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テレビ朝日HDへの株主提案:株主提案運動の拓く途

寄稿:野原 光(広島大学・長野大学名誉教授、長野大学元学長)

2024年6月10日

 阪口さんの提案に端を発して、テレビ朝日への株主提案の運動は、もしかすると大化けするかもしれない。その予感を帯びてきたような気がします。戦争国家への傾斜を急速に深める日本社会の現状で、言論の自由と報道の役割がいかに重要か、その点で、この株主提案運動がどういう意義を持つか。こうした論点は、田中優子、前川喜平両代表をはじめ、事務局の、阪口、梓澤、杉浦さんも、これまで丁寧に説明してくれています。また梓澤さんが尾形、望月さんと行った以下の鼎談は見ごたえがありました。長いけれど面白い。運動の意義もよくわかる。お勧めです。

https://youtube.com/live/N-njHCiGNBY

 この運動が今、いかに重要か、この点は前掲の諸兄姉の発言で、十分に尽くされています。ここでは、株主提案制度を使ったこの運動のどこに、独特の面白さがあるのか、この点を、自分のために確かめておきたいと思いました。以下、関心あればお付き合いください。

1.株主提案と市民運動

 精査したわけではないが、インタネット上で急いでさらっただけでも、ずいぶんの株主提案があることに驚かされる。しかも巨大な営利企業を動かす現実的な影響力を持つにいたっている。

 1981年の商法改正までは、保有する株が一株でも株主総会への出席が認められていた。水俣病の被害者が、1970年代の初めに、この制度を使って、株主総会で、チッソへの抗議活動を行った。これは新聞・テレビ報道を通じて、深く記憶に刻まれた。

 欧米での動きとしては、ずいぶん前から、消費者運動、フェア・トレードの運動、環境保護運動等が株主提案の運動をやっていた。面白いことをやるものだと思っていた。しかしまさか、今回のように、自分が48人の株主提案の末席に連なることができるなどとは思ってもいなかった。

 最近では例えば、エネルギー世界大手、オランダのロイヤル・ダッチ・シェルの株主総会での、環境保護団体Follow Thisの働きかけがある。Follow Thisが毎年同社に提出している、株主総会への株主提案に関しては、2016年の2.7%から始まって、2020年には14.4%、そして2021年には、30.47%に達したという。対応して会社も環境対策を打ち出すようになっている。これは株主提案が、運動と世論を背景に、巨大企業の行動に対してさえも、現実的影響力を発揮しうることを示している。彼らは、株価を気にし、株式資金を必要とする存在だからである。

 市民運動の株主提案が過半数を占めた最近の例として、アメリカでの動向だが、2023年の株主総会の結果を見ると、1ドルショップのダラーゼネラルで、67.7%、米銀大手ウェルズ・ファーゴで52.27%、コーヒーチェーンのスターバックスで52.03%、食品スーパーのクローガーで゙51.89%という数字があがっている(2023年8月7日 リサーチレポート Quick Knowledge ESG研究所)。もちろんこれは、市民運動が、年金基金等の機関投資家を巻き込んだからのことであろうが、ともあれ、無力に見える市民運動発の動きが、事態を動かすに至った。

 いつごろからだったか、日本でも上場企業の役員報酬一億円以上については、公開されるようになった。欧米では以前から公開されていたが、へえ、どうして日本でもこれが可能になったのかなとは思った。だがこれがまさか、株主提案権を武器にした、阪口さんたちの、長い時間をかけたソニーへの働きかけに発するものだとは、寡聞にして、最近まで知らなかった。これは日本でも「山が動く」ことがあることを示した。

 直近の事例としては、第100回東京電力株主総会(2024年6月26日)への共同株主提案がある。その議案は、原発に直接関連するものとしては、第1号から第4号議案まで、柏崎刈羽原発の廃止、原発災害時の安全な避難の確保、(福島の子供たちへの)保養を支援するための基金を創設、使用済核燃料の輸送中止、となっている。内容の紹介は略すが、最近の能登半島地震が露呈した現実を踏まえて、簡潔にして説得力のある提案である。

 潔にして説得力のある提案である。

2.資本主義制度のまっただ中に踏み込む市民運動

①市民運動が先手を打つ
 では、この株主提案運動の独特の面白さはどこにあるのだろうか。にわかにだが、少し考えてみた。まず、もともと社会運動、市民運動というのは、どういう性格を持っているか。多くの場合に、市民個人、或いは集団に対して、圧倒的に大きな力を持った側から、「突然に」、襲い掛かってくる「暴力」として、まず被害が現れる。これに対する抵抗として、社会運動、市民運動は展開する。つまりまず「後手」から始まる。「後手」から始まると、運動は常に対応に追いまくられることになる。筆者もたまたまいま、日本の大学体制の崩壊に抗する運動の末端に連なっていて、そのことを痛感している。いつも後手後手に回り、しかも一向に「山は動かない」。

 ところが、白昼堂々とまかり通る不正に対して、市民の側から行動を起こして「先手」を打ったのが、上脇さんたちが仕掛けた、自民党の政治資金の裏金問題の検察への告発である。「先手」を仕掛けられて、万年政権党も対応に追われて、すったもんだの大騒ぎになり、衆院補欠選挙の政権党の3戦全敗という事態を生んだ。

 他方で、日本社会の「戦争国家」への傾斜という、この大事な局面で、多くの日本のマスメディアは、第四権としての執行権力監視の役割を放棄してうつつをぬかしている。その当の執行権力は、意のままにコントロールしようとして、マスメディアへの介入を、急速に強めている。この危機的な局面で、マスメディアに対して、第四権としての責任を、ちゃんと果たしてくれと、「先手」を仕掛けるのが、この株主提案である。巨大な力の攻勢への防戦ではなく、市民運動の側がヘゲモニーを握りうる可能性を、この株主提案運動は秘めていると思うのである。

②株式会社制度と市民運動
 もう一つ重要な論点があるように思う。というのは、素人考えだが、株式会社制度というのは、現代資本主義を、それとして成り立たせる中枢的制度である。これなくしては、いまや資本主義という制度そのものが成り立たない。したがって株式企業は、株を発行して資金を調達しなければならない。株を発行したら株を買ってもらわなければならない。そのためには、株主の意向に沿わなければならない。しかも株式企業は、他の株式企業と競争して株主の資金を集めなければならない。とすると大株主に頼ってばかりはいられない。かき集めれば膨大な額になる大衆の零細資金を動員しなければならない。そのためには、大衆株主の意向が声になって現れたとしても、それを無視はできない。

 もともと制度が想定している「株主」は、株主であって市民ではない。株主は、配当と株価の上昇を求めるのであって、それ以上を求めるものではない。たまたま株主が、「物言う株主」(アクティビスト)に変身するのは、あくまでも配当と株価の上昇を求めてのことである。これが株式会社制度のイロハであろう。制度の仕組みはそうなっている。ところが株主は元々はどっこい「人間」である。この「人間」は株主にもなり得るが、また状況によっては、社会の公的問題に関心を持つ「市民」にもなり得る。制度としての株式会社制度は、このような「市民」をもともと想定していない。しかし「株主」の仮面をかぶって株主総会に現れる人間たちが、資格要件さえ満たしていれば、仮面を脱いで、「市民」として公的観点から発言することを、公然と妨げることは制度の建前上できない。もちろんこうした動きに対しては、企業も、企業を守ろうとする国家も、様々な妨害措置や度重なる商法改正等を通じて、切り抜けようとするが。

③民主主義と「株主民主主義」
 しかも、株式会社制度は、近代社会の、「人権」と「民主主義」を尊重するという建前と整合する制度という形をとらないと、その社会のほかの制度と整合する安定的制度となりえない。個人投資家が躊躇なく投資してくれることで初めて、零細な資金を大規模にかき集めることができるようになる。その個人投資家は、株主であるばかりでなく、社会に暮らす市民でもある。そしてその市民の零細資金の動員を、株式会社制度は必要不可欠としている。ところが例えば、奴隷労働や児童労働に依存するからこの会社は賃金が安く、従って利益が大きい。だから株主には高配当が約束されると宣伝したらどうなるか。ナパーム弾を製造する会社や、常習性のあるオピオイド系鎮痛剤を製造する会社が、だから市場は急拡大すると公然とうたって、だから高配当が保証されると個人投資家を勧誘したらどうなるか。これは、「人権」と「民主主義」という「近代市民社会」の建前と、余りにも露骨に抵触する。したがって、このことを密かに実行するのではなくて、公然と語ってしまっては、その株式会社は、安定的には存在し得ない。

 このうち、「民主主義」について、もう少し立ち入りたい。株式会社制度では、「民主主義社会」の制度と整合的に「株主民主主義」が採用される。民主主義とは、本来同格の公衆の討議を経た意思決定であろうのに、単なる多数決のことと読み替えられる。その多数決の主体は、もちろん「市民」ではなくて「株主」である。こうして社会の制度=意思決定原理と整合させるために、株式会社は、株主の間の多数決原理を採用せざるを得ない。しかしこれは実際には、株主間の多数決ではなく、株数間の多数決である。こうして「株主民主主義」

 では、討議による意思決定が多数決に置き換えられ、その多数決は、株主による多数決から、株数による多数決に置き換えられる。つまり「株主民主主義」の内実は、「株数民主主義」であり、さらにその内実は、「株数多数決」である。構成員による多数決原理は、株数の多寡が、つまり金の多寡が、会社の意思を決定するという、株数による多数決原理に変換されている。民主主義社会における株式会社の「民主主義」は、ここまで形骸化され、形式化された。

 だがここを逆手にとれば、多数の零細株主が纏まって集団的に意思を形成し、株数で多数になれば、その集団の意思が株式会社の意思になる。今もすでに多くの投資ファンドや機関投資家が、株数に物言わせて、「物言う株主」として、株式企業に影響力を行使している。あなた好みの制度に則って、同じことを市民大衆もやればいいのである。会社はどんな金でも集めたい。大衆の零細資金も喉から手が出るほど欲しい。とすれば、市民大衆の側は、一人ひとりの持つ株数は少なくても、それを集めれば膨大な額になる、その株数を力に変えればよい。変えることはできる。

 ところが再度の商法改正で、今は一単元以上の株数を持たないと株主総会で議決権を行使できない。テレビ朝日(ホールディングス)の場合は100株が一単元である。時価で見ると一株2,055円(05/09終り値)だから、100単元では20万円を超える。確かに普通の市民にとっておいそれと動かせる額ではない。だから一人一人の一株ずつを集めて、集団でまとまって議決権を行使する工夫を編み出さなければならない。一株なら2000円だから、それなら多くの人が参加できる。クラウド・ファンディングというテクニックも動員できるのではないか。不勉強でいまだかって商法など見たこともなかったので定かではないが、素人考えでは、議決権行使書や委任状等を駆使して、100株1単元という壁もいずれは何とかクリアできるのではないか。

 こうして、資本主義という制度の根幹をなす株式会社制度の内部に分け入って、そこから市民運動の声を発揮していこうというのは、とても魅力的な試みに見える。これは、外から吠えるのではなくて、中で吠えようという特質を持っているからである。正義は「棒立ち」し、現実は「動かない」という、市民運動がしばしば直面する、切歯扼腕の思いを、ここでは超えられるかもしれない。

(2024/05/24)

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