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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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日米首脳共同声明 (2021. 4.16) を読んで考えたこと 上

2021年4月23日


1 日米首脳共同声明を読んだ第一印象として、ずいぶん長文の共同声明だと感じました。1960年代以降の日米首脳会談共同声明の文字数を比較してみると、今回を除き最も長文であったものは1979年 5 月 2 日の大平・カーター共同声明です。この時の日米関係では、1978年に合意された日米防衛協力の指針があり、日米安保体制が大きく転換・強化を始めた最初の時期となっていました。この時期防衛庁内では有事法制の研究が開始され、航空自衛隊、陸上自衛隊は米空軍・陸軍との共同演習を開始しています (海自と米海軍はそれ以前から行っています) 。

 次に文字数の多い日米共同声明は1996年 4 月17日東京宣言 (日米安保共同宣言) の4473文字です。冷戦終結後の日米安保体制の再定義と呼ばれ、日米安保条約を日本の周辺地域 (アジア太平洋地域) へ拡大するという、日米安保体制の二番目の大きな転換・強化点となっています。

 その次が1969年11月21日佐藤・ニクソン共同声明で、これは4325文字です。沖縄施政権返還を合意し、それに伴い日米安保条約が沖縄へ適用され、在沖縄米軍基地へも事前協議条項が適用されるという日米安保体制の大きな転換点でした。

 このように日米首脳会談で合意された共同声明は、その時々の日米安保体制の大きな転換点では長文の共同声明となっていることを見て取れます。
 今回2021年 4 月16日に出された日米首脳共同声明の文字数はこれらよりも長文で5772文字になっています。

 表題が「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」とされており、首脳会談後の共同記者会見で菅首相は「この声明は、今後の日米同盟の羅針盤となるもの」と述べて、その意義を強調しています。外交経験がほとんどない菅首相が、初の日米首脳会談、それもバイデン政権で初の体面による首脳会談であり、高揚した気分で述べた自画自賛ではないでしょう。なにせ外務省職員が作成した発言原稿を読んだものですから。確かにその内容は今後の日米同盟を規定するものになるはずです。

 そこでこの日米首脳共同声明により、日米両首脳間で何が合意されたのか探ってみます。
 日米首脳共同声明は、安保防衛問題以外にも経済安全保障、気候変動問題、コロナ感染症問題について合意され、日米コア・パートナーシップと日米気候パートナーシップ立ち上げを合意し、その内容を規定する二つの付属文書を合意しています。ここでは私が関心を持つ安全保障、防衛問題に限定して私の意見を述べます。

2 「新たな時代」とは、決して明るい近未来を展望し、希望の持てるものではないようです。バイデン政権の世界認識は、世界を自由民主主義国家の連合と、権威主義的国家との対立・挑戦と描き、自由、民主主義、人権、法の支配、国際法、多国間主義、自由で公正な経済秩序を含む普遍的価値および共通の原則に挑戦する権威主義的国家を自由民主主義国家の連合で抑え込むというものです。ですからずいぶんと強面の内容です。第二次世界大戦とそれに至る歴史が、民主主義国家とファシズム国家の対決であったことを想起させるような認識なのでしょうか。

 その中で中国は、米国が主導する自由と民主主義へ挑戦する力を持つ「唯一の競争相手」と位置づけ、中国の挑戦に対抗して米国を中心とした同盟国、友好国の協力で押さえつけようというものです。我が国はその最前線に立っている同盟国になります。バイデン政権が初の外国首脳との直接会談の相手に菅首相を選んだ理由はここにあるのです。両首脳が互いに「ジョー」「ヨシ」とファーストネームで呼び合ったことを、マスコミが両首脳の信頼関係ができたなどと大げさに持ち上げていますが、全くのお門違いの評価です。

3 日米首脳共同声明は、それに先立って開かれた日米安保協議委員会共同発表文と一つのものとして理解しなければなりません。両国の外務防衛閣僚による共同発表文を日米首脳会談で確認したのが日米首脳共同声明なのです。
 その証拠に、日米安保協議委員会共同発表文のすべての内容は、日米首脳共同声明の「自由で開かれたインド太平洋を形作る日米同盟」に取り込まれています。
 
 ここでは台頭する中国に軍事的に対抗するため、日米同盟を一層強化することが合意されています。菅首相が共同記者会見で「同盟強化の具体的な方途について、両国間で検討を加速することを確認し」たと述べたことはこのことです。
 具体的な方途とは、共同声明文に、日本は自らの防衛力の強化、米国は核を含む拡大抑止力の強化、尖閣への安保条約 5 条の適用の再確認、両国は抑止力と対処力を強化、サイバー及び宇宙を含む領域を横断する防衛協力の深化、サイバーセキュリティと情報保全の強化と技術的優位を守ること、辺野古新基地建設、馬毛島への艦載機着陸訓練施設の建設、海兵隊部隊のグアム移転を含む在日米軍再編の実施、在日米軍駐留経費負担についての多年度にわたる合意の妥結である (共同声明第 4 段落) と述べています。

4 中国問題とりわけ台湾問題が日米首脳会談の中心テーマでした。共同声明第 4 段落と第5段落が扱っています。この二つの段落は安保協議委員会共同発表文をほぼそのまま踏襲しており、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」と安保協議委員会と同一文章となっているのです。

 しかし、共同発表文よりもその重みは格段に大きいはずです。大統領は核兵器の発射権限を持つ唯一の人物にして米軍の最高司令官、首相は内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する立場だからです。

5 我が国は台湾海峡有事 (中国軍による台湾武力侵攻) の際にどのような対応をするのでしょうか。私が一番知りたかったことです。共同記者会見で、日本人記者から「特に台湾海峡の有事を抑止するために日本ができること、有事が発生した場合に日本ができること、こうした点について、菅首相からバイデン大統領に、どのような説明を行ったのか。」と質問された菅首相は、「やり取りの詳細は外交上のやり取りのため差し控えますけれども、台湾海峡の平和と安定の重要性については日米間で一致しており、今回、改めてこのことを確認しました。」と答えて、何らかの表明を行ったことを否定しませんでした。

6 このこととの関係で、外務省が発表している日米首脳会談の概要の中で、「両首脳は、日米同盟の抑止力・対処力を強化することで一致しました。両首脳は、同盟強化の具体的な方途につき、検討を加速することで一致しました。」と述べていることにも注目しました。日米間のどこで、どのようなプロセスで検討を加速するかについては述べていないからです。

 日米安保協議委員会共同発表文第 5 段落において、日米同盟を深化させることを述べ、「さらに、閣僚は同盟の運用の即応性及び抑止態勢を維持し、将来的な課題へ対処するための、実践的な二国間及び多国間の演習及び訓練が必要であると改めて表明した。」に注目しました。 

 「将来的な課題」とは、中国に軍事的に対抗すること、将来予想される台湾有事に備えることも含まれるはずです。なぜなら、共同発表文第 5 段落で述べている日米同盟の深化の内容は、いずれも中国との武力紛争を想定した抑止力・対処力を強化するものになっているからです。

 中国による台湾への武力侵攻を抑止し、抑止が破れたときに実行的に対処するためには、日米共同作戦計画が不可欠になります。「実践的な二国間多国間演習及び訓練」とわざわざ述べているのは、演習、訓練によって中国を抑止することだけではなく、日米間での共同作戦計画を策定する目的があると見ています。共同演習は、共同作戦計画を作り、作った作戦計画をその時々の情勢に合わせてアップデートすることを目的としているからです。

 日米間で共同作戦計画を策定するのは、2015年日米防衛協力の指針 (ガイドライン) で設置された「共同計画策定メカニズム (BPM) 」の役割です。両国の制服組で構成される共同計画策定委員会で作成した共同作戦計画を、日米安保協議委員会 (日米の外務・防衛の各大臣、長官で構成) で正式に合意する仕組みです。

7 防衛省、自衛隊は2012年から中国との武力紛争に対処するための作戦計画を研究しています。いずれも民主党内閣時代の取り組みなのです。以下にその具体例をご紹介します。いずれも私の手元にある資料です。

 ちなみに今回の共同声明に対して立憲民主党枝野代表が、共同声明で台湾へ言及したことへ一定の評価をするとのコメントを述べています。その背景に与党時代の民主党が、中国との武力紛争での作戦研究にコミットした経験を持っていることを考えれば、枝野代表のこの評価はある意味当然かもしれません。しかしこのことにより私は、安保法制を廃止するという政治課題に対する立憲民主党の姿勢に懸念を持たざるを得ません。

 2012年 7 月統合幕僚監部防衛計画部は「日米の『動的防衛協力』について」と題する研究文書を作成しました。研究文書本体は明らかにされていませんが、それを説明する防衛省作成の「取り扱い厳重注意」とされた PW 用のレジュメがあります。

 『動的防衛協力』とは、民主党政権が2010年12月に閣議決定した22防衛大綱で打ち出された『動的防衛力構想』 (中国との武力紛争を想定して南西諸島へ自衛隊を迅速展開する構想) を、民主党野田内閣が2012年 4 月27日に日米安保協議委員会で、日米の共同防衛態勢を構築する概念として合意されたものでした。その意味は、東アジアを含む西太平洋地域で、平素から警戒監視活動、抑止のための共同軍事演習などを通じて日米が緊密に共同しながら中国との間の不測の事態に迅速に備える態勢といえるものです。

 この文書の中に「対中防衛の考え方」と題した文書が含まれています。これによると平素から中国軍を日米で抑止し、有事となれば西太平洋の米軍と在日米軍、自衛隊が共同して第一列島線内へ攻め込むという、中国との全面的な武力紛争のシナリオとなっています。

 2012年 3 月29日防衛省内に設置した「機動展開 WG」が「機動展開構想概案」という研究文書を作成しています。これは、石垣島へ中国海軍陸戦隊4500名 (上陸部隊と空てい部隊) が、中国海軍艦船と空軍機による攻撃とともに石垣島を軍事占領する作戦に対抗するという、いわゆる島嶼部奪還作戦の研究です。

 陸自事前配備部隊2000名 (対空、対艦ミサイルと戦車部隊、歩兵 (普通科) 部隊) が迎え撃ちますが、どちらかの兵力の残存率30%になるまで激しい戦闘をし、中国軍に占領されます。その後自衛隊の増援部隊1800名が逆上陸作戦を行い、残存陸自部隊とともに中国軍を排除するというものです。

 2012年 3 月30日統合幕僚学校は統合幕僚長の指示に基づき中国軍との作戦計画の研究を含む600ページの報告書を統合幕僚長へ提出しています。統合幕僚長が研究を指示した通達を見ると、この研究は将来の防衛計画に資するという位置づけです。

 この中で、中国軍による全面的な先制攻撃に始まる米軍の対抗作戦である「統合エアー・シーバトル構想 (JASBC) 」へ自衛隊がどのように協力するかが述べられています。むろんそのシナリオでは日本全土に対する中国軍の攻撃を想定しています。そのうえで提言として、集団的自衛権行使の容認を挙げています。安保法制により存立危機事態で自衛隊が米軍と一緒になって武力攻撃できることになった意味がよく分かります。

 2016年 1 月24日朝日新聞に、「尖閣有事2012年に日米研究」との記事が掲載されました。この研究は野田内閣時代に、自衛隊と米軍の最高クラスの幹部が署名し、防衛・外務両相や首相にも報告されたと記事は述べています。

8 このような自衛隊の研究が日米間の共同軍事作戦研究としてどこまで踏み込んでいるかは不明です。現在米軍は中国との武力紛争を想定した新しい作戦概念を構築しようとしているので、これに基づく日米共同作戦計画作りはこれからのことかもしれません。後でも述べますが、自衛隊も米軍の新しい作戦概念を研究し、それに対応しようとしているのです。日米安保協議委員会の合意と今回の日米首脳会談での合意を踏まえて日米間で取り組まれることになるでしょう。

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