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死刑について知り、考え、討議する
 - 映画「望むのは死刑ですか 考え悩む世論」を見て、死刑の執行について考える -

寄稿:海渡 雄一(弁護士・監獄人権センター代表)

2016年3月29日

これからも死刑執行を続けるのですか?

3月25日,岩城光英法務大臣は,鎌田安利氏(大阪拘置所)および吉田純子氏(福岡拘置所)に対して,死刑を執行しました。今回の執行は,昨年10月に就任した岩城法務大臣による,昨年12月に続く二度目の執行でした。

鎌田氏は,無実を主張し、75歳と高齢であり,人権団体と福島みずほ議員が共同して昨年実施したアンケートに対し「ボケがすすんでむつかしい事が分りません」と回答している。鎌田氏に対する執行は,「高齢者の執行に関し,より人道的なアプローチをとることを考慮すべきである」とした国連自由権規約委員会による勧告(2008年)に照らしても,問題があります。

また、吉田氏は,死刑判決確定後,再審請求を行っていたものの,昨年棄却されていました。最近は健康を害するなかで、キリスト教の信仰を得て、被害者への謝罪の言葉を繰り返されていました。

私が代表を務める監獄人権センターも、アムネスティ・インターナショナルや死刑廃止フォーラム90、死刑廃止を求める宗教者ネットワークと共に記者会見を行いました。

死刑はかけがえのない生命を奪う刑罰です。死刑は罪を犯した者が更生し社会復帰する可能性を完全に奪う刑罰です。裁判は常に誤判の危険を孕んでおり,死刑判決が誤判であった場合には、執行されてしまうと取り返しがつきません。

死刑を執行している国はわずか22か国

2014年に死刑を執行した国の数は、日本を含め22か国だけです。その22か国をあげてみましょう。サウジアラビア、アフガニスタン、バングラデシュ、エジプト、イラン、イラク、日本、ヨルダン、マレーシア、パキスタン、パレスチナ自治政府、シンガポール、スーダン、中国、米国、ベトナム、ベラルーシ、中国、赤道ギニア、北朝鮮、パレスチナ自治政府、サウジアラビア、ソマリア、台湾、アラブ首長国連邦、イエメンの国々です。アジアでも多くの国々は死刑の執行をやめているのです。

いわゆる先進国グループであるOECD(経済協力開発機構)加盟国34か国のうち、死刑制度を存置している国は、日本、米国、韓国の3か国のみです。そして、韓国は死刑の執行を17年以上停止している事実上の死刑廃止国です。米国は、50州のうち19州が死刑を廃止し、制度としては死刑を存置している31州のうち、4州では州知事が死刑の執行停止を宣言しています。このように、死刑制度を残し、現実に死刑を執行している国は、世界の中では例外的な存在となっていることを、多くの市民の皆さんに知って欲しいと思います。

審議型意識調査とは

監獄人権センターもその制作に協力し、その上映にも協力している映画『望むのは死刑ですか 考え悩む“世論”』が、完成し、各地で公開されています。

上映予定は、以下のHPで確認できます。

http://nozomu-shikei.wix.com/movie

都内の会場に、一般市民135人が集められ、「審議型意識調査」が始まります。テーマは、日本の死刑制度についてです。市民は、お互い初対面です。

この映画を企画したのは、イギリスの大学で犯罪学を研究する専門家である佐藤舞さん(英レディング大学)、ポール・ベーコンさんのお二人です。監督は長塚 洋氏、制作は、Institute for Criminal Policy Research(イギリス)です。スイス外務省などから助成を受けています。わがセンターの田鎖麻衣子事務局長も専門家として参加し、罪を犯した人の社会復帰や代用監獄、取り調べ、証拠開示などについて説明されています。この映画を作った原動力である佐藤さんは、イギリスに留学し、死刑を廃止した国では多くの市民が死刑に反対していることに驚き、漠然と死刑制度を支持していた自らの経験を振り返り、世論とされるものの中味に関心を持ったと説明されています。佐藤さんは、審議型意識調査の冒頭に、こう宣言します。「討議してたどり着いた意見を、国民の判断と考えます」。

議論を始める前の調査では、135人中廃止論は20人、102人が死刑を存置する、13人はよくわからないと言うところから出発します。まず日弁連死刑廃止検討委員会の小川原弁護士による死刑制度の概要の説明があります。続いて犯罪被害者立場からの複数の意見を聞き、刑事司法制度の説明を聞きます。登場する専門家はなかなか豪華です。

被害者にも様々な意見が

まず、全国犯罪被害者の会(明日の会)の高橋正人さんと自らの弟を殺害した死刑囚の命を奪うことに反対した原田さんが登場します。

高橋さんは、家族の命を奪われた遺族の声を切々と伝えます。これに対して原田さんは、「決して許したわけではない。裁判では本当のことを知ることはできない。だから話を続ける必要がある」と、自らの体験をもとに加害者を活かし続けて欲しいと述べます。

この原田さんの意見を「きれいごとではないか」と述べる参加者、「そういう見方もあると考えて考えが揺らいだ」という参加者、本当に悩みながら考えていく参加者たちの姿がスリリングです。

「犯人が亡くなることに意味があるのか」「死ぬことは楽をさせることになる。ずっと生きて償い続けることが極刑だ」「死刑の代わりになにか、わかりやすい極刑が必要ではないか」「能力があっても、前科のある人は会社には採用できない」など、普通の本では見かけない率直な意見が次々に出てきます。

審議型意識調査を実現させた佐藤舞さんの行動力

私は、2006年にイギリスの刑務所の監視システムを調査するため、ロンドンの国際監獄研究センターを訪ねたことがあります。そのときに、インターンとして滞在されていた佐藤舞さんとお会いしました。

その佐藤さんが、死刑に関する世論調査について研究し、「日本の世論は死刑を支持しているか」(「法律時報」2015年2月号)、「世論という神話──望むのは「死刑」ですか?」(「世界」2016年3月号)などの論考を公表され、死刑存置賛成でも確固たる意見を持ってない人が多いこと、死刑に関する情報を与えられると死刑制度への支持が減少する変化が見られることを実証的に明らかにしてきました。このような努力の結果、政府の世論調査の設問もわずかながらですが変わり、世論調査の数字も少しですが、変化しています。

そして、ついに多額の経費を要したであろう、審議型の世論調査を組織し、実現し、その過程を映画にまでしてしまった行動力に、深く敬意を表したいと思います。

えん罪と死刑

最後のセッションではえん罪が取り上げられます。あやまった自白が生み出される経過が説明されます。参加者からは、「証拠が隠されたり、えん罪があるならば死刑の存在に疑問がある。」「警察はなぜ無実の人を追い詰めウソの自白をさせたりするのか」という意見が出されます。死刑制度を存続する限り、無実の人を処刑する可能性はいつまでも残ります。
討論を通じて意見を深めよう

審議型世論調査の結果、市民の意見はどのように変わったでしょうか。それは是非映画をみて確認していただきたいと思います。はっきりといえることは、もともとの意見=世論は「何となく」「漠然」と考えられたものであり、実情を聞いて、各自の考え方はとても深まったと言うことです。

ぜひ、複数の方々で、この映画を一緒に見て、ミニ「審議型意識調査」をしてみて下さい。それが、日本の市民の世論を深め、罪と刑罰について市民一人ひとりの考えを深め、死刑を廃止していく近道だと信じます。

海渡 雄一(弁護士・監獄人権センター代表)

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