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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ~アフリカ熱帯林・存亡との戦い
第10回 「ゴリラとの遭遇 (その5) ~ゴリラの危機はわれわれと無関係ではない」

2014年6月16日

まったく不思議な能力というしかない。いったい、どうしたら、この森の中でゴリラのあとを辿れるのだろう。しかし、先住民のガイドについていけば、確かにゴリラに会える。糞や真新しい食痕はもちろんだが、かすかな地面に残った形跡、におい、わずかなゴリラの移動音や音声、すべての感覚を動員してあとを追っているとしか思えない。もちろん、この作業の間、先住民たちは森の中で迷うことはない。地図やコンパス、GPSなしで。

結局この繰り返しであった。同じガイドが毎日休みなしに、同じゴリラのグループを追い、コンタクトする。その積み重ねで、5年以上の歳月を費やして、ついに研究者グループは「人付け」に成功したのである。そして、研究者の前で、ゴリラは人の存在を気にせず、自然状態での姿や生活を見せてくれるようになったのである。その後、この「人付け」グループは、小規模ながらもツーリストにも開放している。「人付け」をされたマウンテンゴリラを見てきた人々などから、ニシローランドゴリラを見たいというリクエストが多くあるからである。今では、「人付け」グループは二つになり、研究者は両グループの生態・社会・行動の資料を収集しながら、ツーリストもどちらのグループでも観察できる(こうした“エコ”ツーリズムに賛同する方は多いであろうが、その見解については別項に譲りたい)。

しかし、ゴリラには棲息の危機が迫っている。「絶滅危惧種」なのである。

ンドキに生息する動物の中で最大の肉食獣はヒョウである。ヒョウのフンや吐きもどしたものはよく発見され、ダイカーやリスなど小型獣のものと思われる毛や骨片はこれまでにも観察されてきた。しかしゴリラの指の爪、骨、皮、毛が見つかったこともある。その大きさはオトナメスくらい。ヒョウがゴリラを殺して食べたのか、あるいはすでに死んでいたゴリラの死肉を食べたのかは定かではないが、ヒョウがゴリラを食べた確たる証拠である。ゴリラも森の中では喜々とする生活ばかりではないのだ。

ヒョウの吐き戻しを洗い流したあと、ゴリラの毛(左)、皮膚(中央上部)、爪を含む指の皮(右上部)、骨(右下)が発見される © 西原智昭・撮影

ヒョウの吐き戻しを洗い流したあと、ゴリラの毛(左)、皮膚(中央上部)、爪を含む指の皮(右上部)、骨(右下)が発見される © 西原智昭・撮影

しかし、もちろんこれはゴリラを絶滅に追いやっている要因ではない。純粋な自然現象だからだ。絶滅への原因の一つは密猟である。かつてはゴリラの子供をペット交易に出すために親ゴリラを殺害し、今は人間の食用としての肉目的のためにゴリラを殺す。もちろん違法行為であるが、体躯の大きなゴリラから採取できる肉の量の多さから、密猟者は大金を入手できるのである。もう一つの大きな原因は熱帯林伐採である。

銃で密猟されたシルバーバック © 西原智昭・撮影

銃で密猟されたシルバーバック © 西原智昭・撮影

ニシローランドゴリラのもともとの生息地は、ンドキのような人の手がほとんど入っていない原生熱帯林であり、そこで何百万年にもわたる進化の歴史を歩んできた。しかし、昨今拡大されつつある熱帯林での木材伐採業は、そうした生息地を奪い続け、すでに多くの原生林が消失したか、断片的にしか残っていないのが現状である(伐採の現状の詳細については別稿に譲らせていただく)。

さらに深刻な問題は、これまで車など通る余地もなかった熱帯林のなかに、伐採業者によって切り出された丸太搬出用の道路が突然作られたこと。この道こそが、密猟行為を助長し、密猟者も、武器も、そして獣肉など密猟の産物も、すべて容易に移動できるようになった元凶である。昔は徒歩や丸木舟で数週間かかった場所が、今やトラックにて数時間で移動できる。

エボラ・ウイルスも、ゴリラ、チンパンジー、そして人間にとっても深刻な問題である。エボラ・ウイルスはアフリカ中央部にて、ここ10数年、断続的に猛威を奮ってきた。幸い、ンドキの森とは離れた場所であったが、ウイルスの出回った場所ではゴリラやチンパンジーは壊滅的に死に、その死体や肉にふれたあるいは肉を食べた人間も死亡した。

エボラ・ウイルスが出るようになったのは、人間の活動により、過剰に熱帯林が縮小し分断されてきたからだという説が有力である。もともと自然界に存在していたウイルスは、フルーツバットと呼ばれるコウモリに宿っていたと考えられている。コウモリが食べ残した果実には、唾液とともに少量のウイルスが付着していた可能性があった。しかし、以前は森が広大だったので、果実を好むゴリラやチンパンジーがウイルスの付いた食べ残しに触れる確率は極めて低かった。ところが、熱帯林が縮小し分断されたことによって、ゴリラなどがウイルス付き果実に接する確率が以前より高くなり、エボラに感染する頻度が増えたと考えられる。ゴリラはグループ内で身体接触をするため、グループ内で容易に感染し、さらにゴリラの食べ残したウイルス付き果実の数もさらに増えるという考えである。密猟したゴリラが偶然感染していれば、その死体にふれ、肉を食べた人々は死ぬことになる。

こうした諸事情は他人事ではない。アフリカ中央部において、熱帯林の木材を切りだす伐採会社のほとんどは外資系である。つまり、先進国・新興国の企業がアフリカ外での熱帯材需要のために開発を進めている。コンゴ共和国の隣国ガボン共和国のデータでは、日本は熱帯材輸入国の上位に入っている事実がある。われわれ日本人はゴリラの肉を食べることもなければ、直接密猟にかかわることはない。日本の伐採業者が入っているわけでもない。しかし、密猟を助長する熱帯材の需要・購買に関わっていることは忘れてはいけない。

森の先住民の詳細はまた別途述べるとするが、昨今、先住民の特に若い世代に、先住民に従来あった森を歩く技術や動物を追う技能、植物の知識などが失われつつあり、研究の継続やツーリズムの発展すら危うい状況が産み出されてきている。近代的な学校教育が普及することで、識字率を上げるべきだという一元的な考え方と偏狭な正当性に基づいて、先住民も学校に強制的に行かされる事態となっている。たとえば、この教室の半数以上は先住民の子供(残りはもともと村に定住している農耕民の子供)である。学校で忙しいため、結果的に、先住民の子供は、森を訪問し、親から森の知識と技能を学ぶ機会を失っているのである。そうした先住民の伝統技能・知識の継承を阻んでいるのは、われわれ先進国の持ち込んだ、あるいは当然と思いこんでいる近代教育なのである。

学校教育;半数以上が先住民の子供である © WCS Congo

学校教育;半数以上が先住民の子供である © WCS Congo

ゴリラの運命は、われわれ先進国の人々の生活様式やアフリカとの関わり方にかかっているといっても過言ではない。これまで5回にわたってンドキのニシローランドゴリラを紹介してきたのも、こうしたメディアでも報道されず学校でも教わらない、背後にある重大な事実を強調したかったからでもある。

 

 

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