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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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Mさんへの手紙 下

2021年7月31日


3 中国脅威論に影響された世論状況をどう変えてゆけるのか

 中国脅威論に流されている世論状況をどのように変えてゆけるのか ? これこそ法律家団体が果たすべき役割のように思います。
 中国脅威論は、尖閣諸島問題と、中国による軍事的拡張、南シナ海での振る舞い、中国の強圧的な外交姿勢=戦狼外交に強い影響を受けています。

 しかし尖閣諸島をめぐる中国との国際紛争は、これだけで武力紛争に発展することはありません。中国も尖閣諸島をめぐり日本との武力紛争を起こす余裕はありません。ありうるとすれば台湾への武力侵攻の場面で一つの戦線となるかもしれないというくらいです。

 ですから台湾有事を防ぐことが重要です。尖閣をめぐる国際紛争は現状維持を図りながら、外交的解決の知恵を働かせるチャンスを待つしかありません。我が国から武力による威嚇をすれば、尖閣問題は武力紛争になる懸念があります。この問題は政治家の胆力と世論の忍耐力が求められます。

 それに、私の個人的見解ですが、「尖閣ごとき」で我が国の命運を賭けるような中国との武力紛争を起こしてはならないと思っています。尖閣諸島はわが国の主権といういわばメンツの問題にすぎず、海底資源開発には関係はないし、住人が生活しているわけではないので、国民の生命財産にかかわる問題ではありません。せいぜい EEZ 内での漁業権をめぐる問題に過ぎません。

 漁業権については、尖閣諸島の領有権を棚上げして、いずれの国の EEZ でも、両国の漁民は漁業ができることを前提とした漁業協定を締結すればよいのです。現在結ばれている日中漁業協定では、日本と中国の EEZ の海域内で、互いの国の漁船の操業を認め合いながら、なぜか尖閣諸島周辺海域は、協定の適用から外されています (協定 2 条と 6 条) 。

 中国との領有権紛争には、もう一つ、EEZ をめぐる日中境界線未定問題があります。中国は中間線で海底ガス田の開発を行っています。福田内閣時代にこの問題解決に取り組みかけましたが、福田内閣が短期で終わったため、それ以降は取り組みがありません。

 日中間の領有権紛争は棚上げにして、尖閣諸島周辺海域にも日中漁業協定を適用させる、海底ガス田開発を日中間で協力して行うとの二国間協定の締結を目指すべきです。

 中国脅威論に流されている世論状況を変えるためには、脅威論に立った現在の政府の防衛政策、自衛隊の軍事態勢がどのような破滅的結果をもたらすものであるのかという事実を、国民が共有できることが重要です。

 多くの国民は、日米同盟と自衛隊による抑止力があれば安全だと、思い込まされてそこで思考停止しています。私が台湾問題についてこのところいろいろ書いているわけは、このことを念頭に置いているからです。

4 万一の場合日米安保体制の中で日本は何ができるのか

 30大綱以降急速にわが国の防衛政策、防衛態勢が中国との武力紛争を想定したものになってきています。その重要な要素の一つには、尖閣防衛をめぐる米国との取引があると考えています。

 尖閣諸島に安保条約5条が適用されるという米国の口約束を得るために、日米同盟を強化し日米軍事一体化を図ろうとしています。それだけではなく、南シナ海へも海上自衛隊のプレゼンスを高めているのです。

 南シナ海での ASEAN 諸国と中国との領有権紛争は、我が国の国益にはさしたる影響はありません。いわば「他人のけんかを (我が国が) 買って出る」ようなものです。

 しかしこの取引は極めて割の悪いものであることへの世論の認識があまりにも不足しています。尖閣諸島へ安保条約 5 条が適用されたとしても、そのために米軍が血を流すとは限らないし、その結果我が国は米中戦争で最前線に立たされ、米本土やハワイ、グアム防衛の防波堤とされるからです。

 こんな割の合わない取引であるにもかかわらず、いまだ国民の多くはこのことに気が付いていないと思われます。

 30大綱以降の我が国の防衛政策、防衛態勢と日米同盟の実態を直視すれば、この点に気づいてくれる国民は必ず増えてくると思います。中国脅威論の世論状況を変えることができるなら、日本政府として台湾有事の際には事前協議で「イエス」と言うとは限らないことを米国にも知らしめることができるかもしれません。そしてこのことが決定的に重要です。

 台湾有事の際に米国が中国との武力紛争を遂行して勝利する見込みを持てる最大の根拠は、我が国による全面的な米国支援があるからです。安保法制はそのための国内法です。この点ははっきりしています。米国は台湾防衛について、距離と時間の壁をいかにして乗り越えられるのかという点を軍事作戦上の最大の課題として取り組んでいるからです。

 さらに米国は中国にはない米国の有利な点として、同盟国の存在を上げます。その筆頭が日本なのです。
 日本列島という中国東・南方から中国を取り囲むように塞ぐ位置にある日本という同盟国を持つ利点を利用して、時間と距離の壁を乗り越える軍事作戦として考えられたのが、陸軍のマルチ・ドメイン戦闘 (MDB) と海兵隊の遠征前方基地作戦 (EABO) であり、それを戦略戦術論として整理したものが、海洋プレッシャー戦略とインサイド・アウト戦術です。

 台湾有事を想定して、今から対米協力をしないとの意思を示すことは不可能ですし、その必要もないでしょう。なぜなら台湾有事は結果に過ぎないからです。

 それに至るまでのプロセスにおいて、様々な日米間の外交上の協議や駆け引きがあるでしょうし、韓国や ASEAN 諸国と我が国とが協力して米国による台湾防衛の必要性を減ずる、我が国や ASEAN を含む周辺諸国は米中間の軍事紛争を望まないという明確なメッセージを米国と中国へ発することができるような状況を作り出すのが外交の役割です。

 実は日本の置かれた地政学的位置から、我が国が台湾問題でどのような立場をとるかということは、米国と中国どちらにとっても極めて重要な、というより、台湾問題の帰趨を制しかねないものだということを私たちが自覚する必要があります。我が国のこの立場を国際政治で利用しないのは「宝の持ち腐れ」です。

5 私が考えている将来構想
 私たちが中国脅威論にどう向き合うのか、これは今後の我が国の歴史を左右する問題です。中国の脅威に対して、我が国は米国と一緒になってそれを上回る脅威となって対抗するのか (軍事的抑止論とはこういうものです) 、それとも中国を脅威にしないような外交政策をとるのかという選択です。

 脅威とは、相手の軍事力とその意思を掛け合わせたもので決まります。我が国が中国にとって脅威となれば、中国もそれに対抗して脅威を強めるでしょう。「安全保障のジレンマ」です。

 他方で我が国が中国に対する脅威とならないのであれば、我が国に対する中国の脅威も削減されるでしょう。そのような外交政策を作る必要があります。

 中国脅威論の深層心理に、日本人優越論が潜んでいないでしょうか。日清戦争後長年にわたり日本人の意識へ刷り込まれた歴史的な中国蔑視感がいまだ残っているとすれば、そのことが我が国の対中ナショナリズムをきわめてゆがんだものにするでしょう。

 それに、世界第二の大国に成長し、米国に迫りつつある中国をしり目に、我が国は経済成長すらままならず、人口減少という問題から、衰退する旧大国という立場で、国民は自信を喪失しているかもしれません。

 衰退する旧大国のナショナリズムと、勃興する大国のナショナリズムが衝突する場合、歴史的に見れば、避けがたい紛争の原因となりかねません。そのようなことにならないよう、我が国は「中堅国家」としての国際社会でのゆるぎない地位を築くことができることへの私たちの確信を育てなければならないと思います。

 わが国が目指す中堅国家とは、スローガン的に言えば「非核平和中堅国家」構想です。我が国周辺諸国との間の歴史問題を清算し、憲法 9 条を政治原理にした平和国家と、朝鮮半島と我が国を非核国家とする北東アジア非核地帯構想、我が国の国内法として非核法を制定、核兵器禁止条約への批准と加盟、安保法制、の廃止、これらと並行して北東アジアの協調的地域機構を作る努力をするというものです。

 安保条約と自衛隊をどうするのかにつき、私はこれらを実現した後の長期的な課題と位置付けています。中期的な課題とすれば、自衛隊の役割、任務を我が国の防衛に厳格に制限して軍縮を進めること、安保条約を96年の再定義前の状態に戻すこと、などが考えられます。
  
 長くなりましたが、これくらいにとどめておきます。

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