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許せない憲法の空洞化

寄稿:飯室勝彦

2016年3月20日

「あきれた!」で済ますことはできない。被曝国の民衆の悲願を置き去りにして形式論理をもてあそぶ官僚、自らの利益のために司法の独立を否定する財界リーダー。まるで戦前回帰のようだ。安倍政権による憲法の空洞化の病原はこの国の各分野に“転移”し広まっている。

報道は比較的地味だったが内閣法制局長官、横畠裕介の核使用肯定の答弁に驚いた人は多かったはずだ。

2016年3月18日の参院予算委で「憲法上、他国で核が使用できるか」と問われ、「憲法上、あらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されているとは考えていない」と答えたのである。

「あらゆる武器の使用は国内法、国際法上の制約があり、わが国を防衛するための必要最小限のものにとどめるべきだ」とも述べ、核使用が現実的ではないという見方も示したが、保有が合憲となる余地は認めたわけだ。前年8月には参院安保特別委でも「憲法上、保有してはならないということではない」と答えている。どちらの答弁も原爆を落とされた側から出たとは思えない言葉だ。

この論理では自衛のための最小限の核兵器なら保有も使用もできることになるのか。

核は最大最強の攻撃兵器である。自衛のための最小限の核兵器などあろうはずがない。

古くさい概念法学による形式論理をこね回した保有・使用可能論は、国際社会に対する過ったメッセージとなり、疑念と警戒心を抱かせるだろう。

憲法は国の歴史、国民意識などを背景に生まれている。解釈にもそれが反映しなければならない。

広島、長崎で何十万もの人々が殺戮され、いまだに後遺症に苦しむ人がたくさんいる。福島原発事故の終息の見通しも立たない。「核の恐ろしさ」をたっぷり経験させられた国民の気持ちにきちんと向き合っていれば、形式論理をもてあそび「核兵器をもてる、使える」という答弁を出来るはずがない。

出世願望の秀才官僚は権力に取り込まれやすい。新安保法制問題への対応などもみると、横畠の安倍政権への迎合ぶりは際立っている。核容認答弁もその一環だろうが、夏の選挙への影響を心配した内閣官房長官、菅義偉が「将来も核兵器使用はあり得ない」と慌てて否定する皮肉な結末となった。

関西経団連の幹部たちは、大津地裁による高浜原発3、4号機の運転差し止め決定をめぐって裁判所にかみついた。こちらもやはり核問題、企業利益優先の姿勢を隠さなかった。

横畠答弁の前日に開かれた記者会見で、副会長の角和夫(阪急電鉄会長)は「憤りを超えて怒りを覚える」「なぜ一地裁の裁判官によって、国のエネルギー政策に支障を来すことが出来るのか」などと言いたい放題だった。「こういうことができないよう、速やかな法改正を望む」とまで言い切った。

他の幹部たちも「理解できない」「一日も早く不当な決定を取り消せ」などと言いつのった。

原発の再稼働が出来ず電気代が下がらないことによる関西経済への悪影響を嘆き、再稼働による鉄道事業の電気代負担低下への期待を強調したりした。

いずれも原発周辺住民の安全を置き去りにして企業利益を優先する論理である。

その本音を「国のエネルギー政策」と称する“国策”で隠そうとしていることが露骨だ。

特に見逃せないのは憲法の大原則、権力分立を否定していることである。司法は立法、行政の二つの権力を憲法と法にてらしてチェックする権能と使命を有している。たとえ行政運営の柱であり、「国策」の名を冠せられていようと、それが憲法、法の規定に反し、国民の人権を侵害するのなら司法は断固排除しなければならない。見逃しは許されないのである。

司法判断で国のエネルギー政策に支障が生じたとしても、それは司法が正しく機能している証しと言えよう。

「一地裁の裁判官」というさげすんだ言い方にも憲法理解の欠如が表れている。憲法は何者にも何事にも干渉されないよう、裁判と裁判官の独立を保障している。チェック機能を有するのは最高裁だけでなく、司法の権限と責務は地裁も高裁も原則として同じである。

日本国憲法は、政府も国民も議員も、軍部が主導する国策なるものに屈服し、暴走にブレーキをかけられなかったことへの反省から生まれた。

司法は政府の言うことを聞け、聞かなければ法をつくって無理やり聞かせる。住民の命より企業の都合や利益が大事だ。こんなふうに聞こえる関経連幹部の声は、国策や軍事が最優先だった戦前への回帰願望のようだ。

これは財界幹部の憲法についての理解が徹底的に不足していることを物語る。しかし「企業経営の成功者といえどもその程度の知的レベル」と問題を矮小化し、冷笑で済ませるわけにはいかない。

官僚や経済人の憲法軽視、無視の源は、首相、安倍晋三と彼に率いられる内閣、党の「憲法空洞化」姿勢だ。政府解釈変更で集団的自衛権の行使を可能とし、それを安保法制という形で整備、その問題を議論するために野党が要求した臨時国会の開催は憲法で義務づけているのに無視する。憲法などなきがごとき振る舞いだ。

官僚や経済人はそんな安倍政権に迎合し、同調し、あるいは悪乗りして憲法を骨抜きにしようとしている。

これ以上の骨抜きを許さないよう、そして抜かれた骨を元に戻すため、有権者が権利を真剣に行使すべき時が近づいている。

 

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