自衛隊よ、「イラクのイギリス軍」 となれ!
―浮かび上がる新テロ特措法・海外派兵恒久法の狙い─

毛 利 正 道 (弁護士)
2008年1月10日
2008.1.14 更新

  なぜ再議決までするのか
  この論説が読者に届く日が、まさに、新テロ特措法 (以下、同法と言います) が再可決によって強行成立させられるその日になる可能性が高い、 そのような緊迫感を持って起案しています。同法案は、2001年から丸6年間続けてきて昨年11月1日に期限切れになった、 インド洋での 「テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動」 を(国会の承認なしに) 再開して、向こう1年間 (延長は1年毎) 続けようとするものです。

  しかし、昨年7−10月、4ヶ月の実情を見ると、派遣されている自衛艦は補給艦・護衛艦各1隻のみでこれが組になって、 海上阻止活動に参加している米・英・仏・パキスタンの4国艦船に、合計32回一ヶ月当たり8回給油しているだけでした。 海上阻止行動の規模・参加国が、その必要性が激減しているのです。そのためもあり、自衛艦が引き揚げてきて2ヶ月経ったのに、 「どうしても困るからぜひ来てくれ」 との声を聞いたことがありません。残った国で給油を間に合わせているのです。 現にアメリカですら、「給油を受けた艦船をイラク作戦に使えないとの制約を受ける (同法から言えば当然のことのはず) なら、 自国の艦船に給油してもらわなくてよい」 旨述べている始末です。

  にもかかわらず、政府与党が衆議院3分の2での再可決という 「伝家の宝刀」 を持ち出してまで、強行成立を図るのはなぜでしょうか。 そもそも、この 「伝家の宝刀」 は、小泉内閣による郵政民営化の是非のみを争点にした衆院選で自民党が手に入れたものであるから、 これを他の問題に安易に使うことは出来ないはずとする、信濃毎日新聞社説 (2007年12月13日) のとおりです。 ましてや 「違憲違法な、国際法にも反する報復戦争に協力するな」 と同法案再可決に反対している多くの国民から、たとえ嫌われても構わない、 なぜそれほどまでに同法に固執するのでしょうか。

  中村哲医師が危ない!
  加えて、今ここで同法を再制定してまでインド洋に自衛隊を派遣することは、 アフガニスタン (以下、同国と言います) に生じている 「混乱」 に拍車をかけるという問題があります。同国には、国連安保決議に基づく多国籍軍 (ISAF)、 その指揮下の軍民共同復興チーム (PRT)、 国連とは本来無関係のアメリカ中心の報復戦争不朽の自由作戦部隊 (OEF) などが入り混じって5万人以上の兵士を送り込んでいます。

  最大の問題は、同国の復興を援助するとのうたい文句で派遣されているはずなのに、 同国の民衆から十把ひとからげに 「侵略者=敵である外国人」 と見られ、その支持を急速に喪失していることにあります。 その原因は、中村哲医師いわく、「地上軍を送ると、その兵士が相手の攻撃を受けて死ぬので、そうならないために空から攻撃するようになり、 ジェット機を繰り出すようになった。その結果、空爆で民間人が巻き添えになることが日常的に起きています」。 イラクで先行して起きているように、民間人が理不尽に殺害されれば、その肉親・愛する人・周囲の人びとが 「外国人」 に対して自爆攻撃を行うこと必定で、 その自爆攻撃の巻き添えになってまた民間人が殺され、その殺された民間人から残された人びとは起点となった外国軍を恨む、という 「負の連鎖」 になるのです。

  実際、同国で2006年一年間に殺された民間人は、外国軍によって230人、123回の自爆攻撃などによって669人、合計900人にもなっています。 日本がここで 「外国人」 の筆頭アメリカの言いなりになって、敢えて自衛艦を再派遣するということは、 これまではまだ好意的だった同国の人びとの日本人に対する視線が一層険しくなり、あの中村哲医師のような人までが襲われる事態になる危険が十分あります。 同氏は今、半分以上飢えに陥っている同国の人びとを救うため、長大な灌漑用水路を切り開く大工事を長年にわたって実践している、そのような人でもですよ。 日本政府としても、2001年以降同国に1400億円以上の復興経済援助をしていますが、その 「努力」 も水泡に帰すことでしょう。 にもかかわらず、なぜ同法を強行成立さようとするのでしょうか。

  狙いは海外派兵恒久法の露払い
  その鍵は、自衛隊海外派兵恒久法 (以下、恒久法と言います) にあると思います。この1月8日に、町村官房長官・高村外相・石破防衛相が首相官邸で会合を開き、 自衛隊をいつでも海外に出せる海外派兵恒久法を、この通常国会か、今秋の通常国会に提出し成立を図ることで一致しました。 なぜ今なのか、信濃毎日新聞は 「新テロ特措法案が1年後に期限切れした後も、インド洋での給油活動を継続するのが当面の狙い」 と報じています。 そのように政府関係者が説明したのでしょう。しかし、インド洋での給油継続のためだけなら、同法案にあるとおり1年単位で延長すればよく、 今ここで敢えて恒久法を制定しなければならない理由はないのです。

  私は、いまここで新テロ特措法を制定できなければ、今後国民に極めて評判の悪いイラク特措法だけしか生き残っていない状況になってしまい、 そうなっては海外派兵一般法としての恒久法を、「立法改憲だ」 との内外の抵抗を押し切ってまで敢えて制定する理由が乏しくなるためではないかと思い始めています。

  恒久法に向けての自民・民主あげての執念
  このように思うのは、恒久法制定に対する政府自民党・民主党挙げての並々ならない狙いを感ずるからです。

1  とりわけ9.11同時テロ以降のアメリカ対日要求のTOPが、今後50年にわたって世界中でおこる (おこす) 対テロ戦争に 日本が戦闘行動出来る軍隊を派遣することであったことは、はっきりしています。いますぐの明文改憲がおぼつかないなら恒久法を直ちにとの圧力がないとは思えません。

2  2006年8月に、現在の防衛大臣である石破茂が委員長を務める自民党防衛政策小委員会において、 全60条の条文が完備した 「海外派兵を恒久的に自衛隊の本来任務とする国際平和協力法案」 が造られています。 そこでは、国連に限らず米国一国からの要請で自衛隊をどこでも海外派兵でき、 イラクで現在イギリス軍も担っている武力行使を伴う 「安全確保活動」 も行う (今のイラク特措法では、自衛隊はその手前の 「安全確保支援活動」 しかできない)。 しかも、武器使用要件も (いろいろ区分けしてはありますが)、要は 「やむを得ない」 「相当な理由」 があれば、 「合理的に必要と判断される限度で」 使用できるというものです。大幅な拡張であって、これであればイラクで、イギリス軍のように掃討作戦に参加することもできるでしょう。 報道では、この法案が今年1月以降の法案化作業においてたたき台にされるとのことです。

3  昨年11月の福田・小沢内密首会談は、自民党と民主党が協調して恒久法を制定するところに、大きな狙いのひとつがあったことはすでに明らかになっています。 その旨のメモを双方持ち帰ったと報道されてもいますし、小沢代表も福田首相も、その後も再三にわたり恒久法の必要性を訴えています。

4  民主党が昨年12月に法案として提出した 「アフガニスタン復興支援等特措法案」 を良く読んで驚きました。 「抗争停止合意の存在」 または 「住民に被害が生じない地域」 という曖昧な要件が備わっていると認定しさえすれば、同国内に地上部隊も派遣でき、 しかも 「支援活動への抵抗を抑止するためやむを得ない必要」 というこれまた曖昧な要件で武器を使用できるというのです。 1、 の自民党案よりも広く武器を使えるようです。この法案が本当に通ったら自衛隊が同国内で武力行使するという極めて危険な事態が生じかねません。 しかも、ご丁寧にその第25条で今後 「安全保障基本法 (そこには当然恒久法を含むはず)」 を制定することを明記しているのです。

5  これら自民・民主両党による一連の動きは、武器使用基準を大幅にゆるめた恒久法制定に向かっているとしか言いようがありません。

イラクの安全確保活動で174名死亡したイギリス軍
  その行き着く先は、どこでしょうか。イラクでイギリス軍は、2003年5月以降最大で約1万人が 「安全確保活動」 などの武力行使任務に付き、 今年1月8日までに174名死亡しています。私は、05年5月に、それまでにイギリス兵士が87名イラクで死亡していることを根拠に、 改憲されれば自衛隊も1万人派兵されて100人死ぬとする論説を出しましたが、その後2年半でイギリス兵士の死亡はほぼ2倍にまでなっているのです。

  アメリカにとっては、最も頼りになる世界最強の米英同盟でした。しかし、そのイギリスも、イラク派兵の責任を取らされて政権が交代し、 加えて加盟するEUがかなり対米独自路線をとるなど 「頼りがい」 がありません。アーミテージが日本に対し 「英米同盟のようにあれ」 と求めたように、 日本にイギリスのイラク派兵のような活躍をとの期待がかかります。自衛隊員が174人死亡するときには、そのなかには自殺者も相当数に上りますし、 民間軍事会社や一般企業から 「戦地」 に派遣される日本人の中からも多数死亡者が出ることでしょう。 そして、何よりも世界の罪なき人びとを、日本人である自衛隊員がその死亡数のまず間違いなく100倍以上殺害することになるのです。 明文改憲されなくとも、造られる恒久法の内容によってはここまで行き着くのです。

  「9条の会」 の訴え 「立法改憲策動に対し、立ち上がろう」
  2007年11月24日に満員1,020人が参加して開かれた 「9条の会」 第2回全国交流集会で画期的な 「訴え」 が提起されました。 憲法9条を守るために、明文改憲を阻む闘いだけでなく、9条を生かす2つの闘いをおこしましょうというものです。会場にいて身震いを覚えました。 今後の明文改憲の動きに不透明なところがあるものの大連立の策動もあり、国民投票法が成立している以上、「臨戦態勢」 であることに変わりありません。 これに加えて 「9条を生かす2つの闘い」 とは、加藤周一・澤地久枝両氏の発言によりますと、 米軍再編法・自衛隊海外派兵恒久法・新テロ特措法を始めとする立法改憲と闘うこと、 そして、福祉・教育・暮らしを削って戦争のためにお金を使おうとする生存権破壊攻撃と闘うこと、この2つです。

  「これまでに600億円もインド洋で使っている。インド洋でただで給油してやるくらいなら、灯油高騰で苦しむ国民に回せ」 との声がここ日本で充満しているように、 いまや、生存権を守る闘いと平和憲法を守る闘いとをしっかり繋げて全面展開すべき時です。 その際、私は、日本の年間予算額と同じ 「82兆円にまで肥大した世界の軍事費を大幅に削って、世界・日本の環境・暮らし・社会保障に回せ」 を、 世界と日本での闘いのキャッチコピーにしたいと思います。

  2001年の時点で、当時の世界の軍事費78兆円の30%を10年間にわたり使えば、 地球環境・飢餓貧困・核兵器の全廃・エイズ対策など地球上で起こっている大問題がすべて解決できるとの試算が示されています。 軍事力と地球市民たる私たちの生存権とが両立しないことが明らかになりつつある今、昔から言われてきた 「軍事費を削って暮らしに回せ」 とのスローガンを、 新たな視点から見つめ直したいものです。アフガニスタンの復興も、中村医師が現に実行しているように、軍事力に頼ることなく、 同国国民が主権者として成長していけるよう経済的にサポートするとの姿勢が不可欠です。

  アメリカからの自立と地域国際ネットワークの時代
  今世界は、地域国際ネットワーク隆盛の時代です。東南アジア諸国連合 (10国)・上海協力機構 (6国)・南アジア地域協力連合 (8国)・欧州連合 (27国)・ 合衆国構想まで打ち上げたアフリカ連合 (53国)・南米諸国連合 (12国)・カリブ共同体 (14国)・イスラム諸国連合 (57国)、そして非同盟諸国首脳会議 (118国)。 いずれもめざすは、国際紛争の平和解決と関係国家国民の生存権保障であり、とくにこれらを進めるうえで障碍になりうるアメリカ一国覇権主義への牽制です。 今や、アメリカからの自立と地域連携が世界の流れです。

  ここ日本でも、北東アジアでのネットワーク確立とアメリカからの自立とをめざしつつ、 新テロ特措法に続き、自衛隊海外派兵恒久法の制定を許さない闘いを、国民の生活実感に支えられたものとして展開発展させてゆきましょう。

出典
地域ミニコミ誌 「ニュースレター平和の種」 のために 2008年1月12日号