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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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敵基地攻撃能力保有論の行方 1

2020年10月14日


1 2020年 6 月15日河野防衛大臣がイージスアショア配備プロセス停止を表明して以来、敵基地攻撃能力保有論が政府、自民党内で急浮上しました。政府と自民党とが共同歩調をとって敵基地攻撃能力の保有を目指すことはこれまでない新しい動きです。
 しかし最も熱心な安倍首相が 8 月28日首相辞任を表明し、その後菅内閣誕生という経過の中で、敵基地攻撃能力保有論の行方がどのようになるのか注目されています。

2 簡単にこれまでの時系列を、新聞報道を基にして整理してみました。

2020.6.15 河野防衛大臣イージスアショア配備プロセス停止表明
6.16 安倍首相 首相周辺へ敵基地攻撃能力保有に向けた検討を指示。年末に向け国家安全保障戦略 (2013.12) 、30大綱、新中期防の改定を目指す。
6.18 安倍首相記者会見 安全保障戦略のありようにつき今年夏に国家安全保障会議で議論して方向性を出す。
6.24 国家安全保障会議 秋田と萩への配備計画撤回を決定
6.30 自民党内にミサイル防衛の在り方の検討チーム設置
7.15 公明党 外交安全保障調査会で自民党の敵基地攻撃能力保有論を牽制
8.4 自民党「国民を守るための抑止力向上に関する提言」を安倍首相へ提出。「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みが必要」と記述。
8.28 安倍首相辞任表明 政府は国家安全保障戦略の改定は来年以降に先送りし、30大綱、新中期防の年内改定を目指す。
9.4 防衛省 イージスアショア配備計画撤回についての検証報告を発表
9.11 安倍首相談話 ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針を年末までに示すと述べる。
9.16 菅内閣発足 安倍政治の承継を看板 防衛大臣に安倍前首相の弟岸信夫氏就任。
9.17 岸防衛大臣 防衛省着任式で新たなミサイル防衛体制構築につき年末までに方策を示すと発言。
9.24 防衛省が自民党へ、来年度防衛予算概算要求案とイージスアショア代替案として、洋上運用 3 案を説明。

 
      ※ 防衛省の説明資料

3 イージスアショアのレーダーを開発しているロッキード社との契約を解除して違約金の交渉をするとの報道がありましたが、その後政府はロッキード社との契約を維持しながら、そっくりそのまま洋上へ持ってゆくとの計画に代わりました。

 この洋上案につき、防衛省や自民党内ばかりではなく、米国政府からも疑問や異論が出されており、今後の推移は予断を許しません。さらに実績のないロッキード社のイージスレーダーの導入については、東京地検特捜部が重大な関心を持っているとの報道もあります。

 安倍首相の辞任により、国家安全保障戦略の改定を先送りしました。30大綱別表と中期防にイージスアショア取得が述べてあり、敵基地攻撃能力保有につき、30大綱が「引き続き検討の上、必要な措置を講じる。」と述べているため、その限りでは小幅な改定を年末までに行うとの方針転換です。

 菅新首相は、敵基地攻撃能力保有についてどのように考えているのか現時点では不明です。公明党は慎重姿勢を維持しています。菅内閣がどのような方針を打ち出すかはもう少し様子を見る必要があります。

 しかし、自民党の提言が菅内閣への強い圧力になるでしょうし、岸防衛大臣は、9.11安倍談話に沿って、年末までに新しい方針を出すとやる気満々ですから、これを迎え撃つべく準備体操をしておく必要があると思います。

 以下はそのための「頭の体操」として、敵基地攻撃能力保有論を、憲法・国際法の視点、安全保障政策の視点、日米安保条約・日米同盟の視点、軍事技術的な視点、我が国をめぐる核兵器の新しい状況の視点から整理をしてみました。

4 敵基地攻撃能力とはどのような軍事的能力なのか  憲法・国際法、安全保障政策などの視点から検討する前に、そもそも敵基地攻撃能力とはどのようなものであるかを踏まえておく必要があります。

 2009年 6 月 9 日自民党国防部会・防衛政策検討小員会は、次期防衛大綱策定に対する自民党としての提言「提言・新防衛計画の大綱について」を発表し、その中で、敵基地攻撃のために保有すべき攻撃能力として、「ダメージコントロール可能な通常弾頭程度の威力と被害極限を追求できる高精度の着弾と効果確認可能な敵ミサイル基地攻撃能力」、「宇宙利用による情報収集衛星と通信衛星システムによる目標情報のダウンリンクと巡航ミサイルや小型固体ロケット技術を組み合わせた飛翔体(即応性より秘匿性を重視した巡航型長射程ミサイル又は迅速な即応性を重視した弾道型長射程固体ロケット)への指令により正確に着弾させる能力」と述べています。これと同じ内容を2010年 6 月自民党国防部会が作成した「提言・新防衛計画の大綱について」でも述べています。

 この自民党提言によると攻撃手段としては、長距離巡航ミサイルと固体燃料中距離弾道ミサイルを推奨しているのです。これだけでは何もできないので、攻撃目標を定めるための情報収集衛星や偵察機と標的情報のデータ通信、攻撃目標へ向けて正確に飛翔させて破壊するための通信システム、ミサイル管制システム、攻撃による副次的被害を局限するための正確な命中精度と破壊力、攻撃後の効果を観察する偵察能力ということなのでしょう。攻撃の効果が少なければ更なる敵基地攻撃を加えることになります。

 これらの能力を保有するためには、平素から我が国を攻撃可能な敵攻撃システム (ミサイル発射機・施設、格納庫・弾薬庫、司令部施設、通信施設など) の所在地を正確に偵察する能力 (航空・衛星偵察やヒューミント‐人的情報源など) 、我が国を攻撃しようとする敵国の動きをリアルタイムで把握できる通信傍受、情勢緊迫時での偵察活動、攻撃に際して攻撃目標の確認と攻撃部隊への命令の伝達、攻撃ミサイル発射後の誘導システムなどが求められるはずです。

 敵基地攻撃能力は、我が国の領域から攻撃することだけを想定してはいません。敵の領域まで接近した攻撃部隊がスタンド・オフ攻撃 (敵の防空システムの有効射程外からの攻撃) をする場合や、敵領域深く侵入して、敵防空網を破壊したうえで敵基地を攻撃する能力も必要になるでしょう。これらの攻撃では、高度な電子戦システムが必要になります。敵防空網を無力化 (レーダー、通信を遮断、混乱させる、GPS衛星機能の妨害、防空システムへの攻撃) するためです。

 30大綱が導入を決定しているスタンド・オフ電子戦機 (国産輸送機C2を改造) 、F15への電子戦能力付与はこのためでしょう。無人機により敵防空網への攻撃を行い、F35ステルス戦闘機がそれに続いて攻撃するというやり方も考えられています。

 武力紛争で敵基地攻撃を実行するためには、平素から敵基地攻撃のための作戦計画を立案しなければなりません。作戦計画立案をするためには、攻撃目標となる敵の標的を調査して、標的データベースの作成が必要でしょう。標的データベースでは、標的の種類とどの程度の破壊力が必要か (ハードターゲットなのかソフトターゲットなのかなど) という情報が含まれるでしょう。さらに敵基地攻撃を行う専門の部隊を創設し、それぞれの部隊へ標的を割り当てて、平素から敵基地攻撃のための厳しい訓練を行うことが必要です。自衛隊員の精神構造も変わらざるを得ないでしょう。

 敵基地攻撃能力を自衛隊が保有すれば、装備だけではなく、自衛隊の部隊編成や訓練・教育、作戦計画全体が大きく変貌することになります。
 敵基地攻撃手段としては、自民党提言が挙げている巡航ミサイル、固体燃料中距離弾道ミサイルだけではありません。航空機や水上艦艇から発射する巡航ミサイル、長距離空対地ミサイルも考えられます。30大綱が導入を決定している長距離空対地ミサイルJASSMは射程1000キロといわれており、敵基地攻撃手段として利用できます。防衛省は来年度予算へ、航空自衛隊F35Aへ搭載するスウェーデン製対地・対艦ミサイルJSM (射程500キロ) を2022年までに取得するための予算172億円を計上します。

 敵基地攻撃能力を保有するために、宇宙・電磁波領域・サイバー領域、陸・海・空の戦闘ドメイン(領域)を統合する戦闘能力 (領域横断―クロスドメイン) が必要になります。これは30大綱が目指す方向性と一致しています。

 30大綱は、長距離スタンドオフミサイル導入、F35A,Bの導入、護衛艦いずも、かがの空母化改修、スタンドオフ電子戦機の開発、F15の近代化(電子戦能力の付与と長距離スタンドオフミサイル搭載のため)など、敵基地攻撃能力の一部を獲得しようとしています。今後の敵基地攻撃能力保有論の行方とともに注意を要します。

(次回に続く)

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