著者の言葉に、
真のジャーナリスト魂を見いだして強い感銘を覚えるのは評者ばかりではないだろう。
21世紀の新しい戦争の現実と平和を実現する方策を知るためにも、本書を読まれることを強く薦めたい。
(『図書新聞』 2010年3月13日号に掲載)