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日隅一雄君を送る

寄稿:弁護士 梓澤 和幸

2013年5月4日

日隅君の葬儀は2012年6月17日広島県福山市の菩提寺 光明寺で行われた。

山陽新幹線岡山駅の少し先にある福山駅から福塩線に乗り換えて25分、新市(しんいち)という駅がある。 そこから山に向かってタクシーで20分ほどの里山にある古刹であった。浄土真宗で開刹以来22代の住職が続く。

用事があって少し前の駅、神辺(かんなべ)に降りた。駅前のスーパーで文房具と昼の腹つなぎにもりそばの折詰めを買った。 わずかな買い物だったが、ふくよかな顔をして輝く目をしたレジの女性が気持ちのこもった応対でタクシーを呼んでくださった。 喪服を着用した遠来の客人への応対なのか。

スーパーの玄関にタクシーが到着したので車に乗って、行く先のお寺を運転手さんに告げていた。
誰かが窓を柔らかくたたいた。白髪でやや背が高く、頬にしわをきざんだ男性が顔一杯の微笑みを窓に近づけてきた。

「車を前に動かしてくれんかのう」

催促のことばが実にのんびりとしていた。

初夏のあふれかえるような陽光を背景にした表情が印象に残った。余韻に富んだ笑顔とやわらかいことばが、日隅君の日頃を思い起こさせた。 備後(びんご)弁というアクセントらしい。一人の人間が育ち、やがて世に出て何かを達成するとき、故郷の風景と、 人々の交わす会話の雰囲気はどこかその人の一生に刻印を残すものらしい。

思わず、「日隅一雄の人生」 のような文章を書くための取材をしてみたい、と考えさせるような場面であった。

タクシーの運転手さんも同じようにことばはやわらかく、恬淡(てんたん)としていた。

道を探しながら行ったため、運転手さんはメーターを止めてしまい、それ以上のお金をどうしても受け取ろうとしなかった。 また、金銭にまったくこだわらない日隅君を思い出した。欲のない人柄であった。

「どうぞ受け取ってください。お供養と思って」 と言っているうちに、なんだか激しい思いが込み上げてきた。

 

寺の山門が印象深い。太い大木ではなく、華奢と言えるくらいの材木で組み上げていて、段を上ったうえには小さな鐘がつるされていた。 まわりは山で、落ちてくる湧き水の流れの音が絶えることがない。山門のむかいにある、木々がうっそうと茂った山道を上ってみると、 左手の段違いになったところに、古い墓石があった。法名は全部、釈という字がはじめに刻まれていた。 万葉集解釈で著名で自身も歌人である釈超空先生のことを思った。

夏、山深いところに登り、谷が開けたような場所に出ると、ウグイスが聞こえる。 それは山の谷に反響して、春、庭に出て鳴くそれとは少し違った趣があるのだが、ここでは夏の山間のウグイスの声が響いた。 こちらで鳴いたかと思うと、またもっと森の奥の方のうっそうと暗いところからまた啼き声が聞こえた。

本堂の横に、托鉢の帽子をかむった親鸞上人のかなり背の高い銅像があった。

一人でよろこばば
二人でよろこべ
二人でよろこばば
三人でよろこべ
その一人は親鸞なり

ということばが脇に楷書で刻まれていた。上人の臨終の言葉だということであった。

葬儀は近親の方たちだけで簡素に営まれた。
病を得てからの、首にマフラーを巻いて微笑する日隅君の遺影に向かって、お焼香した。

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