ブックレビュー 

辺見 庸 著 『瓦礫の中から言葉を―わたしの<死者>へ』
(NHK出版新書)の薦め
木村 朗 (鹿児島大学教員、平和学専攻)


  「大震災は人やモノだけでなく、既成の観念、言葉、文法をも壊した」 という深い言葉は、 「人間存在というものの根源的な無責任さ」 というもう一つの言葉とともに、 3・11によって壊滅状態となった石巻市・南浜町を故郷とする著者が 「言葉」 と 「記憶」 を根源から探求した作品である本書の中核をなしている。

  3・11後、「人のモノ化、部品化」 と 「言語の単純化・縮小」、人の死の類化と計量的発想、言葉と実態の断層はさらに悪化し、 目的不明の不気味な反復放送、顔のないノッペラボウのような記事、日本人の美質や絆、勇気の強調など言語環境においてますます “悪気流” がただよい始めている。

  政治社会状況では、既存の法律とそれを支える思想の排除という 「法の溶解」、下からの統制と服従、 “集団的な過剰抑制行動” とでもいえる全体主義の一形態、責任主体のない鵺のような現象という日本型ファシズムがたちあがりつつあるのではないか。

  「人びとのよるべない内面が、なにかおかしなものに吸収され、回収されている」 ことを怪しみ、「3・11以降、しがない個々人の生活より国家や国防、 地域共同体の利益を優先するのが当然」という流れを警戒すべきであるという著者の深く鋭い洞察は特に注目される。

  こうした危うい流れに抗するすべははたしてあるのか。ここで大事なのは、「事態の本質に迫る、本質に近づこうとする意思と言葉」 であり、 個々人の 「予覚」、日常生活にある物の気配や兆しにもっと敏感であれ、予感をせよ、畏れよ、という著者の静かな魂の叫びに共感する。

  いまの日本社会と人間のあり方を根源から問い直す本書を、もう一つの新しい詩集 『眼の海』 とともに一読されることを強く薦めたい。
(『週刊金曜日』 2012年1月27日発行に掲載)