【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信
日米首脳共同声明 (2021. 4.16) を読んで考えたこと 下
9 菅首相は 4 月 4 日フジテレビの番組の中で、中国の動向への不安を「ひしひしと感じる。」と述べ、台湾有事が存立危機事態になることを否定しませんでした。
自衛隊は中国との武力紛争を想定した態勢を着々ととっています。現在奄美大島と宮古島へ陸自ミサイル部隊 (約600名から800名) が配備されています。対空、対艦ミサイル部隊で、これと同じ部隊を石垣島へも配備するための作業を進めているところです。
さらにこれらの陸自部隊へ配備されている12式対艦ミサイルを改良して、射程900キロ、最終的には射程1500キロまで伸延するための改良を行う計画を2020年12月閣議決定で承認しました。日本版海兵隊と称される陸自水陸機動団をもう一つ増設して (現在は 2 個連隊)、沖縄へ配備する計画です。F35B を航空自衛隊新田原基地 (宮崎県) へ配備する計画です。陸自電子戦部隊が熊本の陸自健軍師団へ配備されています。
これらはいずれも陸自部隊が第一列島線内での中国海・空軍の動きをけん制する作戦に使われます。自衛隊のこの軍事態勢は、米軍との共同作戦を想定しています。
米軍は、琉球列島を含む日本領土へ地上発射の中距離ミサイルを配備する計画を進めています。これは台湾海峡有事をにらんだ態勢作りです。海兵隊の組織体制も変更し、第三海兵師団 (沖縄配備) の中に、3 個海兵沿岸連隊を作り、2000名程度の小規模の部隊が第一列島線上の島しょ部へ事前配備され、対艦ミサイルと F35B を配備して中国海軍の動きをけん制し、戦闘状況に応じて配備部隊が島から島へ機動する作戦構想 (EABO 遠征前進基地作戦) を進めています。
この作戦構想の中に陸自水陸機動団や陸自ミサイル部隊、電子戦部隊が含まれるでしょう。F35B は陸自や海自の作戦を援護する役割を担います。
この日米の軍事態勢は、台湾有事の際に第一列島線内へ中国海・空軍を封じ込め、その作戦を牽制して、中国軍による接近阻止・領域拒否作戦 (A2AD) を打ち破り、日米の敵基地攻撃により、米海軍空母戦闘群にとって最大の脅威である中国軍の対艦弾道ミサイルやその他のミサイル戦力を減殺させようとするものです。
10 3 月16日の日米安保協議委員会と今回の日米首脳会談で、日本政府は台湾防衛への軍事的協力へと大きく踏み出したことになります。安保法制のうち、重要影響事態での戦闘地域における米軍に対する後方支援や、弾薬の提供、作戦行動中の米海軍や海兵隊航空部隊への弾薬補給や給油、整備の提供、米艦船・航空機の防護活動 (武器等防護) 、存立危機事態で集団的自衛権行使が可能となっています。自衛隊が進めている南西諸島防衛の態勢は、安保法制を全面的に発動することを想定したものです。
30大綱で定めた領域横断作戦、宇宙、サイバー、電磁波領域での作戦能力の向上、総合ミサイル防空能力、長距離スタンドオフミサイル取得、高速滑空弾や極超音速巡航ミサイル研究、宇宙状況監視 (SSA) での米宇宙軍との情報共有、まや型イージス護衛艦と E2D 早期警戒機への共同交戦能力 (CEC) 付与、新たな対空・対艦ミサイル SM6 取得などは、いずれも中国軍との戦闘を想定したものです。その意味で我が国は既に台湾防衛にいつでもコミットできる態勢を作りつつあるといえます。
このような日本政府と自衛隊が台湾防衛に軍事的にコミットするとの政治宣言を行えば、中国が対抗措置を取ってくることは確実です。中国との国交正常化以来取ってきた日本政府の台湾政策は、日中共同声明と日中平和友好条約で合意されている、一つの中国と中華人民共和国が中国を代表する唯一の合法政府であること、台湾は中国へ返還されるべきことを前提にしてきました。
むろん台湾が中国の領土の不可分の一部であるとの中国の主張を承認しているわけではありません。そのため台湾問題は日本政府にとっては中国政府が主張するように国内管轄事項とはとらえていませんので、その意味では曖昧な立場でした。
しかし日中共同声明で、台湾が中国の領土の不可分の一部であるとの中国の主張は「十分理解し、尊重する」ことを誓約しています。そのため、例えば1999年周辺事態法を制定した際には、台湾海峡有事が周辺事態に含まれるということは、本音は別にして少なくとも公表された日本政府の立場ではなかったのです。
今回の一連の日米協議の結果、日本政府はこれまでの台湾をめぐる政策を大きく転換し、いわば「ルビコンを渡った」と私は考えざるを得ないのです。別の言い方をすれば、これまで隠し続けてきた本音を公表したというところでしょうか。
尖閣諸島をめぐる中国との国際紛争、南シナ海での ASEAN 諸国と中国との領有権紛争と岩礁を埋め立てて軍事基地化する動きは、米軍によっても中国は抑止されていません。そもそもグレーゾーン紛争を軍事力で抑止することはできないのです。武力紛争ではないため、軍事力の行使で抑止できないからです。
米海軍による航行の自由作戦、米海軍空母戦闘群と海上自衛隊いずも型護衛艦との南シナ海での共同演習、台湾海峡へ毎月米海軍艦船が通行するなどの軍事的威圧にたいして、中国軍は対抗的な軍事活動を一層強化しています。台湾海峡情勢の不安定化には中国だけではなく米国にも責任があります。
今回の一連の日米協議は、台湾や南シナ海、尖閣諸島をめぐる情勢をさらに不安定化させるでしょう。私たちの平和と安全が保障されるどころか、早晩私たちが台湾をめぐる米中の武力紛争の矢面に立たされることを覚悟せざるを得ない事態が到来するでしょう。
これまで長年にわたり、日本政府の安保防衛政策、日米安保体制の運用について、日本政府は国民に対して常に事実や意図を隠し続け、ごまかし続けてきました。その結果政治家は抑止力で安全だとして、国民がそれ以上は考えられないように思考停止に陥らせてきました。
敵基地攻撃能力保有についても同様で、すでにその能力保有に向けた取り組みが着々と進められているにもかかわらず、政府は専守防衛政策を公式には維持しながら、敵基地攻撃能力を保有すするとは一言も説明していません。島嶼部防衛が尖閣諸島防衛のためであるとか、ミサイル防衛が北朝鮮の弾道ミサイルを想定しているとか、長距離スタンドオフミサイルが自衛隊員の安全のためであるなどの説明は誤魔化しの類です。
今回の台湾問題に対する政府の政策の転換についても何らの説明もないし、その政策転換にふさわしい国会での議論もないし、政府内でも時間をかけてしっかり議論や準備をしたものでもなさそうです。
ことは私たちの平和的生存権にかかわる重大な問題である以上、少なくとも「自由と民主主義、基本的人権尊重」を掲げるわが国である以上、これまでの安保防衛政策のような進め方、すなわち事実を隠し、胡麻化すという進め方を拒否しなければならないと強く思うのです。安保防衛政策について国民的な議論が求められます。
米国は中国との国交正常化をした1979年に台湾関係法を制定し、もし中国が台湾へ武力侵攻した場合には、事実上の台湾の防衛義務を定めています。「事実上の」と述べた理由は、米国と台湾との間には防衛義務を定めた条約はないこと (1979年に米台相互防衛条約を破棄しています) 、台湾関係法は米国内法であること、台湾関係法では、 (台湾を含む) 西太平洋地域の安定が米国の国益に合致し、国際的な関心事であり、非平和的手段による台湾の併合は西太平洋地域の平和と安全に対する脅威、米国の重大関心事とし、いかなる危険にも対抗するため、とるべき適切な行動を決定する、としているからです。
しかし日本政府にはそのような義務も誓約もありません。我が国と米国はこと台湾問題については基本的な立場の違いがあります。
他方、安保法制は台湾有事の際にその真価を発揮するものです。重要影響事態あるいは存立危機事態を認定すれば、自衛隊と我が国の総力を挙げた米軍支援、米軍と共同して中国軍と戦うことを保証するものです。 3 月16日安保協議委員会と 4 月16日日米首脳会談という一連の日米協議で合意した結果、台湾有事において我が国が軍事的な関与をすることを米国に約束したことになります。その意味で、安保法制は台湾有事の際には、米国の台湾関係法と同じような機能を果たすのではないでしょうか。
台湾防衛の義務も誓約もない我が国は、安保法制という「導水路」を通って台湾防衛義務を負うことになります。これは私たちにとって悪夢としか言いようがありません。これを何としても食い止めなければなりません。安保法制の廃止はその意味でも極めて重要な課題です。
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