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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ
第28回「虫さん、こんにちは(その2)」

2015年3月29日

▼すみかと虫

「“ジャングル”ではどんなところに住んでいるのですか」という質問はあとを絶たない。きっと先入観で、たいていの人はロッジとか想像しているのであろうか。

森の中でのテント生活©西原智昭

森の中でのテント生活©西原智昭

森の中にいるときの居住場所はテントだ。たまにテントなしで寝たこともある。それはそれで夜気がここちよい。でも問題は虫対策。たとえば蚊が多ければ、耳元でプゥ~ンとうるさく眠れやしない。やはりテントが快適である。といっても大きなテントは森の中には物理的に運べないので、テントでは寝るだけの空間があるだけだ。身体を横たえ、一日の疲れを癒す。寝る目に懐中電灯の明かりで数十分文庫本の本を読むのは類のない楽しみであった。日記もそこでつけていた。

食糧やその他物資は、森の木を適当に組み合わせて簡易小屋をつくり、その中に作った簡易台に載せる。屋根は持ち込んだグランドシートを使う。初期のころは森の先住民が森からクズウコン科の大きな葉を何枚も集めそれを組み合わせて屋根代わりとした。それはピグミーの伝統的な屋根の作成法であった。通常はこの簡易小屋の下で、食事をし、コーヒーを飲み、調査資料の整理などをおこなった。テーブルやイスは森の木を組み合わせて簡単に作ってもらうことができた。

写真71(a): 森の中で屋根代わりに使うクズウコン科の葉

森の中で屋根代わりに使うクズウコン科の葉(上)とそれをつなげて作られた屋根(下) © 西原智昭

森の中で屋根代わりに使うクズウコン科の葉(上)とそれをつなげて作られた屋根(下) © 西原智昭

無論、森にはあまたの虫がいる。しかし、テント生活でも十分配慮すれば、虫に対し特に問題はない。

テントは森の中での居住空間なので大切に管理しなければならないものだ。大嵐が来るとものすごい暴風が吹き木の上から枯れた枝などが落ちてくるときがある。それがテントに直撃すると危険であるし、仮に軽い小枝であっても、テントの屋根に穴があくことがある。穴があけば虫が入る。そこでまずはテント設営の際はかならず上空空間を見定めてそうした被害のないような場所を選ぶのだ。

テントへの出入りはまず間違いなくチャック方式だ。しかし、注意して扱わないと簡単に壊れることがある。当り前だが、チャックの開け閉めはゆっくりとすることと、頻繁に開け閉めをしないことが肝要だ。しかし、虫が耐えられないとか、ひとりこもった生活をしたいという人は、頻繁にテントから出入りする。そして、そういう人こそチャックの開け閉めも荒々しい。したがってチャックも早く壊れる。チャックがしまらなければ、夜など虫が入り放題だ。寝られたものじゃない。

もうひとつはシロアリ対策だ。通常はテントの出入り口のチャックさえきちんと閉めておけばテントの中に虫などが入ることはない。問題はテントの下の地面からシロアリが出没して、テントの底を噛みちぎり、テントの中に進入してくるケースだ。しかしこれには予兆がある。テントで寝ていると底の方からカサカサと違和感のある音がしてくる。これはシロアリがテントの底の地面で活動を開始した証拠だ。そうしたときは翌朝すぐにテントを上げ、シロアリの集団を除去するか、そこにランプ用に持ってきた灯油をほんの少しまいてその臭いでシロアリを退散させる、あるいはテントの位置を変えなくてはならない。それを怠ると、テントの底は穴だらけになり、地面からあらゆる虫がテントに入り、使い物にならなくなる。

ここ何年かは森の近くに住んでいるとはいえ、「管理職」的な仕事が増え、いわゆる「事務所」や「家」という建築物(それでも簡素なものだが)にいることが多くなった。しかし、今でもテントで生活しろと言われても、まったく苦ではない。

▼予防接種と虫

居住に関する答えで満足した人がだいたい次にしてくる質問は、「“ジャングル”では病気とか大変でしょうね?」。アフリカとくれば、おそろしい病気の蔓延している場所という通念だ。虫がいるから、それに刺される伝染病や風土病が多いと勘違いしているらしい。そして「やっぱり予防接種とかたくさんしていくのでしょう?」と好奇心に満ちた問いは続く。

「イエローカード」という名で知られる黄熱病予防接種はもちろんのこと、当初はコレラの注射までコンゴ共和国への入国には必須であることがあった。ぼくもご多分に漏れず、初期のころは予防接種をけっこう受けた方かもしれない。そのほか接種義務はないが受けたのは、破傷風、狂犬病、A型肝炎、B型肝炎、はしか、小児まひの予防注射である。黄熱病の予防接種は一度受ければ10年間有効であり、そのほかの予防接種も規定の回数を受ければ体内に抗体などが作られ、ほぼ一生涯再度受ける必要のないものがほとんどだ。なかには、はしかや小児まひのように、人類と近い種であるゴリラ・チンパンジーとの間の相互感染を防ぐ意味で、その接種が回避できないものもある。

ぼくの場合B型肝炎だけ例外であった。「君のからだはふつうの人のからだとちょっと違うようだ」と医者はぼくにいい、それ以上のB 型肝炎の予防接種を中止した。B型肝炎については元々生まれながらにして抗体をもっている人もいるのでまず血液検査から始まる。ぼくは抗体が検出されなかったので、予防接種を受ける。通常は一定の期間をあけて3度予防接種を受ければ抗体がつくらしい。ぼくも3度の注射を受けた。そして再び血液検査。しかし抗体はついていなかった。また期間をあけて4度目の注射。血液検査。まだ抗体できず。注射、血液検査の繰り返し。そして7度目が終わってから医師はあきらめたのだ。もちろん今まで、B型肝炎にはかかっていない。ぼくのからだが通常人と違う異常な構造を持っているのか、単に体力が強靭だけなのかどうかは知らない。ただ、食事前やトイレのあとに手を洗う、日常使う食器を清潔に保つ、生ゴミの処理をきちんとするなどの当り前の衛生状況に少し気配りすれば、容易に肝炎にはならないことは喚起したい。

熱帯といえばマラリアだ。マラリア蚊を媒介とした伝染病である。今でも場合によっては死に至る病である。マラリアには予防接種はない。予防薬を飲み、蚊にむやみに刺されぬよう用心するほかはない。気になる人は蚊帳を付けて寝た方がよい。もし症状が出れば治療薬を飲むか、ときには入院治療も必要となる。とくに町とか村がマラリア蚊の温床である。蚊がマラリア原虫をもった人から血を吸い、その蚊が別の人を刺し原虫を注入すればその人はマラリアに感染してしまうのである。しかし村を遠く離れ、森の中で生活をしている分には安全である。人が住んでいない。したがってマラリア蚊がいないのである。森に住んでいれば、病気にならない理由はここにある。

ぼくも無論、数回高熱を出したことはある。ただし、高熱と共に下痢や激しい関節痛を伴うような、よくありがちなマラリアの症状とは必ずしも合致しない。なので、現地の医者はマラリアだと入ったが、アフリカ生活25年でマラリアには一度もかかっていないのかもしれない。マラリアと言われ、その治療薬を飲んだことはあるが、どうもそれはぼくには強すぎるようで、むしろ薬のせいでぐったりとなったりする。

▼想像以上の健康的な世界

森の中では水も澄んでいる。きれいにみえる透明な川の水である。通常は用心のため煮沸してから、あるいはフィルターを通して飲料水にすれば基本的には何も問題はない。雑菌やアメーバはそれで回避できるからだ。

森の中での澄んだ透明な小川の水©西原智昭

森の中での澄んだ透明な小川の水©西原智昭

マラリア蚊のいない森。澄んだ水。一切人工的な臭いのしない空気。森の中はふつうの人が想像している以上に、健康的な世界だと思う。ただ衛生状態だけは最低限保持しなければならない。たとえば皿洗い。これは、バケツの中の水を使うような横着な人間が多い。キャンプから歩いて数分の川へ行けばいいだけの話だ。また大便については、キャンプより少し離れたところの森の中に深い穴を掘り、そこで用を足す。ある一定期間後その穴は埋める。

ところで、熱帯林というと毎日大雨が降って、暑く、じめじめしていると思うかもしれない。しかしアフリカ熱帯林の場合、雨がほとんど降らない時期がある。そのときは大河川でも砂地が部分的に表に出るくらい乾いてしまう。確かに雨の降る季節は毎日といっていいくらい雨が降る。湿度もかならず90%を越える。乾季も湿度は70%は下らないが、林床も本当に乾いてしまう。歩くだけで、乾いた葉を踏む音でうるさい。ンドキの乾季は日本でいう冬の季節に当たる。朝方など摂氏10度近くまで気温が下がることが多い。何かをかぶって寝ないと寒くてたまらない。起きたらまずは焚き火に当たりたいと思うくらいだ。こういうとき常備薬として風邪薬は欠かせない。

昨今はエイズに始まり、出欠熱が蔓延しつつある。ごく限定された地域ではあるが、エボラ・ウイルスに汚染された地域への出入りは望ましくないといわれる。とりわけ、感染している野生動物を調理したり食べたりすることだけでなく、感染している人に接触することは回避すべきだ。人々を恐怖に陥れたエボラ対策の治療薬の開発を望むのはいうまでもないが、エボラ・ウイルスの出現に関する根本的な問題を注視しないと、その蔓延は終わることがないであろう。エボラについて詳細は別項に譲りたい。

長期こうした奥地に滞在する場合、欠かせないもうひとつのことは、出国前にかならず歯医者に行き、歯の点検をしておくことだ。もし悪いところがあれば完治させておくことが望ましい。もし万が一奥地にて歯が悪くなれば一大事だからだ。治療できる場所は近くにない。仮に町に歯医者がいても、安心して治療を受けられるとは限らない。つまりしばらく満足に食べることができないということだ。それはとりもなおさず、奥地での仕事や生活をあきらめなければならないことを意味する。

(続く)

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