【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信
我が国の安全保障防衛政策の根本的転換を求める自民党提言を読む 2
5 提言は、現代戦闘の様相の変化に合わせて、AI、無人機、量子技術等最先端の科学技術を軍事分野に取り組むことを求めています。そのための産学官一体となった先端技術の研究開発に重点投資をするとしています。防衛省は「安全保障技術推進制度」を創設しており、今年度予算では101億円を計上し、民間や大学の研究者、施設を動員しようとしています。
これをさらに一層強化する提案です。科学の軍事利用に反対している日本学術会議は、政府のこの政策の大きな障害となっています。菅内閣が日本科学者会議の人事に介入したのは、日本科学者会議へ政府の影響力を行使しようとの目的があったと考えられます。
2022年 1月 7日 2 + 2において、日米はこれらの最先端軍事技術につき共同研究、共同開発、共同生産、及び共同維持並びに試験及び評価に関する協力を行うことを交換公文で交わしました。この間国会で審議された経済安全保障法案もこれに資するためのものです。
6 提言は、現代戦の新しい戦闘様相として「ハイブリッド戦」を強調しながらその対処を提言しています。「ハイブリッド戦」とはどのようなものかは、提言をお読みください ( 6~ 7頁)。
5で述べた AI , 無人機,量子技術等最先端科学技術もこの文脈で取り上げていますが、さらに、情報戦への対応能力を強化するため、政府内での体制と地方自治体との連携強化を提言しています。
サイバー対策もハイブリッド戦への対処の一部です。提言はインテリジェンス部門との連携を含む国家としてのサイバーセキュリティの司令塔機能を強化する体制構築を求めています。さらにサイバー反撃を意味する「アクティブ・サイバー・ディフェンス」実施を可能にするため、現行法令との関係を整理するとしています。
7 提言は、政府全体としてのインテリジェンス機能を強化するため、「国家情報局」を設置して、人的情報を含む第一次情報収集機能を強化し、インテリジェンスの集約・共有・分析等を更に統合的に実施する体制を構築するよう要求しています。ファイブアイズ (米、英、豪、カナダ、ニュージーランドの 5か国による情報共有の仕組み) への参加を求めています。
現在の政府のインテリジェンス活動は、内閣官房の内閣情報監をトップとした各省庁のインテリジェンス部門の寄せ集めですが、一つの国家機関として、内閣直属の情報機関を設置するのでしょう。いずれ対外的な情報活動を任務とするCIAのような部門も作られることも伺える内容です。
8 敵基地攻撃
提言は、これまで「敵基地攻撃」と称していたものを「反撃能力」と言い換えて、攻撃対象を相手国の指揮統制機能等にまで拡大するよう求めています。このための能力として、スタンドオフ防衛能力 (攻撃能力と言い換えたほうが分かりやすい) 、衛星コンステレーション、無人機による警戒監視能力、宇宙・サイバー・電磁波領域における相手国の指揮統制機能の発揮を妨げる能力 (要するに電子攻撃能力のこと) 、ノンキネティック (非物理的) 能力等を強化するとしています。
スタンド・オフミサイルは30大綱で導入を決めたものです。この時政府は、敵基地攻撃のためではなく、敵の攻撃圏外から攻撃を可能にして自衛隊員の身の安全を図るものと説明したのです。しかし提言はこのようなごまかしは投げ捨てて、本音を述べたと言えます。
これらの能力は、敵国内の標的の探索と攻撃破壊、敵国部隊の動きや発射されたミサイルの継続的な監視・探知、相手国の防空レーダーや通信機能 (衛星機能を含む) を無力化すること、偽情報による敵国の情報通信ネットワーク・電子戦能力を騙したり混乱させることを目的にするものです。
攻撃対象を指揮統制機能等と拡大の余地を残しているのがみそです。敵国の指揮統制機能等には、戦場での指揮統制機能だけではなく、国家指揮統制機能 (市ヶ谷の防衛省がこれに該当する) も含まれる可能性があります。シビリアンコントロールであれば、敵国の首相、大統領の「斬首作戦」も含まれるかもしれません。「等」には兵站施設、輸送インフラ、弾薬庫、燃料貯蔵施設等敵国の継戦能力を維持する施設も含まれるかもしれません。
「反撃能力」とは、このように敵国との全面戦争を想定したものなのです。提言は「反撃能力」により、弾道ミサイルを含む (ミサイルだけではないのだ) 我が国への武力攻撃を抑止し、対処すると述べます。対処とは、抑止が破綻した場合の攻撃の意味です。提言は抑止が破綻することを想定しているのです。
抑止力といっても、敵国が抑止されるという敵国の主観的な判断を我が方が予想するという二重の主観的判断を重ねたものになります。我が方が抑止されるであろうと想定しても、敵国が本当に抑止されるとは限らない、その意味で抑止とはきわめて不確実な概念といわざるを得ません。
もし「抑止」に意味があるとすれば、「抑止」が破綻したとしても相手と戦争を戦い勝利できるだけの対処力を備えた場合です。そうでなければ、「抑止」は極めて危険な賭け、無謀な虚勢となるでしょう。相手に見透かされたら一巻の終わりです。
「抑止」を論じるうえで、もう一つ見落とされがちなのが、相手国も我が方へ抑止力を働かせているということです。
「抑止」が破綻して、我が国が敵国領土を攻撃すれば、敵国は当然我が国に対してより強力な反撃を加えることを覚悟しなければなりません。提言はこの覚悟を求めるものなのです。そのために提言は、国民保護の一層の強化策として、核シェルターの整備まで求めているのです ( 15頁) 。
我が国の「反撃能力」は、我が国に対する武力攻撃が発生してから行使するとは限りません。現代戦闘は、きわめて迅速、短時間或いは瞬時に攻撃が実行されます。車載型の固体燃料ミサイルによる攻撃や電子戦、サイバー攻撃、情報戦を考えればわかることです。いつどこから攻撃されるのか探知しようがないことも想定されます。弾道ミサイルであれば、中国から我が国までは10分以内に着弾します。
自衛権行使要件である「武力攻撃が発生した場合」を、政府は着弾ではなく、我が国への攻撃に着手した時と解釈しています。しかしこの判断は微妙です。国際法違反の先制攻撃になりかねないし、万一のことを考えれば、先制攻撃やむなしとの判断になるでしょう。
さらに安保法制の下での「反撃能力」は、集団的自衛権行使として実行されるのですから、我が国への武力攻撃はなくても、敵国領土への攻撃も可能になっています。これではまるっきり先制攻撃となるでしょう。
提言が「脅威対抗型の防衛戦略」策定を求めている意味はここにあります。
9 専守防衛
提言は憲法及び国際法の範囲内で「反撃能力」保有を求めています。憲法が改正されていないのですから、ある意味当たり前のことを述べたに過ぎません。専守防衛についても同様です。しかし本当に憲法の範囲内で専守防衛を否定しない内容なのでしょうか。
「脅威対抗型の防衛戦略」ということ自体が、憲法 9条の憲法規範を無意味にするものであることは既に述べた通りです。
専守防衛の項で提言は、専守防衛のこれまで繰り返し防衛白書が述べてきた定義を挙げ、それに続いて、必要最小限度の自衛力の具体的な限界として、「その時々の国際情勢や科学技術等の諸条件を考慮し、決せられるものである。」と述べます。これでは「必要最小限度」の意義を融通無碍に拡大することが可能になります。専守防衛は、憲法 9条の下での自衛権行使の限界を定め、自衛隊を合憲化する政府の 9条解釈の中心概念ですが、提言は専守防衛の憲法規範としての機能を事実上取り払うものとなっています。
つづく
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