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安倍流あべこべ立憲主義

寄稿:飯室勝彦

2016年2月5日

2016年の幕開けとともに始まった国会審議で、首相の安倍晋三が改憲を声高に語り出した。「現行憲法は占領時代に作られた憲法で、時代にそぐわなくなったものもある」と、戦力不保持、交戦権放棄を定めた憲法第9条第2項の削除を公然と主張している。

安倍は年明け早々からいろいろな機会に改憲に言及しているが、2月3日の衆議院予算委で水を向けたのは安倍の秘蔵っ子と言われ、超保守派に位置づけられる自民党政調会長の稲田朋美だ。二人の関係からみて、そのやりとりは仲間同士のエール交換という面もあった。

しかし、安倍は世論調査の高い内閣支持率で自信を深めており、その後も野党の追及に対して持論を繰り返している。“消し炭総理”の異名もあるほど激しやすいだけに、野党の挑発的質問に乗ってしまい「民主党には成果が一つもない」「憲法を議論する資格がない」と攻撃するなど発言の中身はエスカレートしている。

そうした発言を多くの心ある国民はうんざりしながら聞いたのではないか。

安倍は、立憲主義や憲法について依然として無知であることをさらけ出した。昨年夏、安全保障関連法案をめぐって行われた憲法に関する議論から何も学んでいないのである。

そのことを恥じてもいない政治家がトップであるこの国は危機的だ。

「現実に全く合わなくなっている9条2項をこのままにしていくことこそが、立憲主義の空洞化だ」――多くの憲法学者が自衛隊を違憲の存在と考えていることを前提にした稲田の質問を、安倍は肯定して次のように答えた。

「憲法学者が自衛隊に憲法違反の疑いをもっている状況をなくすべきだとの考えもある」

だからと言って自衛隊を廃止しようというのではもちろんない。憲法を変えよう、つまり現実がルールに反しているからルールを現実と合うように変えようというのである。

政府の行動は憲法の枠内でなければならないというのが立憲主義である。憲法と現実の間に乖離が生じた場合は、まず現実を変える努力をするのがまっとうな政治のあり方だ。憲法改定は最後の手段である。

稲田や安倍の主張通りなら憲法とは名ばかり、その存在意義はない。「あべこべ立憲主義」とでもいうべき倒錯した議論だ。

虚偽あるいは誤認の事実を前提に、自分に都合のよい主張を組み立てることがあるのも安倍流の特徴だ。質疑の中では憲法学者の約7割が安保関連法を違憲と判断したことを批判して次のように述べた。

「自衛権の行使そのものが違憲だと解釈している以上、当然、集団的自衛権も違憲になるんだろう」

一部の人は別として、日本の自衛権保有を否定し、その行使を違憲だとする学者はいない。 自衛権行使にはさまざまな手段があり、「戦力」行使による自衛、集団的自衛権の行使は許されないというのが有力な学説だ。

右か左か、敵か味方かといった2項対立的思考しかできない安倍は、こうした細かな分析的思考を苦手としているのだ。

「わが党は改憲草案を作成し、それを掲げて選挙で3回大勝した」とも言った。「だから改憲は国民に支持されている」と言いたいのだろうが、これも事実と異なる。羅列した公約の末尾に改憲を並べたことはあるが、改憲草案を堂々と掲げたことはない。

安倍は2012年に公表された改憲草案(第2次案)を「将来のあるべき憲法の姿を示している」と自慢したが、この草案は自民党が野党だった時期に復古派議員の主導で無責任にまとめられたものだ。天皇を元首として戴き、公のために人権を厳しく制限するなど、いわば公益優先で「公が民を縛る」、つまり立憲主義が逆立ちしている。

東京都知事の舛添要一は参議院議員だった小泉政権時代に「新憲法起草委員会」の事務局次長として、比較的まっとうな第1次改憲案をまとめた。その経験を振り返り「第2次案は憲法について基本的なことを理解していない人が書いたとしか思えない」と自著「憲法改正のオモテとウラ」(講談社現代新書)に書いている。

草案は党内のベテラン議員からも「時代錯誤」の声が出るほどのしろもので、選挙公約の正面に据えることなどできなかったのが真相だ。

そんな改憲案を自慢するのは憲法について無知である証であり、国民の支持を受けているかのように言い募るのは虚言である。

このような安倍の無知、誤り、虚言をメディアがきちんと指摘し批判しないのはどうしたことだろう。「改憲への機運盛り上げが狙い」「夏の参議院選挙に向けた雰囲気づくり」など安倍発言の思惑についてさまざまな観測、解説が報じられることはあっても、正しい事実を示して批判するメディアはほとんどない。

為政者の発言を無批判に伝えるだけではジャーナリズムとは言わない。虚偽を虚偽と伝えなければ国民は正しい判断をすることができない。権力の偽り、誤りを適時、的確に指摘することはジャーナリズムに求められる重要な使命である。

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