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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ 第50回「メガトランゼクトへ〜3」

2016年2月18日

●メガトランゼクト始動

1999年9月、メガトランゼクトは始動した。

セスナのコックピット。メガトランゼクトのアイデアはセスナによる森の空撮から始まった©西原智昭

セスナのコックピット。メガトランゼクトのアイデアはセスナによる森の空撮から始まった©西原智昭

マイク・フェイのチームは、森へ向かってボマサ基地を出発、一年半かけての森の中の3,000km踏破を目指して、最初の一歩を踏み出し歩き出した。ぼくは、次のマイクへの物資補給場所であるマカオ基地へ向かうべく、ナショナルジオグラフィックの写真家ニック・ニコルらと、旅装を整える。マイクのチームが徒歩で向かう場所へ、われわれは、補給食料や物資だけでなく、キャンピング装備や撮影機器などを携えて、トラック、ボート、そしてまたトラックとボートを、数週間乗り継いで向かうのである。

ぼくとニックは、マカオ基地に着くまでの間、先住狩猟採集民の村々を訪ね、ニックは彼らの暮らしをカメラに収める。そして、われわれはマイクよりも少し先に、目的地マカオに到着する。待つ間もなく、マイクのチームも到着し、無事、次の移動に必要な食料や物資を手渡す。マカオ基地からは、ぼくはある地点までマイクのチームとボートで移動し、その地点から国立公園を横断する形で、4-5日かけて徒歩でボマサ基地に戻った。次の食料・物資補給の準備をするためである。

●原生林の美しさ

ヌアバレ・ンドキ国立公園の心臓部を歩くと、美しい森がつづく。まさに人跡未踏の地。われわれですら、めったに歩くことのない昨夕の雨のしずくと朝日がやさしくしかしきらびやかに輝いている。途中、“バド”という巨木の純林を通って行く。大きな木が隣接している場所では、光が常時射さないため、下生えが少ない見通しのよい森が続く。この広大な森を失ってはいけないと思う。

ある地点から、巨大なゾウ道が続いていた。

原生林の中に直線で続く大きなゾウ道©西原智昭

原生林の中に直線で続く大きなゾウ道©西原智昭

ほぼ一直線である。過去何世代にも渡り、マルミミゾウが利用していまでも彼らが移動している証拠だ。見通しはよく、両脇には巨木が並び、直射日光も射さない森の中。背に負う荷物は重たいが、からだも軽く、足は軽快に動く。そんなゾウ道を5kmほど歩き続けた。

●メガトランゼクトがこれまでの仕事と違ったわけ

同じ保全マネージメントの仕事といっても質が違う。1997年からの2年、確かにボマサ基地に在住してのヌアバレ・ンドキ国立公園の管理の仕事に携わった。物資管理・補給や人事、会計など雑多な仕事に忙殺されていたのは確かだ、しかし、基本的に1ヵ所滞在のため、自分の身の回りの心配をする必要はなかった。食事は提供されたし、汚れた服は洗ってもらえた。むしろ、自分を動かすことで、日々の雑務の中に気分転換を求めた。休む時間も取ろうと思えば取ることはできた。

メガトランゼクトは違った。通常の会計などの雑多な事務作業の他、常に『移動』が伴なった。しかも移動するときに伴う物資の量が半端ではない。移動・再移動の間にパッキング・再パッキングをしなければならない。しかも短時間のうちにこなす必要がある。そこにいい加減さや遅れは許されなかった。したがって、土日も祭日もない。森を歩き続けるマイク・フェイのチームへの数週間ごとの食料・物資補給が不完全であれば、それはすなわち、このプロジェクトの終焉を意味するからだ。

そうした切羽詰まった休みのない「危機管理」の毎日であった。いま現在も似たような生活は続いている。

●ニックの理不尽さ

写真家ニック・ニコルにとっても、この尋常でないプロジェクトに不安を隠せず、また不満を重ねていた。ぼくのコーディネートで、どこかの時点である地点で、マイク・フェイと合流しなければならない。ぼくと同様に移動が多くなる。彼と彼のアシスタント専用お食料だけでなく、撮影のための機材の量もばかにならない。一箇所で何かを落ち着いて撮影とはわけが違うのである。

あれだけうまがあっていたはずのニックは突如途方もないことをぼくに言い出した。それが、以前言っていた意見とまるっきり違っていたりする。前に自分自身で言ったこと、討論で決めたことを忘れている。たとえば、会計の取り決めに関して、いきなりぼくに盾をついてきたりした。

メガトランゼクトは、ニックの所属しているナショナルジオグラフィック社が多くの資金を出しており、日々の現地での支出に関する会計もぼくの雑務の仕事の一つだった。会計など、だれがやりたいことか。面倒なことだったが、ただ仕事の対象としては悪くない。論理的であり、簡単な算数計算であり、単純作業である。ニック自身が会計そのものを嫌っている上に、ぼくがそれにまじめに取り組んでいることすら気に障ったらしい。よほど、虫の居所が悪かったのか。

彼の口も尖り、理不尽に、文句を並べる。ぼくはぼくで、自分の会計の仕事の正当性を主張する。ぼくは、ややラディカルだったかもしれないが、気分はよくない。メガトランゼクトを辞めたい雰囲気にもなる。それくらい険悪であった。しかし、ぼくは決してこの仕事は離れまい、最後まで完遂することをこころに確信する。もちろんニックもそれを望んではいまい。

小さな日々の戦いの一コマである。

●空からの物資補給

メガトランゼクトのチームは、ヌアバレ・ンドキ国立公園を離れ、コンゴ共和国の北東部から北西部に向かって進行していった。一箇所、いかに陸路や河川を利用しても、マイク・フェイのチームとの合流場所に到達できない地点があった。したがって、その地点において、スムーズに食料・物資補給を励行するには、空路でそれらを投下するより仕様がなかった。

WCS所有の小型機に、10数個の大きな袋を積み込む。一つの袋は15kg前後。缶詰や干し魚、米、キャッサバの粉、そのほか、必要な文具や電池など、次の数週間に必要な食料・物資を詰め込んである。そして、それぞれの袋を紐で縛る。セスナはパイロットとその助手席に座るぼくだけで離陸する。発進前に、すでに助手席側のドアはとっぱらった。空中から、ぼくがそれぞれの袋を落としやすいようにするためだ。したがって、うっかりとベルトが外れようものなら、ぼく自身が空中に落ちかねない。

マイクの示したGPS地点へ飛行機は向かう。彼からのメッセージによると、森のなかの川沿いにある少し広めの砂地にチームはいると。そこは、樹冠が開けているので、すぐにチームを発見しやすいし、物資の投下も楽だろうと。

パイロットとぼくは、やがてその地点を見つける。50m下方にはこちらセスナに手を振るマイクとそのチームの姿が見える。パイロットは機体を旋回させ、その地点に向けまっしぐらに向かった。高度は巨木のやや上で、地上から50mくらいの高さだろうか。

そして、その地点に付く前にぼくは座席の後方にある袋をひとつ取り出した。そして、空中へ投げる。飛行機の速度は早く、袋は放物線を描いて落ちた。ほぼ、彼らのいる場所へ命中だ。機体は、また同じように旋回し、またその場所へ進む。そのたびごとに、ぼくは袋をひとつ落とす。その繰り返しだった。すべての袋を地上に落とすまで、同じ旋回を10数回繰り返したのだ。

幸い、それぞれの袋は多少散らばって地上に落ちたが、彼らのいる場所から遠く離れることなく、無事だった。後日談では、袋の幾つかは樹木の枝にぶつかって落ち、多少袋の中の物品が散開したらしい。特に、フフと呼ばれるキャッサバの白い粉が、そのためにまるで噴煙を上げるようにして、地上へ落下したという。また、50mの高さとはいえ、重力による下降速度は早く、地上に着地した時のショックで、いくつかの缶詰や電池がぺちゃんこに潰れたという。

だが、大概の物品は無事にチームに送り届けることができたのである。人生はじめての経験、しかし大方の成功にほっとする。これで、メガトランゼクトはさらに継続することが可能になったからだ。

●蛇行する川の上で

ぼくは、その後、北西部に位置するオザラ・コクア国立公園のベースキャンプに向けて、物資を移動し始めた。当時は陸路は不可能であった。形だけの「国道」は存在していたが、道の状態はひどくとても通れる状況ではなかった。それに、移動させる荷物の量も半端でなく、車一台で運ぶことはできなかった。そこで、現地で大型丸木舟を借り、船頭を雇い、船外機を付け、ガソリンを用意して、川での旅となった。

川は広い川ではなく、くねくね蛇行していた。いつ目的地に着くやしれず。少なくても、一週間をかけてのボートでの物資移動となった。途中、川沿いの陸地にあがり、草木を切り、一夜限りのキャンプを開き、テントで寝起きした。毎日その繰り返し。もちろん、雨が降れば、濡れるだけである。屋根なぞない丸木舟だからだ。ガソリンの量を節約するために、船外機も小さいのを選んだため、速度もゆるりとしたものだ。

半月に照らされた中幅の川の旅。時には夜に入ってからも移動した。適当なキャンプ地がすぐに見つからなかったからだ。しかし、月を見ながらのこうした川の旅もあっていい。急ごうと思っても、物資の重量と小さいエンジンのため早く進みようがない。悪くない。こういう旅は、果たしてまたあるのだろうか。月の横で光っていたのは木星だろうか。さらに、そこから少し離れたところの星は金星か。森のなかを蛇行する川沿いには、人工的な光はひとつもなく。月や星々の姿が目の当たりに見えたのである。

●ロクエ・バイ

メガトランゼクトの前、マイク・フェイはオザラ国立公園の中の小さなバイには、ゴリラがたくさん出入りしていることを、セスナにて空から何度か確認していた。そこで、是非、メガトランゼクト中に、ぼくにそのバイへ地上からアクセスし、ゴリラの存在を確かめてほしいとの依頼があった。もちろん、物資補給の間の期間にである。そして、もし多数のゴリラの存在が確認できたら、ニックをそこへ案内し、ニックに是非その有様を写真に収めてほしいということだった。

メガトランゼクトの醍醐味は、見知らぬ土地に行けること。しかも、それをGPSと地元ガイドのもと、自分の足で行くこともあるということだ。その「ロクエ」と呼ばれるバイは、オザラの基地ボモから船外機付き丸木舟であるところまで行き、そのごロクエ川という小さな川を切り開きつつ進み、そこから徒歩でアクセスするという情報を得た。

倒木で行く先を覆われたロクエ川の渡航は困難を極めた。しかし、陸地に上がってからバイまでの道筋は、紆余曲折しながら、ゾウ道をつなげつつ、バイに到達することができた。またバイから2km以上離れた所に小さなベースキャンプの設営にも成功。そこには小川もあり水の便もよく、そこから毎日バイへアクセスできるのだ。

ロクエ・バイでのゴリラのグループ©西原智昭

ロクエ・バイでのゴリラのグループ©西原智昭

バイでは、肝心のゴリラも観察できた。まさにゴリラの宝庫である。そして、風向きや観察しやすさの点から、ニックを招いたときに設営する観察台にふさわしい場所も選定した。中でも、面白いゴリラの観察があった。ひとつのグループがロクエ・バイにやってきたとき、複数の個体がなぜか地面に口をつけ、なにかを舐めとっているような感じだった。それが、複数の個体が同時に、しかも同じ方向を向いて前かがみになっていたのだ。まるで、同時に多くの個体が同じ方向へ向けて、何かのお祈りでもしているかのような光景であった。

そうした様子は何度となく見られた、なにか不思議な風習であるかの感じであった(その数年後、この場所で研究を始めた研究者によると、やはりなにか地上のアリを舐めてとっていたらしいことがわかった)。その数週間後、ぼくはニックをこの場所に招き、観察台もセッティングした。ニックはぼくの設営したベースキャンプに寝泊まりしつつ、ゴリラだけでなく、ボンゴを間近にカメラにとらえることに成功したのだ。

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