【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信
米・中・台間の抑止関係を危うくする我が国の防衛政策
1 岸田首相は、4月11日、米連邦議会上下両院合同会議において、「米国は独りではありません。 日本は米国と共にあります。」と発言して、スタンディングオベーションを受けました。
不吉な予感を受けたのは私だけではないと思います。彼のこの発言は、台湾有事の際に日本は米国とともに台湾防衛に軍事的関与をしますという「白紙小切手」を与えたからです。
2023年8月8日、台北市内で講演した麻生太郎氏は、台湾市民に向けて、中国を抑止するためには「日米台は戦う覚悟を」と述べました。
首相や有力政治家のこの発言にかかわらず、私たちにこのような意思・覚悟があるとはとても思えません。
岸田首相の連邦議会での発言には、安保三文書以降の防衛力抜本的強化という裏付けがあると思われます。
しかしこれらの発言は、米中国交正常化以来継続されてきた米・中・台間の微妙なバランスの上に立った抑止関係のバランスを崩すリスクがあるのではないかと懸念します。
2 米国の対中国抑止は「二重の抑止」「戦略的曖昧さ」と称されています。中国が台湾統一のための武力行使を抑止し、他方、台湾独立で中国を挑発しないよう台湾を抑止するものです。
台湾で初めて総統選挙が行われることを前に、96年初めに中国軍は戦略ロケット軍も参加する大規模な統合演習を台湾海峡と台湾周辺で行いました。これに対して米国は空母2個打撃軍派遣という、ベトナム戦争以来の最大の軍事的抑止行動を行い、中国をけん制しました。
これと並行してクリントン大統領は、国家安全保障問題担当補佐官サンディ・バーガーと国務次官補ピーター・ターノフを台湾へ派遣し、もし台湾が一方的に独立を宣言すれば、米国は台湾を防衛しないと強い警告を発しました。同じ趣旨を北京を訪問したオルブライト国務長官も発言しました。
3 米国による「二重の抑止」「曖昧戦略」は、決して理論的なものではありません。その時々の国際関係や歴史的経過を常に反映させながら、バランスをとってきたものです。米国内の台湾支持勢力の影響もありますし、日米同盟との関係もあります。朝鮮半島問題も深くかかわります。
4 岸田内閣による戦後防衛政策の大きな転換は、米国による「二重の抑止」「曖昧戦略」のバランスに影響を与える可能性があります。
自衛隊による南西諸島防衛態勢は、米国による対中軍事的抑止と対中軍事作戦にシンクロしています。今年中には対中国日米共同作戦計画が策定されると見られており、自衛隊に統合作戦司令部と司令官を創設し、在日米軍に作戦統制権限を与え、日米が北東アジアにおける対中軍事作戦を遂行するための指揮統制を一体化することになれば、米国からすれば、対中国抑止において日米同盟が優勢になると考えるかもしれません。
5 日米同盟だけではありません。日本がイニシアチブをとって、日韓、日比の軍事的関係が深まっています。4月10日日米首脳会談の合意に従って、これまで米国を中心とした二国間軍事同盟(ハブ&スポーク)を格子状の同盟網にして中国を抑止する態勢を強化しています。
6 このような文脈の中で、岸田首相の連邦議会での発言、麻生副総理の台北での発言がなされており、台湾では台湾有事で日本が軍事援助をしてくれるとの期待感が高まっているはずです。フィリピンも同様な関係になるでしょう。
安保三文書による我が国の防衛政策の大きな転換と南西諸島防衛体制の強化は、それ自体で軍事的緊張関係を高める安全保障のジレンマに加え、対中国抑止力を高めて、台湾有事、南西諸島有事を防ぐどころか、そのリスクを高めているのではないでしょうか。
軍事的抑止が成立するとすれば、双方に脆弱性が必要です。冷戦時代の米ソ核抑止である「相互確証破壊」は、ABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約とセットでした。
米ソが保有する大量の戦略ミサイルは、命中精度の向上とともに、互いに相手国の戦略戦力を標的にできるようになりました(カウンター・フォース戦略)。互いに相手に対して先制攻撃(第一撃)を行うことが可能になったのです。
然し、相手国からの第一撃ですべての戦略核戦力を破壊することが出来なければ、被攻撃国は残された核戦力を報復核戦力して攻撃国に耐えがたい被害を与えることができます。
この場合ABM網により相手国の報復戦力を迎撃できることになれば、相手国の報復戦力に心配することなく先制攻撃の誘惑に動かされます。そうならないために米ソはABM保有を互いに制限し、それぞれが2か所の基地に限定したのです。これにより、米ソは互いに相手国の報復攻撃に対する脆弱性を持つことになりました。
逆説的ですが、私は米国の対中国抑止戦略において、日本が米国にとって不確実な立場になれば台湾有事、南西諸島有事を防ぐ力になるのではないかと考えます。
将来万一台湾有事となった場合、在日米軍基地からの作戦行動について、事前協議の関門があることを示唆することだけでも、米国の対中国政策に変化を迫ることになるのではないかと思うのです。
中国との武力紛争になってしまえば、憲法9条など意味はなくなります。そうなる前で初めて憲法9条の力を発揮できます。私たちには知らされないまま戦争に向けた準備が進んでおり、このまま手をこまねいていれば、私たちが望まない戦争になってしまうかもしれません。その時になって憲法9条を護れと言っても「時すでに遅し」になります。
岸田内閣は戦争をさせないという選択肢を失っています。ただひたすら米国の対中戦略につき従って行くことを米国で公約したのです。
戦争は自然災害ではありません。常に国家の政策選択の結果です。今私たちの国には、万一の場合には米国と一緒になって台湾防衛のため中国と戦争をするという選択肢しかありません。私たちがもう一度戦争をしない、させないという選択肢を取り戻さなければならないと思います。
7 そういうお前はどうしようというのだという声が聞こえそうです。私にできることは、安保三文書以降の戦争政策の実態を一人でも多くの市民に訴えることです。7月下旬には福岡と岡山で講演会を予定しており、こんなことをしっかり話す予定です。
根本的には政権を変えるしかないし、それも60年安保条約以降取り続けてきた日米同盟を基軸にした安全保障防衛政策を転換させることを意味します。
このためには世論状況を変え、国政選挙で新しい政権を作るという途方もないエネルギーが必要です。自由法曹団がその一つのエネルギー源になりえます。それを願っています。
*この原稿は自由法曹団機関誌「団通信」へ掲載されたものの転載です。
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