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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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Mさんへの手紙 上

2021年7月29日


 以下の手紙は、わたしが最近書いた論考「日本の対中外交政策は『ルビコンを渡った』のか ? ―議論なき対中政策転換の危うさ」を読まれた M 弁護士から、「改憲論者が投げかける『攻められたらどうするんだ』という問いかけに、自分の言葉として語れないことにもどかしさがある、中台問題にどのように対処すればよいのか自分自身が混迷している」などの感想が寄せられたことへの、私の考えを伝えるために書いたものです。

―――――――――――――――――――――――――

 M さん、
 あなたからのメールの問いかけを私なりに考えております。以下はまとまりがない散文ですが、これまで学習会や講演会で話したことを思い出しながら書きました。少しでも参考にしていただけたら幸いです。

1 「日本が外国から攻められたらどうするんだ」という問いかけに対する批判

① この質問は武力紛争を自然災害と同じ性質のものとして考えています。地震であれば、発生したらどうするのか (防災、減災) を考えなければなりません。

 地震と違って、武力紛争は何らの原因もなく突然起きるものではありません。それに至る長い間の国際紛争が背景にあり、それに対する外交的、政治的な解決に失敗した際に発生するものです。

 武力紛争を自然災害=地震と同じように考えることは、武力紛争のリアリティに著しく欠けているといえます。
 このような質問をする方には、どの国がなぜ攻めてくるのかを説明する責任がありますが、これに対する的確な回答はありません。

 この質問の仕方は、安全保障防衛政策の立場からもありえないものです。なぜなら、この質問に対する回答は二つの選択肢しかありません。反撃する、又は反撃することもなく降伏する、侵略を黙認するという選択肢ですが、後者は考えられません。とすると、反撃するという選択肢しか残されていないことになりますが、そのような政策は、安全保障防衛政策とはいいがたい代物です。

 安全保障防衛政策を考えるうえで必要な問いかけは、「攻められないためにはどうするのか」という質問になるはずです。

 そうすれば、様々な選択肢が出てきます。攻められないためにはこちらも相手国に対して脅威とはならない (専守防衛はこの立場) 、両国間の紛争を絶対に武力紛争にしないで外交的に解決する (という強い政治的決意を表明する) 。他方で、万一の事態に備えながら最小限度の反撃の態勢を示す (専守防衛の立場) 。

 別の選択肢としては、軍事的抑止力・対処力により武力紛争を防ぐということも考えられます。現在の我が国の安全保障防衛政策がこれでしょう。

 どちらを選択すべきか、これには議論が必要です。その前提として抑止力というものの性質、その限界を正確に踏まえる必要があります。

 抑止力で安心だ、攻められない、ということはあり得ません。抑止とは優れて心理的なものですから、抑止力が効いているということの証明はできませんし、確証も得られません。せいぜい武力紛争にならなかったから抑止が効いていたのだという結果論だけです。

 抑止は破れやすいし、敗れた場合にどうするのか、その結果はどうなるのか、ということも含めて考えたうえで、どの選択をするかを議論しなければ、議論は平行線になりますし、現実を踏まえたものにはなりません。

② 「攻められたらどうすんだ」という問いかけは、実際に生起している国際紛争や武力紛争の現実を無視した問いかけです。このような問いかけをする論者自身も、抑止力・対処力を強化すれば実際には攻めてはこないという楽観論に立っています。

 しかし、そのような保証はどこにもないはずです。中国がこの論者が想定するように抑止されたと判断し不測の行動を控えるとの保証はないからです。ですから私はこのような議論を「平和ボケ」と称しているのです。

2 台湾問題をどう考えるのか、台湾有事を防ぐ手立てはあるのか

 まずこのことを考える前提として、中台武力紛争とそれが直ちに波及する米中戦争に絶対にしてはならないという強い政治的意思 (政府としての、あるいは国家としての強い意思―国家としての強い意思とは政府の意思と国民世論です) が必要です。

 私はいつも台湾問題の議論にはこの点が欠けていると思っていますし、懸念もしています。政府は台湾有事に備える軍事態勢を築いているし、世論も中国脅威論に流されてしまっているからです。

 この点の認識に欠けたまま、軍事的抑止政策を進めた結果、予期しない武力紛争となってしまったというのでは悲劇です。でもその結果は悲劇ではすまされないほど悲惨で取り返しのつかないものになります。
 我が国の国益、私たちの平和と安全を考えれば、このような事態を絶対に起こしてはならないと考えます。

 ではどうすれば防げるのか。少なくともはっきりしていることは、台湾が独立の意思を示さない、それに向けた明確な行動をとらないよう (例えば、台湾独立の是非を問う国民投票等) 台湾に対して常に誤解のない政治的意思を示し続けることが重要です。

 「誤解のない」とは、台湾が独立に向けたプロセスを選択し、それに対して中国が軍事的圧力を強めたり、台湾へ武力侵攻を図ろうとする場合、日本が台湾を軍事的に支援すると台湾に期待させてはいけないという意味です。

 台湾が独立しようとすれば、日本政府は支持しないし、支援しないということを、公然と表明しなくても、様々な外交ルートで台湾政府へ伝えることはできるはずです。日本政府が公然とこのような国家意思を表明すれば、中国が強気になって誤った判断をするかもしれないからです。

 米国のこれまでの台湾政策はこの点で同じ立場です。台湾関係法では、米国は台湾独立を支持しませんが、他方で中国による台湾武力侵攻をさせないための武器を台湾へ提供する、中台武力紛争の際、台湾防衛を行うかは曖昧にするというものです。

 現在米国内にはこの政策 (曖昧政策) を変更し、台湾防衛の意思を明確にすることを求める圧力が高まっているようです。米国の著名な外交専門誌であるフォーリンアフェアーズの論文にもこのような議論がありますし、話題となった INDOPACOM 前司令官デビッドソンの連邦上院軍事委員会での証言の速記録を読んでも、そのような意見が出てきます。

 30大綱以降の我が国の防衛政策、自衛隊の軍事態勢は次第に台湾防衛をするという方向に動いていますので、米国の台湾政策の変更を促進していることになります。

 しかしこれは大変まずいものです。台湾有事で我が国と自衛隊が米国を全面的に軍事的バックアップするという姿勢を示せば、それだけ米国も台湾も強気になります。

 台湾有事はわが国のみならず韓国や ASEAN 諸国も決して望んでいないはずです。台湾有事にさせないためには、我が国がこれらの諸国と連携して、台湾と中国に働きかけることは重要です。

 例えば、現在中国が香港に対してとっている政策は、きわめて重大な誤りですが、このことが台湾の独立志向を強める結果になることは明らかです。少なくとも将来の平和的統一という目標は消滅するでしょう。

 このことは長い目で見れば中国の国益にとってもマイナスになります。その意味で中国の対香港政策を国際世論で批判して香港政策の転換を迫ることは重要な意味があります。
  
 我が国の外交は失敗続きの連続です。ロシアとの北方領土問題の解決は遠のきました。韓国とは国交正常化以来最悪の関係です。

 我が国はロシア、韓国との外交関係が悪化したままで、中国とは領土紛争を含めて敵対関係になりかねない関係となっており、もはや米国につきしたがうことしか選択肢が残されていません。いわば三方を敵に回して、手ひどい敗北で明治国家を崩壊させた戦前の歴史を見るようです。

 続く

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