2011.9.24

シリーズ 原発


  津田塾大学公開講座 「総合2011」
『現代の危機〜みつめる、みなおす、みはらす〜』

  原子力=核を選んだ世界の末路
        講師:小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)

文責:NPJ 学生記者 川崎恵子

  9月22日(木)、津田塾大学の公開講座 「総合2011」 で小出先生の講演会が開催された。 一般公開のため、小出先生の話を聴きたいみなさんが、午後1時からの講演に朝9時から約 100名、入場整理券を求めて集まった。 人々の原発問題への関心の高さがわかる。講演内容は、前半が核=原子力について、後半が福島を中心とする日本の現実についてであった。 NPJサイトでは、後半の日本の現実に焦点をあてて小出先生のメッセージをお届けする。

講義前半で、原爆の模型について語る小出先生。左が広島に落とされた little boy で、右が長島に落とされた fat man

[小出先生の自己紹介より引用]
 第2次世界大戦が終わった4年後、東京の下町に生まれました。敗戦の年の3月の空襲で焼け野原にされた東京の復興とともに成長し、 原爆を含めた戦争の恐ろしさを一方に感じ、一方では成長していく社会のために、原子力こそ未来のエネルギー源だと信じました。 1968年、夢に燃えて東北大学の原子核工学科に進学しました。しかし、原子力の資源であるウランは貧弱な資源でしかありませんでしたし、 原子力発電が抱える危険は都会では引き受けられず、過疎地に押し付けられました。 また、日本であたかも別物であると宣伝され続けてきた核と原子力が実は同じものであることを知り、一刻も早く核=原子力を廃絶したいと思うようになりました。
  1974年、京都大学原子炉実験所助手となり、2007年4月に大学教員の呼称変更にともない、現在は助教です。 研究テーマは、核=原子力施設による環境汚染の解明、原子力施設事故の解析、原子力を含めたエネルギー問題など。 伊方原発訴訟住民側承認、人形峠のウラン残土訴訟で住民側に立ち、地裁・高裁あわせて8通の意見書を提出しました。
  著書に 『放射能汚染の現実を超えて』 『原子力と共存できるか』(共著) 『人形峠ウラン鉱害裁判:核のゴミの後始末を求めて』(共著) 『隠される原子力・核の真実』 『原発のウソ』 『原発はいらない』 などがあります。 また、1987年版から最新情報知識事典 「イミダス」 の原子力の章を執筆しています。

  福島原発事故、今、進行中。
  これは、福島原子力発電所を航空機から見た写真です。真ん中に一直線に並んでいる建物がタービン建屋で、タービンとか発電機が入っています。 その隣が原子炉建屋です。1号機はもう建物が吹き飛んで、骨組みだけになっているのがわかります。2号機は建物がありますが中は破壊が進んでします。 外へ放射能をばらまいた主犯は2号機だといわれています。3号機も4号機もボロボロの状態です。 これによって放出してしまった放射能は、どういう汚染をつくったのか、最近になって政府がこんな地図を提供してきました。


  放射能の汚染の程度の強弱に従って色分けされています。現在、黄色く塗ってあるのが、日本政府が強制避難させている地域で、 約10万人の人たちが避難所で不自由な生活をして半年がたっています。 一部の人は仮設住宅に移りましたが、不自由な生活の中でお年寄りなど命を落とされている方もいらっしゃいます。 そして、福島県の東半分を中心にして、宮城県南部・北部、さらに茨城県、栃木県北部などで、放射線管理区域にしなければならないほど汚染されています。

  放射線管理区域とは?
  例えば、私は京都大学の原子力研究所で放射能を相手に仕事をしている特殊な人間です。 そういう人間が放射能を扱って仕事をする時は、自分の居室でしてはいけない。つまり特別な場所=放射線管理区域と呼ぶ所で仕事をします。 そこでは、水を飲むことも、食べることも、寝ることも、子供を入れることも禁止されています。もちろん、そこで子供は生んではいけません。 そういう場所が放射線管理区域です。ここは一般の人が入ってはいけない場所です。

  では、どうしてこんなに汚染されたのでしょうか。北東から風が吹き放射能が南西に流れました。 放射能はその後、茨城、千葉、埼玉の中にホットスポットをつくり東京へたどりつきました。 ある時、風向きが変わり、福島県の谷あいの中通り一帯を汚染しながら、群馬、栃木の一部まで汚染したのです。 さらに海を通っていった放射能により宮城の一部が汚染されました。 25年前のチェルノブイリの事故の避難基準とすれば、琵琶湖の2倍、日本の法令を厳密に適用すれば、 福島全域に匹敵する区域を放棄しなければならないのです。

  日本は 「法治国家」 なのか?
  国民が法律を破ると罰せられます。例えば、私が放射線管理区域の外へ、放射能で汚れた実験着で出て、放射能をまき散らせば罰せられます。 もし日本は法治国家というのであれば、国家が法律を守るのは最低限の義務です。 日本では、一般人は年間1ミリシーベルト以上の被曝をしてはいけないし、させてはいけないという法律があります。 さらに放射線管理区域から、1平方メートルあたり、4万ベクレルを超えて放射能で汚れたものを管理区域外に持ち出してはならないという法律もありました。 福島原発事故を引き起こした最大の犯罪者は政府であるのに、政府は事故が起きたら法律をすぐに反故にしたのです。 放射能の限度を年間1ミリシーベルトにしたら、福島県全体を無人にしなければならない。 1平方メートルあたり4万ベクレルという法律を適用したら、福島はなくなってしまう。だから政府は法律をやめたのです。

  3月11日を境に世界は変わってしまった。
  放射能汚染によって、人々が普通に生活する場が放射線管理区域以上に汚れてしまいました。 土地も食べ物も瓦礫も下水の汚泥も、すべてが放射性物質と指定しなければならないものに変わりました。 もし、私が被曝したくないと思えば、逆に私の仕事場である放射線管理区域に逃げ込めばいい。 放射線管理区域の方がはるかにきれい、そういう現実があります。東京だって放射能で汚れています。 ホットスポットと呼ぶべき場所が、東京のあちこちにあるでしょう。そして、これからは、放射能で汚れた食べ物が流通機構にのって流れてくるでしょう。 それでも背負いきれないものは、ODAで缶詰にして海外に出そう、そんな策もあります。もう放射能で汚れた世界で生きるしかないのです。

  福島の人はどちらを選ぶか?
     被曝による健康被害か。避難による生活の崩壊か。

  福島の人にとっては、放射能で汚れた生活環境は深刻です。被曝すれば健康に支障がでます。では、どうするか? 私は誰も被曝してほしくないし、 福島の人には逃げてほしいと思います。でも、ここが汚いからといって逃げることができるでしょうか。 大抵、仕事があり給料をもらって生活を支えています。農業、酪農業をやっている人には土地は命です。 その土地を捨ててどこかへ行きなさいといわれても、行ける道理もありません。せめて子供だけでも避難させたらどうなる? 子供にとって家庭は大切です。 避難したら家庭が崩壊します。住み続ければ体が壊れます。そこから逃げれば心が崩壊してしまいます。 どちらを選んでいいのか、私にはさっぱりわかりません。福島の人もわからないでしょう。その中で強制的に追われる人もいるし、自力で逃げる人もいます。 でも自力では逃げられず今でも不本意に汚染地に残っている人もいます。

  福島原発事故の被害の大きさは?
     日本国が倒産しても購いきれない被害。

  この事故の被害の大きさを、どうやって測ったらいいのか、私にはわかりません。広大な土地が失われます。いま現在でも琵琶湖の2倍です。 日本の法律を厳密に適用すると、福島県全域が無人地帯となります。
  8月の初めに福島に行った後に、私は北上して仙台の女川(おながわ)に行きました。私が学生時代、東北電力が原子力発電所を建設しようとした時、 ボロボロの長屋を借りて住みながら、原子力発電所建設の反対運動をしていました。その第2の故郷である女川の町は何もなくなっていました。 津波で一切がなくなってしまった廃墟の女川に、私は呆然と立ちすくんで思いました。ここには必ず人が帰り家を建てて、街は復興できると確信したのです。
  しかし、福島県の放射能で汚れた場所は復興できません。見た目はきれいです。家も山も林も田んぼもそのままですが、放射能で汚れた所には帰れません。 福島全域を放棄することはできないと日本政府は考えていますが、このままでは残っている人は被曝してしまいます。 そして農業、酪農業をやる人がいるかもしれない。そうすると汚れた食べ物が流通します。 みなさんは、どうしますか。私は放射能で汚れた食べ物は食べたくありません。福島産の酪農製品や海産物、野菜は人々に拒否されるでしょう。 そうすると福島の一次産業は崩壊します。そして生活が崩壊します。
  こんな被害を誰がどうやって賠償できるのでしょうか。いったい何百兆円かかるのか、わからないのです。この犯罪を犯したのは政府と東電です。 資本主義の原理から言えば東電です。私は東電に賠償させたいと思います。必ず賠償させて東電を倒産させるべきだと思っています。 しかし東電が何回倒産しても購いきれない、さらに日本国が倒産しても購いきれない。それほどの被害がおき、事故は進行しています。
  それでも日本で原子力を推進する人は原子力を諦めない。安全性を確認してやり続けると、総理大臣がぬけぬけと言う。 経済界もそうです。日本が原子力をやめたら経済成長はできなくなる。世界の競争に勝てないと言って原子力を続けようとしています。 それには、いろいろな理由があります。

  高速増殖炉 「もんじゅ」 で1兆円の金を捨てた。
  敦賀半島の先端に、高速増殖炉という特殊な原子炉 「もんじゅ」 があります。1995年に本格的試運転をやろうとした際に事故を起こしました。 「もんじゅ」 は普通の原子炉とは違って、水ではなくてナトリウムで原子炉を冷やしています。 ところが、試運転をした時にナトリウムが配管から漏れて火事になりました。この高速増殖炉の技術はとても難しくて、1940年代から米国がつくろうとしたが、 計画は止まっています。日本では、14年以上止まっていた 「もんじゅ」 を、また使おうとしています。 去年 「もんじゅ」 を動かしたが、また事故を起こしました。この計画は何度も実用化が延期になり、高速増殖炉の計画は破綻しています。 ところが、この計画をたてた学者は誰一人責任をとりません。そして学者たちは学会に君臨して、これからも原子力をやろうとしています。 「もんじゅ」 だけでも、1兆円捨てました。原子力委員会、原子力安全委員会、文部科学省、経済産業省を含め、行政の場で責任のある人は何人いるか。 こうまでして原子力を続ける理由はなぜなのでしょうか。

  高速増殖炉なら、優秀な原爆材料が手に入る。
  現在の日本の原子力発電所でできるプルトニウムでは、原爆はつくりにくいのが現実です。つまり高性能の原爆はできません。 すると日本は困ります。そこで高性能の原爆をつくるために、高速増殖炉を計画しました。 高速増殖炉の中には核分裂を起こす炉心の周りに、ブランケット(毛布)のような領域があります。そこでプルトニウムをつくるという計画です。 このプルトニウムは、核分裂性のプルトニウムがなんと純度98%という優秀なものが手に入ります。 この優れたプルトニウムが高速増殖炉を動かすことで手に入るのです。電力の実用化なんて、どうでもいいのです。 とにかく一基でも動かせば、超優秀な原爆材料が手に入る、これが高速増殖炉の目的です。 これが、どんな困難があっても何十年止まっていても、高速増殖炉をつくりたい日本国家の本音だと思います。それを裏付けるテレビ番組がありました。

  NHKテレビ “核を求めた日本” 放映
  2010年10月5日、NHKテレビで “核を求めた日本” という番組が放映されました。これは、日本が原子力発電を始めた当時の、 日本の外交官の証言を集めたものです。その中で 「日本という国の至高な利益が脅かされるような緊急事態になったら、 核兵器を持つという選択肢も完全には除外しない」 という発言があります。 つまり、戦争や中国や朝鮮から日本が攻撃を受けるようになったら、核兵器だって持っていなくてはいけない。 核兵器を持たない選択肢はない、こう言っています。

  外務省の資料から
  1969年、外交政策企画委員会(外務省)内部資料に、こんな文章が残っています。 「わが国の外交政策大綱─核兵器については、NPTに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策はとるが、 核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(能力)は常に保持するとともに、これに対する掣肘(せいちゅう)を受けないよう配慮する。 又、核兵器の一部についての政策は国際政治・経済的な利益損失の計算に基づくものであるとの趣旨を国民に啓発する」 つまり、 核兵器をつくる能力だけは絶対に持つといっています。そして、それを国民によく説明しておきない、ということです。
  次に、外務省幹部の談話があります。「個人としての見解だが、日本の外交力の裏付けとして、核武装の選択の可能性を捨ててしまわない方がいい。 保有能力はもつが、当面、政策としては持たない、という形でいく。 そのためにも、プルトニウムの蓄積と、ミサイルに転用できるロケット技術は開発しておかなければならない」 これらの証言などからもわかるように、 日本は平和利用といいながら、着々とプルトニウムを懐に入れて、今では高速増殖炉をつくろうとして、 ミサイルに転用できるロケットを開発しなければならない、と言っているのです。

  日本が高速炉を含め、原子力を諦めない本当の理由
  技術に 「平和利用」 も 「軍事利用」 もない。あるのは 「平時利用」 するか 「戦時利用」 するか、だけです。 「平和利用」 を標榜して技術を持ってしまえば、いつでも軍事的に使うことができます。それが技術の宿命です。 それを日本の国家は充分に知っていて、平和利用といいながら着々と核兵器を生産する能力を身につけてきたのです。

  Nuclear Weapon と Nuclear Power Plant をどう訳すか。
  津田塾大学の学生のみなさんには簡単かもしれないですが、Nuclear Weapon これはどう訳しますか。そうです。核兵器ですね。
  次に Nuclear Power Plant をどう訳しますか。もし正直に訳すとしたら、核発電所です。でも、学生のみなさんが、これを答案に書いたら×ですね。 これは原子力発電所です。日本では Nuclear は核と原子力に訳されます。原子の核は軍事利用で、原子力は平和利用で、用語の意味は異なります。

  Nuclear Development をどう訳すか。
  素直な学生なら、核開発と訳すかもしれないですね。例えば、使う国によっては核開発と訳され、 一方、日本がウラン濃縮や原子力を動かす文脈で考えると、原子力開発になりますね。原子力開発は日本政府にしてみれば、 文明国にとっては必須で、いいものだから、どんどんやりなさい、という言い分があります。それをマスコミがみなさんに伝えているのです。

  Love Me Tender/なに言ってんだ? RCサクセション
  最後に、RCサクセションの忌野清志郎さんが20年前に歌った、Love Me Tender の替え歌で(反原発ソング)で終わります。 みなさん、ありがとうございました。

  講演をお聴きして
  津田塾大学の学生にも理解しやすいように、わかりやすく語ってくださった小出先生に感謝いたします。 クールな話し方のなかに、平和への願い、命への思いを感じた90分でした。
  上記の内容は、小出先生の講演内容と、講演会用資料より引用、抜粋、転載のうえ、一部、再構成しております。ご了承ください。