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【NPJ通信・連載記事】メディア傍見/前澤 猛

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メディア傍見38 
記事の信頼性を保証する「直接引用」―TPP報道の検証―

2014年6月24日

言語文化の違いによる国際的なコミュニケーション・ギャップの例としてよく引き合いに出される表現に「善処する」がある。日本人にとっては、相手の気持ちを忖度した儀礼、あるいはせいぜい希望的観測を込めた言い方に過ぎず、結果はあまり(恐らく全く)期待できない。しかし、欧米人は、言葉通り「the best decision」を期待してしまう。

日本語は難しい。典型的な「高文脈文化」(High context culture)と言われる。言語の意味・内容が幅広い。言い換えればあいまいで、語る方も聞く方もいささか勝手に解釈できる。「行間を読む」「阿吽の呼吸」などが普通にまかり通っているが、誤解も生みやすい。

一方、日本語と比べて「低文脈文化」(Low context culture )と規定される欧米語は言語の意味が具体的で、内容を厳密に把握しやすい。つまり、この場合のHighやLowは文化程度の高低を意味しない。言語が含む内容のレベルに過ぎない。

七面倒くさい話から入ったのは、そのことを意識しないと、国際的なコミュニケーションに支障が生ずることを言いたいからだ。とくにニュース報道の場合には、言語や表現の選択に細心の注意をし、厳密な表現を心掛けないと大きな誤解を生じかねない。

読売の「TPP基本合意」説の根拠は不明

6月21日の読売夕刊が「TPP 大筋合意11月までに 米大統領」と報じた。他紙の記事と見出しも大差ない。しかし、読売は、2か月前に、TPP最大の難関の日米協議について「実質的に基本合意」と報道している(4月25日夕刊)。当時、他紙は「合意見送り」と報じたが、読売はあくまで自社報道の正当性を裏付けようと、その後も頑張っている(5月2日朝刊1、4面など)。

しかし、そうした同紙の報道を裏付ける直接の談話は明示されなかった。引用された情報源は「ある政府筋」「政府筋」「日米交渉筋」「事務方の政府関係者」「ある高官」「自民党関係者」などなど匿名ばかりだった。記者の署名もない。

今度のニュースの出典(attribution)は、オバマ大統領自身の談話で、執筆記者も明示されている。4月の「匿名情報源に基づく無署名」の観測的記事と、6月の「談話が直接引用された記者署名」の客観的な記事と、読者はどちらに信頼性を置くだろうか。論じるまでもなさそうだ。

以下、読売新聞による4月と6月のTPP関連報道を、外電も参照しながら、具体的に辿ってみよう。

4月の報道

【…日米間で最大の焦点となっていた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を巡る協議で、日米両政府は25日午前、牛・豚肉やコメなど農産物の「重要5項目」や自動車の安全基準など協議全体で実質的に基本合意した。これを受け、両政府は日米首脳会談の成果を盛り込んだ共同声明を発表し、TPPについて「前進する道筋を特定した」と明記した…】(読売・4月25日夕刊。太字は筆者による)

他紙は一致して「合意見送り」で、外電も同様だった。ワシントン・ポスト紙も次のように、「合意なく離日」と報じている。

【President Obama left Tokyo without a final agreement on a deal to improve access to Japanese markets for U.S. producers.】

さらに、ワシントン・ポスト紙の記事は、離日の大統領専用機内で語られた米高官の興味深い談話を、次のように引用している。

【…the official told reporters on Air Force One that negotiators had set “parameters” for continued talks that could lead to an agreement.】

つまり、「合意に向けて協議を続けるための“パラミーター”(枠組み、条件)が設定された」段階だというのだ。

ところが、この高官談話に符合すると思われる読売の署名入り記事では、次のような表現になっている。

【(ソウル=今井隆)米政府高官は25日、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を巡る日米協議について、「現状打破(ブレイクスルー)」と評価し、実質的に基本合意に達したとの認識を示した。高官は、「協議は新たな段階に到達した」と記者団に述べた。】

米紙では「条件が設定された」に過ぎないのに、読売では「基本合意」に達したのだという。この日米二つの記事の情報源の米高官はともに匿名だが、少なくとも、談話引用の仕方から見て、読者は、どちらに信頼性を置くだろうか。

6月の報道

【(ワシントン=安江邦彦)オバマ米大統領は20日…ニュージーランドのキー首相との会談後、記者団に「年末までに合意文書をまとめる日程を話し合った」…「11月にアジアで再会する時までに、米議会などに示せるものを用意するべきだろう」と話した…】(読売・㋅21日夕刊)

【WASHINGTON (AP) — President Barack Obama says he hopes the U.S. and its negotiating partners can make progress on an Asia-Pacific trade pact by the time he travels to the region later this year…】

【(The Wall Street Journal)…“before the end of the year we are able to get a document that…,” Mr. Obama said…】(ともに6月20日付)

英文では、TPPで手にする当面の目標がdocumentで、これが日本語では「合意文書」(読売)のほか、「(合意案)の文書」(朝日)「協定文書案」(毎日)などと訳されているが、記事の内容には日米の報道で大きな差はない。記事が談話を「直接引用」する形をとっていて、また訳が厳密ならば、発言者が大統領であろうと誰であろうと、発言に基づく報道が、このように本質的に同じ内容になるのは、当然のことといえるだろう。

ところで、蛇足を付け加えるならば、4月段階では、読売報道のように、TPPについて「日米が基本合意」に達したどころか、6月末になっても、「日本と米議会から逆風が吹いている」のだと、上記のウォール・ストリート・ジャーナル紙(モルディン記者)は書いている。(2014年6月24日記)

(続く)

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