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付け焼き刃の “国民目線”

寄稿:飯室勝彦

2020年9月29日


 「旦那から番頭に店を譲る」という昔話のような政権交代で菅義偉氏の内閣が動き出した。「安倍政治の継承」に政権の正統性を求める一方で、「国民目線による政治」も目標に掲げたが付け焼き刃の観を免れない。マスメディアがしっかりしないと安倍晋三前首相流の強権的、反民主的な政治の継続を許すことになるだろう。

◎「継承」に求めた正統性
 菅氏は国会で内閣総理大臣に指名される前の自民党総裁選の時から「安倍政治の継承」を強調してきた。内閣官房長官としては「内閣の番頭」の役割に徹しており、最高権力を目指して政策を練ってきたわけではない。安倍氏が権力を再び放り出したため権力の座が転がり込んでくることになった。総裁選での圧勝は一般党員、党友の選挙権を無視し、勝ち馬に乗りたい現職国会議員と派閥の都合だけで決まった勝利だけに、正統性を主張する根拠は他になかった。いわば “番頭政権” の自認を宣言したようなものだ。

◎負の遺産も引き継ぐ
 安倍政治の継承は負の遺産を引き継ぐことでもある。“疑惑隠しシフト” も改めなかった。厚生労働相から官房長官に横滑りさせた加藤勝信氏が安倍腹心であることはともかく、森友学園疑惑に関し、公文書書き換えで主導的役割を果たした官僚を栄転させた、麻生太郎財務相は留任させた。加計学園の獣医学部創設で忖度を疑われている萩生田光一文部科学相もそのままだ。
 詐欺容疑者が安倍前首相の枠で招待され、結果として「首相の招待」が詐欺に利用されたのではないかとの疑いが浮かんだ「桜を見る会」については、菅首相自身が「再調査しない」との官房長官当時からの姿勢を維持している。まるで療養中の安倍前首相に「守り抜きますからご安心ください。疑惑のふたは決して開けさせません」とエールを送ったような内閣である。

◎同質の政治家同士の政権交代
 「疑似安倍内閣」との批判を警戒したのか、菅内閣は「国民目線による行政」「国民サービス」を重要課題とした。行政を国民の立場から洗い直すという。
 手始めにというわけか、不妊治療の公費負担や若い夫婦の引っ越し費用支援などが浮上した。子供がほしい夫婦や経済的に厳しい立場にある若夫婦にとっては朗報だが、これらを少子化対策として考えるのはピント外れと言わざるを得ない。少子化は社会構造のあり方と関係するもっと大きな、別の次元の問題だろう。「少子化対策として不妊治療の公費負担」という発想は菅政権の国民目線が付け焼き刃であることを物語っている。

 もともと菅、安倍両氏は同質の反民主主義的政治家といえる。官房長官当時の菅氏は記者会見で疑問点、疑惑を追及され、説明もろくにしないで「まったく問題ありません」「ご指摘は当たりません」などと突っ放すことがしばしばだった。
 テレビの報道番組で、政権の決めた政策の方向性に反対する官僚について「異動してもらう」と言い切った。能力を高く評価して行政改革担当相に送り込んだ河野太郎氏も同趣旨の発言をしている。質問のすり替え、答弁はしないで質問者を攻撃、憲法を無視した強引な政治展開など安倍氏の政治手法に類似している。何よりも二人は人事権を武器に官僚を押さえつけて政治、行政を動かしてきたパートナーだ。
 異論を尊び、対話と説得で問題を解決してゆくのが民主主義であり、権力で自分の主張を押し通すことは許されない。その意味で二人の政治手法は反民主的と言わざるを得ない。

◎責任を果たしていないメディア
 そんな菅氏が主宰する内閣なのにマスコミの世論調査では支持率が軒並み60%を上回り、70%を超えるものもあった。支持、不支持率が逆転していた退陣直前の安倍内閣とは大違いだ。同質の政治家による内閣でなぜこのような差がでたのか。
 安倍氏による長期政権へのうんざり感からの解放、いわゆるご祝儀相場もあるだろうが、ここではマスメディアについて考えたい。

 秋田県の農家に生まれた菅氏は、有力な血縁政治家はなく、地盤も看板もない。政治家秘書、横浜市議を経て国会に進出し最高権力の座にたどり着いた。マスコミはこの経歴を「農家出身のたたき上げ、庶民派」とはやし立て、権力を盾にした菅氏の強権的、反民主的振る舞いを厳しく批判することはほとんどなかった。
 「権力の監視、チェック」というマスメディアの重要な使命を十分果たさなかった。
 衆院議員の任期満了まであと1年、早ければ年内にも衆院解散、総選挙が行われるのではないかと論議されている。菅政権として初めて国民に信を問う機会である。
 このまま “安倍後継内閣” にお墨付きを与えるのか、暴走にブレーキをかけ得る政治情勢に転換できるのか、マスメディアの責任は重い。

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