【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照
一水四見(33)「ドナルド・トランプ」という「危険なゲーム」
移民国家・アメリカ合衆国の大領領選挙運動が熱戦をくりひろげている。
かつては、WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)が、アメリカ支配層の主流で、この系列につらなる者が大統領になるといわれてきた。
しかし、カトリックのケネディが大統領となって、P の伝統が破られた。
現在のオバマ大統領は黒人だから、W の伝統も破られた。
WASP からイギリス系 ASの伝統も消えていった、ようにみえる。
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1860年のアメリカ合衆国の国勢調査では、奴隷の人口は400万人といわれる。
アフリカ系黒人を奴隷として新大陸につれてきた「白人・アングロサクソン・プロテスタント」の主流は、オバマ大統領の出現によってアメリカの「自由と平等」の理念が実現されたのだから、“建前上の良心”の呵責から開放されたのかもしれない。
しかし、自由と平等を表看板に掲げたアメリカだが、まだ女性大統領は選ばれてはいない。
そこで、クリントン女史が当選すれば、アメリカ初の女性大統領となる。
もし、サンダース氏が当選すれば、アメリカで初のユダヤ系ポーランド人の移民の息子が大統領となる。
そこで、WASP 主導のアメリカの支配秩層は、中産階級層が細っていくなかで、かなり “液状化” している、ようだ。
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液状化といったが、バラク・フセイン・オバマ大統領自身が、WASP を基準としたアメリカ指導者に対する価値観の液状化をあらわす象徴的な人物だ。
実父は、ケニア出身のアフリカ系黒人でイスラム教徒、実母は白人。
大統領のオバマ氏は、プロテスタントのキリスト教徒といわれる。
彼は、2009年に現職大統領としてノーベル平和賞受賞。
平和賞を受賞したのだから、彼が、特にベトナム戦争以後、様々な面でアメリカの国力を衰退させ国情を劣化させてきたアメリカを、戦争にかかわらない国として行動せざるを得ないのは当然だろう。
しかし正確にいえば、オバマ大統領は、生身のアメリカ兵を戦場に送らない代わりに、ドローンなどの遠隔操作による殺傷兵器と、国民に姿の見えにくい特殊部隊を世界的に展開配備している。
そして、2014年のある大学の調査で、オバマ氏は「第二次世界大戦後、最悪の大統領」の筆頭に挙げられた。
現在、一説に、オバマ氏は黒人たちの間でさえ、一番人気がない大統領といわれる。
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アメリカの歴史的成立の経緯にもとづく差別的心情の深層では、WASP の構造は未だに存続しているだろう。
白人対黒人、反ユダヤ的心理、カトリックとプロテスタントの対立も持続しているだろう。
が、液状化してゆく支配権力の中で、現在、ますます実力をつけてきている新たな権力は、第四の権力といわれるマスコミではなく、国際的金融支配という権力だ。
現在は、利害相反する立場の人々が、共通に利用しているインターネットの恩恵によって、特に独立系の果敢なジャーナリストたちよる取材活動のお陰で、 時には陰謀論と見做されかねない、国際的金融支配の動きが、ますます顕在化されてきている。
一方、様々な意図をもつ、様々なグループからなる広義のグローバル金融支配側は、これもインターネットを高度に功利的に利用して、国籍を越え、人脈を動かし、一国の最高指導者に影響を与え、政府の組織に食い込んで官僚を動かし、マスコミの経営を操作し、軍産複合体に浸透し、マフィアの暴力組織を利用し、そして「精神産業化」した宗教組織をも動かして行く。
「信じ難いことだが、真実だ。オバマや他の大統領、様々な政府がまじめに熟慮して、彼らの国や、国民や他のすべてを企業に手渡して、史上最大の ”自由貿易圏”を作ろうとしている。 」
そして国家を超える私企業の活動を支える法整備として、NAFTA、TPP、TiSA などがある、と指摘する識者もいる (Johan Galtung, 13 Jul 2015 – TRANSCEND MediaService)。
EU を含む WTO 加盟の23カ国がかかわって現在交渉中なのが TiSA ( The Trade in Service Agreement ) だ。
NAFTA、TPP、TiSA などを批判する識者らの根拠はなにか。
これは反体制知識人たちの偏見ではないのか、
むしろ、これこそ陰謀論思考ではないかとの批判もあるだろう。
しかし、郷土愛や、国民国家の観念を —超えた、時に無視した— グローバル金融支配に潜む “世界設計思想” は、EUのエリート官僚にも浸透しているかもしれない、近代知識人の問題に関わっている問題である。
それは、かっての第三インターナショナル(コミンテルン)さえも室内楽に聞こえるような、“金融資本主義インターナショナル” の交響楽の響きに聞こえてくる。
幻聴だろうか。
その思想的淵源は、マルクスを通過して、古代ヨーロッパ思想の根源に由来しているかもしれない、と考えるのは、妄想だろうか。
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さて、アメリカ大領領選挙運動の最中、群を抜いて熱戦を盛り上げているのが、不動産王・ドナルド・トランプ氏、69歳だ。
なぜ人気なのか。
人気は比較の問題だから、トランプ氏の人気をあげている人気のない人物は現大統領である。
トランプ氏の人気は、「オバマ政権8年間の失敗」とそれに対する国民の不満や怒り、であると著名な識者の一部は指摘する。
単純、当然の指摘だ。
失敗には様々あるが、貧富の格差の拡大、移民に対する対応の不備、などなど。
オバマ大統領は、貧者の見方なのか?
低所得者対象の食糧費補助対策でありフードスタンプ(Food Stamp)の受給者は、現在、56週連続して4500万人を超えるという。
オバマ氏は、公正に人事をおこなっているのか?
大統領選の最中、アメリカ合衆国最高裁判所のアントニン・スカリア (Antonin Scalia)米連邦最高裁判事が狩猟旅行中、友人宅で死去した(79歳)。
後任判事について、ホワイトハウスは、候補者を5名にしぼったが、その内の4名はオバマ氏の政治活動に寄付をした人物である、と伝えられている。(Washington Free Beacon; March 10, 2016 ; Brent Scher )。
4名の献金額は大したことはなく、不正というわけではないが、結局、5人の内、1セントもオバマ氏に献金しなかった連邦控訴裁判事のガーランド氏が、16日に指名された。
しかし、上院の承認が控えているから、まだ本決まりではない。
オバマ大統領が、アメリカ合衆国の歴代の大統領の中で、どのような評価を受けるのか、 本当に最悪の大統領なのか、 どのような基準で評価すべきなのか、私にはわからない。
なんとなくわかっていることは、現在の世界が、これまでの歴史の物差しでは、定義づけようのない流動化した時代状況ということだ。
確実にわかっていることは、大統領がだれであれ、国家と国民の経済を支える「金融」が、食糧やサービスと同格の「商品」であってはならない、金融は、経済行為の補助手段であって、それが目的化した経済行為であってはならない、ということだ。
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トランプ氏の話題に、もどる。
彼の父は1885年に渡米したドイツ人(ドイツ語名:Drumpf) で、母はスコットランド生まれの広義のイギリス人。
だからトランプ氏は、ドイツに起源するアングロサクソンの源流にかかわる。
トランプ氏自身はプロテスタントのプレスビテリアン(長老派教会)を名のって、聖書が愛読書だという。
しかしトランプ氏はユダヤ人脈に深く関わっているといわれる。
彼の娘で相続人・ファッションモデルでもあるイヴァンカ (1981年 – )は、「トランプ・オーガナイゼイション」の副社長で、ユダヤ教徒だ。
トランプ氏は、イスラエルを「アメリカの最も信頼できる友」としており、「我々は100%、イスラエルのために戦う。永遠に戦う」と言う(“Analysis: Donald Trump, Israel and the Jews”;エルサレム・ポスト;2015年12月28日)。
そこで、トランプ氏とは、複雑系 WASP の復活である。
しかし、現在、アメリカの上位大学では、前例のない反ユダヤの事件が起きて、反イスラエルのプロパガンダの増大している。
多くのユダヤ人学生をかかえる113のアメリカの大学を対象におこなわれた調査では、昨年、300件以上の反セミティズムの事件が起きた。( Report: Anti-Semitism Spikes at Top U.S. Colleges; Jewish students face wave of hate ; The Washington Free beacon; March 14, 2016 )。
このような反ユダヤ感情は、大統領選にどのような影響を与えるのだろうか。
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トランプ氏は、オバマ氏よりもさらに、液状化したアメリカ人だ。
彼はいったい何を信じているのか。
彼の政治的野心の中心にいかなる信条があるのか。
明確なメッセージを発しているようで、つかみどころのないその液状に膠着性を与えているのが、妥協のない金の力への信頼であるかもしれない。
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つい最近、アメリカ大統領候補ドナルド・トランプ氏についてのドキュメンタリー映画をみた。
題して、「ホール・イン・マネー!~大富豪トランプのアブない遊び~」。
英語の原題、 A DANGEROUS GAME(2014)。
「ホール・イン・マネー!」は、ゴルフ用語の「ホール・イン・ワン」のもじりだ。
トランプのプレーの現場は緑の芝生ではなくマーケットだ。
彼が打つボールは、すべて利潤を生む穴場をめざしている。
A DANGEROUS GAME とは、さまざまな利害関係者を巻き込んだトランプ氏の事業活動を総括する揶揄だろう。
監督は、スコットランドの環境を守るために立ち上がった、スコットランド人ジャーナリストのアンソニー・バクスター。
ロケ地は、主に「アドリア海の真珠」とよばれる観光地、スルジ山(412M ) から見下ろすとオレンジ色の屋根が町一面に広がっている世界文化遺産のドゥブロブニク市(クロアチア)だ。
そのスルジ山の裾にひろがる平面地に大富豪トランプは富裕層相手のゴルフ場を造成するのである。
住民たちは、住民投票の反対運動をおこし、予想外の多数で住民の反対意見が集まる。
勝利の喜びに感激する運動家たちの顔が写しだされる。
そして、彼らは、その反対の署名の束を市長にもっていくが、市議会で無視される。
映画を見ながらも、画面にでてくるトランプが、まかさアメリカの大統領候補であるとは信じられなかった。
スクリーンには、彼に影響された政治家、警察、議会、側近、警備員たちの姿が映し出されていく。
小康社会を維持している風光明媚な地域に、突然ブルドーザーがやってきて地ならしし、ゴルフ場用の芝生を作って行く。
リゾート開発地へ、自ら現地へ乗り込んで行くトランプ氏の実像に迫る、息を飲む住民との対決の緊張感がスクリーンから伝わってくる。
企業家の利益追求に合致した地域に雇用と収益をもたらすという口実で地元の首長を抱き込んで、警察まで動員させて地元の反対者に脅しをかけるやり口は、どこかの国の原発建設地の確保を思い出させる。
当然、地元民も金によって分断される。
現在、ドゥブロブニク市の Golf Park Dubrovnik のホームページを見ると、見事なゴルフ場が現れる。
しかし、トランプの名前はどこにもない。
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アンソニー・バクスターは、 2011年に「You’ve been trumped(あなた方は、「トランプ」されてしまった)」を制作していた。
「あなた方は、でっちあげられた情報で、負かされてしまった」という意味だろうか。
撮影現場は、スコットランドの東海岸に面する風向明媚な土地で、トランプは、当地に富裕層を対象にしたゴルフ場と豪華ホテルを建設予定する。
この映画で、すでに地元民とトランプ、スコットランド司法当局、様々な政府機関との激しい抗争がおきる。
BBCが2012年に放映しようとしたが、トランプ側の弁護士たちが、放映中止の圧力をかけた。
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つぎのアメリカ大統領にだれがなるか、わからない。
大統領選が流動化していて上に、どんな突発事件が、アメリカ国内外で起こるかわからない。
地位は人を変える、という。
ましてや金満家の開発業者トランプ氏が絶大な権力と利権に関わる合衆国の大統領になれば、予想もつかない仕方で政治を動かすかもしれない。
「スノーデンは暗殺されたほうがよいといってはばからないトランプだ ( Snowden should be assassinated ;Steve Watson; Infowars.com; June 25, 2013 )。
想定される可能性として、国際金融資本家たちの表の顔の強力なリーダーとして祭りあげられるかもしれない。
トランプ氏と白人至上主義の団体 KKK とのつながりを示唆する状況も指摘されている。
様々な「トランプ・グッズ」は中国で製造されているが、彼は見当違いな中国批判をする。
しかし、トランプ氏は、利益のためなら中国の超富裕層を抱き込んで、超高級会員制のゴルフコースを中国に作るかもしれない。
ゴルフのプレー自体が悪いのではない。
「小康社会」の「中国の夢」の理念に反するようなゴルフ場の開発がよくないのだ。
習近平国家主席が大鉈を振るってほしい絶好の機会だ。
トランプ氏の対日政策は、どうか。
原発などあって危なくて仕方が無いといって、日本には関心をいだかないかもしれない。
アメリカの軍備の肩代わりを強引に要求してくるかもしれない。
「プーチン大統領を称賛する」と言って、すぐさま「ジョージ・W・ブッシュは嘘つき」と呼ぶトランプだ。
次にどのようなカードをだしてくるかわからない。
トランプの「危険なゲーム」は、まだ始まったばかりだ。
(2016/03/18 記)
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