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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ 第53回「メガトランゼクトとその後」

2016年3月30日

●メガトランゼクトによる最大の成果

メガトランゼクトののち、マイク・フェイやぼくは、資料の整理にとりかかった。そして、ナショナル・ジオグラフィックによるメガトランゼクト中に撮影された写真や映像も準備されつつあった。

マイク・フェイは、それらの資料を元に、ガボンの大統領に謁見する機会を得て、ガボン国の自然や野生生物の素晴らしさを説いた。ガボンの大統領は自国にそれほど貴重なものがあることに驚愕し、2002年国土の11%に当たる土地を、新たな13の国立公園に指定した。

画期的な決断であった。メガトランゼクトの最大の貢献の一つであった。

●コンゴの密猟現場

一方、ぼくはメガトランゼクト直後、すでにセスナの飛行で確認していたゾウの密猟地帯へ地上から向かった。上空から見えた幾つかのバイに、白骨死体のゾウが確認された場所へ行くためだ。

バイで殺害されたマルミミゾウの事例©WCS Congo

バイで殺害されたマルミミゾウの事例©WCS Congo

オザラ・コクア国立公園から船外付きボートで半日以上かけ、ントクという村へ向かった。それから確認したバイは、この村の周辺部にあると現地の情報から得たからだ。

まずその一つである“ジャメナ”と呼ばれるバイへ向かう。小さな川に入る。倒木も少なく、川幅もやや広く、比較的動きやすい。くもり空で寒いのと、丸木舟に腰をかがめ続けるのに腰が痛くなるのは仕方なかった。やがて、風景はヤシ林となる。ここを歩くとなると、容易ではなかろうと想像する。

約1時間丸木舟に乗り、あるボート置き場に着く。もう一艘ボートあり。どうやらそこに人がいるらしい。少しスワンプを歩いて行くと、果たしてあるキャンプ地に着く。火があり。小さい乾燥台に何かある。現地のガイドの男はイノシシの肉だという。そして、カメを見かける。陸ガメにしてはやや大きい。あとで、このカメは、水中にも行くという。とすると、いつもみる陸ガメとは別種らしい。

このときの『カメの味』をめぐっての会話で、やっと、別のガイドの男と打ち解ける。昨日以来あいさつすらしていなかったのが、やっと氷解する。彼は、この辺の森や土地を統括するあるじの息子で、ある意味でゾウの密猟の主役であった。そのため、ぼくを、多少おそれていて、少しぼくに対してつっぱっていたのだろうと想像する。

ヤシの葉を切って沼地に渡す;当日の大雨のため写真はぼけている©西原智昭

ヤシの葉を切って沼地に渡す;当日の大雨のため写真はぼけている©西原智昭

森へ徒歩で入る。半分以上は、スワンプだ。いや、スワンプだらけである。通常慣れ親しんでいる湿地林を思わせる湿地帯は4分の1くらいで、半分以上はヤシ湿地帯である。ヤシがトゲのない種である分だけ助かる。ヤシを切りつつ、それを沼地に渡しながら、ぬかるみに入っていく。もしそのヤシの茎や葉がなければ、完全にはまってしまいそうなスワンプである。

雷は遠くで鳴っていたが、やがて、まっ暗になる。これは雨がくると判断する。沼地を歩いているとき、3人の男とすれちがう。連中がキャンプにいた男たちだ。1人のひげ男に、2人の若い青・少年。2丁の散弾銃を抱えていた。獲物もなにももっていない。

ぼくらはバイに向かう。しばらく小雨だったが、やがてどっと降り出してくる。約1時間強の歩きのあと雨はひどく降ってきた。ガイドは、ここがバイへの入口だ、ここで、雨宿りしよう、と提案する。

ヤシの葉で、仮小屋をつくる。うまく、雨をシャットアウトできる。雨は容赦なく降り続ける。ここは、“アンゴラ・バイ”とも呼ぶらしい。GPSによれば、もうひとつ別のバイ“マヤマヤ”も相当近い。1kmほどだ。連中の距離の印象とも合う。ここで1時間半以上の雨宿りをする。

象肉を干すために使った台のあと;当日の大雨のため写真はぼけている©西原智昭

象肉を干すために使った台のあと;当日の大雨のため写真はぼけている©西原智昭

雨宿りをした場所は、密猟者の仮キャンプ地でもあり、象肉を干し肉にしたときに使ったらしい大きな乾燥台もある。肉の焼けたあとのニオイがする。きっとゾウはごく最近殺害され、その肉がこの乾燥台に乗ったのだろう。雨が小止みになってから、それとなく、その周辺の写真とビデオを撮った。

ガイドたちとはよもやま話をして、彼らとの関係を作るために雰囲気を保った。彼らを刺激しないためにも、極力、ゾウの密猟の話は避けた。彼らから一般的な動物の情報も得た。ぼくの方からもゾウとの事故の話をした。そのうち、彼らと打ち解けた頃、ひとりが勝手にしゃべり出した。『オレの父が、ここを発見したのだ。かつて、オレの父は、大密猟者だったのだ。そのあと、人々が勝手にここに入り込むようになった』と。そして、この場所に入ったぼくは、はじめての白人だったという。

雨宿りののち、バイへ向かった。腐った肉のニオイがあたりに漂う。バイの直前で、腐ったゾウの肉片、ゾウの骨、そして、ゾウの頭骨を見つける。ウジが湧いている。スワンプの水の上をウジャウジャ動くウジ。白骨化しているので、だいぶ日はたっていると思っていたが、ガイドは1週間もたっていないとすかさずいう。

バイは、まさに湖状だった。これは、上空から、きっと、水たまり、としか認識しなかったのだろう。まわりは、ヤシばかり。ゾウは、水浴びにくるという。雨の中、全景の映像と写真を撮る。もちろん、骨、肉片、ウジの映像もとる。

ントク村への帰途につく。途中のキャンプ地で、ぬれた服やからだをかわかす。そこにいた連中と一緒にキャンプを離れる。予定の場所に、船外付きボートの姿が見えない。やがて、船頭とボートは姿を現すが、船外機の調子がおかしいという。実は、もう一つのバイ“モンゴ”を訪問したかったが、エンジンの調子が悪いため余計なガソリンを食う可能性がある。そうすると、肝心なオザラ国立公園に引き返せなくなるリスクがある。

3つのバイ(マヤマヤ、ンドンゴ、ジャメナ=アンゴラ)の訪問で、最低限必要な情報は得た。映像も撮った。“モンゴ・バイ”もみたいが、本質的な問題〜この地域でのゾウ保全強化が望まれるといった生の情報〜には変わりはない。メガトランゼクト後の完全な<画龍点睛>とはならなかったが、所期の目的は達したと信じる。

後日談だが、この時2001年から12年経った2013年、この地域を含む一帯が“Ntokou-Pikounda”と呼ばれる新たな国立公園に指定された。今年2016年より、コンゴ共和国政府はWCSに国立公園管理のサポートを依頼、ぼく自身がそのマネージメント立ち上げに携わることになっている。奇遇な因果ではある。

●ホタルの光と星空のもとでの象牙談義

ントク村に着いてから、村人にヤシ酒をもらう。その日雨の中を歩いたときのヤシ林のヤシだ。温めて飲むとこれまたうまかったこと。ぼくは、一足先にテントの中で寝る。が、その後、連中のさわぎで目が覚める。

小便に立ち上がり、夜空をみあげる。回りの喧騒、混乱、無秩序と好対照に、星はいつでも澄んで、変わらず美しい。本当になんてすばらしいんだと思う。これが自然であり、それは、ぼくを裏切らない。確かにそこにある。

これに対し、マルミミゾウの密猟。しかし、ゾウ猟に関しては、現地のアフリカ人を単純に責めるわけにはいかない。もちろん、国際法をたてに、ゾウ猟を禁止し、象牙、象肉交易をストップさせるのは必要である。保護区を作る、交易を厳格にコントロールする、人々を教育する、などなど、通常のプロセスは肝要だ。

しかし、彼らの動機は単純なのである。お金がほしいのである。日常生活に必要な現金が入り用なのである。それなくして、鍋やお皿、石ケン、塩、油、電池など必需品をどうやって手に入れられようか。現金収入の手段である農産物、魚、肉、そして、象牙もそのひとつなのである。とくに象牙は、いい値がつくのである。だから、魅力がある。だから、追う、殺す、取る、売る、送る。その『ライン』が存在しているからだ。しかし、そもそも『ライン』がなければ、何も起こるまい。

とはいえ、ゾウそして熱帯林をこの状態に放っておくわけにはいかない。ではどうするか?象牙を必要とする大元の日本人にこの現実を知らせなくてはいけない。くり返し、もっと強烈に。今回のントク周辺のバイ訪問時の写真や映像を生かさなくてはいけない。

日本に象牙がどうしても必要でなくなるという現実が来るまで、あるいは、たとえば、厳格なコントロールシステムの下、必要量の象牙しか使用しない仕組みができるまで、戦いを続けねばならない。実際、現場の密猟者やバイの発見者、保有者に出会っても、彼らに『悪気』はひとつも感じなかった。むしろ、彼らに全責任はない。

そうしたことを、ぼくが具体的に手掛けるようになるには、当時から10年ほどの歳月を要した。それは、また別項に譲る。

現地の人と全く同じように〜悪気が全くなく〜ホタルが信じがたいくらい森にいる。水浴びの川べり。地上にいくつも光をちりばめている。川沿いの灌木にホタルが無数止まっている。クリスマス・ツリーの人工的な装飾などひとつもいらない。そして、光を散らしながら、空を飛び交っている。その光は、星々の輝きと少しも遜色がない。

素朴でゆるぎなく、他にはなにもいらない、それがただあるのである。

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