ブックレビュー 

『トップシークレット・アメリカ 最高機密に覆われる国家』
著者:デイナ・プリースト ウィリアム・アーキン 訳者:玉置 悟 草思社

弁護士 梓澤和幸


  ワシントン・ポスト記者のデイナ・プリーストと元米陸軍情報局の分析者でフリージャーナリストのウィリアム・アーキンが、 最高機密に覆われる国家、アメリカの対テロ戦争に関わるインテリジェンス活動の具体的態様を調査報道によって明らかにした。

  9.11アメリカ本土中枢部へのテロ以降、アメリカ政府は文字通り世界中の国々と、アメリカ国内の、首脳を含む政治家、一般市民、 テロリストと疑う人物を対象として、電話、メール、ツイッター、フェイスブックを監視し、通話内容、情報を探索、集積している。
  このため、巨大ビル、地下シェルター、巨大通信傍受施設などのハードウェアを構築し、 一方では最高機密を扱う有資格者を854,000人(うち民間人265,000人)の人員を確保し、 施設と人員の力で世界のかなりの人々に関する個人情報データベースを集積している。 ワシントン周辺には情報関連のビルが33ヶ所もでき、総面積はペンタゴンビルの3つ分にもなる。

  本書がアメリカの陰の首都と呼ぶボルティモア付近のエリアには、NSA本部(国家安全保障局)がある。 そこには推定3万人の職員が働く。今後の10年に1万人が増やされる。NSAは1日に17億件(1日にである!  本書106ページ)にのぼる電話会話、携帯メール、Eメール、ツイッター、ネット掲示板、ウェブサイト、コンピュータネットワーク等、 あらゆる通信を傍受し、IPアドレスを割り出す。

  二人のジャーナリストは、丹念なネット上の情報の追求と現地調査及びヒアリング取材によって、 こうした膨大な個人情報収集にあたる組織とシステムの具体的態様を突き止めた。 膨大なインテリジェンス産軍複合体が政府から無尽蔵な金を引き出し、巨大なビジネスを作り上げていることを明らかにした。

  無人機によるリンチ処刑
  本書のクライマックスは、無人機を用いたテロ容疑者の指名殺害の叙述である。
  アメリカ政府所有の無人機は、この10年に68機から6,000機に増えた。

  無人機によるターゲットの殺害について、アメリカ政府は対テロ戦争の一手段とするのかもしれない。 しかしそれは、裁判によらない死刑判決とリンチともいうべき処刑を思わせる。テロ容疑者の個人情報、動静情報を追跡した上で、 無人機による暗殺決定を数多く起案したロースクール出身のCIAの元法務官への取材も実名入りでレポート。 間違いはないかを恐れたその内面にも踏み込んだ。著者の一人アーキンは、殺害をコントロールする司令室の内部にまで招かれた。 映像でターゲットを追跡し、ついにその居宅に無人機による爆弾投下と機銃掃射を行う場面に出会った。 オバマ大統領がオサマ・ビン・ラディン殺害をライブでウオッチする場面がテレビで放映されたことは記憶に新しいが、 こういう方法による処刑は少なくない。CIAの公式発表では、1,400人の武装勢力容疑者を殺害したといい、民間人の巻き添えはおよそ30人とした。 しかし、民間のNGO 「戦闘モニターセンター」 によれば、2006年からの5年間で2,052人が犠牲になり、 そのほとんどは民間人だった(本書259ページ)。アフガンでテロリストへの攻撃のはずが結婚式会場を誤射し、少なくとも48人が殺された例もあった。

  アメリカという世界帝国の安全を守るために、アジアとアフリカ、中東の民が日々の幸せと命を差し出される。 帝国のど真ん中に立つインテリジェントビル群と、85万4000人のインテリジェンス要員の群像の描写は、ここに呑み込まれ、 小さな相似形を描くことになるかもしれない日本の未来を写し出すようだ。表紙裏のコピーには、「やがて日本もこうなるのか」 とある。

  本書はテロリズム対策を犯罪の予防や捜査ではなく、「戦争」 と規定したアメリカのゆがみを事実の裏づけで描いた。アメリカ合衆国憲法はいずこに!

  衆議院を強行採決で通過した秘密保護法は、対外戦争に道を開く一歩だ。同時にそれは人々に知られない暗黒の社会空間を作り出し、 トップシークレットがアメリカを醜く変貌させたように、日本をしてスマートな闇に包まれたニュールックスの軍事国家に変貌させる一歩なのではないか。
  実践への意欲とともに、深い思索をも呼び起こす好著だと思った。憂慮する市民と一線の記者、制作者に緊急のご一読をすすめたい。
(憲法メディアフォーラム 2013年11月に掲載)