【NPJ通信・連載記事】読切記事
粛々と無理を押し通す
内閣官房長官の菅義偉が「粛々と」という言葉を封印した。沖縄県知事、翁長雄志との会談で、米軍普天間飛行場を辺野古沖に移設するための工事を「粛々と進めていく」と発言し、翁長から「上から目線」と批判されことが理由だ。記者会見で「不快な思いを与えたということであれば、使うべきではない」と、今後は使わない考えを明らかにした。
しかし、言葉だけの問題ではないだろう。翁長は「上から目線」と評することで、その言葉に象徴される、安倍政権の政治・行政の進め方に対して抗議したのだ。
翁長発言は、多くの沖縄の人たちの思いを背負った抗議であり、「不快な思い」などという受け止め方は本質を糊塗している。
菅の言った「粛々と進めていく」は、いわば“聞く耳持たぬ”と同義であり、「そちらが何と言おうと知ったことではない」「こちらの方針を変える気はない」という開き直りに等しい。「粛々」は権力側が反対意見を無視するときの常套句だ。その証拠に首相の安倍晋三は「法令に則り粛々と」と言い続けた。
公権力は、目の前にある事態を形式的に正当化し、現実を追認させるため、しばしば「法令」を引っ張り出し「法治国家」を強調する。辺野古では、前知事の仲井眞弘多が決済した「海面埋め立て許可」である。「これで法手続はクリアしている」というが、許可後の知事選で信任されたのは仲井眞ではなく、基地存続、辺野古移設に反対を公約した翁長だった。
安倍政権は政治の基盤、公権力の源であり、何よりも重視すべき沖縄の民意を無視して「法が認めている」と工事を強行している。
そういえば工事開始に先立つ環境調査の際、まるで住民を威圧するように自衛隊の掃海母艦まで繰り出したのは第1次安倍政権だった。
公権力の恣意を抑制する文脈で語られるべき法治主義や法治国家を権力側が持ち出すとき、それは市民の意思を無視し、自由や権利を踏みにじる危険な武器と化す。明治憲法下の日本を振り返れば明らかだ。
憲法が変わっても、民主国家と言われるようになっても、こうした法の危険な側面は変わらない。辺野古埋め立て工事の強行はその一つだが、普天間、辺野古など沖縄の基地問題では、抗議活動中の住民が基地に一歩入ったからと逮捕され、警察、海上保安庁が警備、危険防止を口実にして反対運動に介入することが日常茶飯事だ。いずれも形式的には法令に則っているとされる。
沖縄防衛局は、反対活動を続ける住民個人を相手に「通行妨害排除」請求の訴訟まで起こした。訴えられたなかには未成年者までいた。国家権力が法の力で市民を脅し屈服させようとするかのような強引な訴訟だったが、司法は請求を容認した。
菅は翁長に「在日米軍の抑止力を維持しながら普天間返還を実現するには辺野古移設が唯一の解決策だ」とも表明した。安倍政権の公式的立場であり、防衛大臣の中谷元も口をそろえる。
この言い方は、本土防衛のための捨て石とされた第2次大戦末期の苛烈な経験を、多くの沖縄県民に思い起こさせる。島ぐるみ、住民根こそぎ、地上戦に動員された沖縄では、米軍の激しい空襲にさらされたとはいえ、戦闘の場にはならなかった本土の人たちより、戦争の記憶がいまだに鮮烈だ。
ベトナム戦争やイラク戦争などで沖縄の米軍基地が果たした役割は「抑止力」などというレベルをはるかに越え直接的、積極的だったことも、基地とともに暮らしてきた人たちは知っている。
安全保障法制の改編、日米防衛協力指針の改定などで自衛隊と米軍の関係はさらに緊密となり、双方ともに存在感が増す。「粛々」に封印しても、軍事優先の安倍政の下では沖縄はいつまでも“基地の島”のまま据え置かれる。そうした危機感から県民は翁長を知事に選んだといえよう。
沖縄の人たちは「平和憲法のもとへ帰ろう」を合い言葉に祖国復帰運動を展開したが、復帰から40年以上経っても平和憲法の恩恵を受けることができないでいる。
憂慮すべきことに、こうした情況が本土の人たちに十分伝えられていない。沖縄側の求めを長い間、政権側が黙殺したすえにやっと実現した翁長・菅会談の報道も一過性で終わった。恫喝訴訟、反対運動への介入、逮捕などを、本土の新聞、テレビなど大手マスメディアはほとんど取り上げていない。まれに報道しても沖縄ローカルニュース扱い、見落としそうな小さな扱いでお茶を濁すのが実情だ。
子どものいじめに関しては、直接の加害者だけでなく傍観者も加害者だ、とよく言われる。政府によるいじめ、恫喝に苦しむ沖縄の姿を伝えないマスメディアも加害者と言われても仕方あるまい。
いやマスメディアだけではない。沖縄の地上戦は本土決戦に備える時間稼ぎだった。動員され、あるいは巻き込まれて、本土の盾となった民間人犠牲者約9万4000人は軍人の戦死者より多い。
その事実と沖縄がこれまで置かれてきた立場を思うと、日本人全体が沖縄の現状について責任を免れない。翁長知事と県民の怒りは他人事ではない。
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