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進む“壊憲”に歯止め

寄稿:飯室勝彦

2016年4月25日

この夏に行われる参院選の前哨戦である衆院北海道5区と京都3区の補欠選挙で与野党が星を分けた。憲法を大切にする陣営が京都で議席を確保し、敗れた北海道でも接戦だったことは、改憲、壊憲路線をひた走る安倍政権に対する一定のブレーキになるだろう。

投票日の少し前、地震発生直後の4月15日、官房長官、菅義偉の記者会見における発言が波紋を広げている。

内閣総理大臣の安倍晋三がご執心の、緊急事態対処に関する条文を設ける改憲についてたずねられ、こう答えたのだ。

「今回のような大規模災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るために国家、国民自らがどのような役割を果たすべきかを、憲法にどのように位置づけていくかということについては、極めて重く、大切な課題であるというふうに思っています」

大手マスメディアではほとんど報じられなかったが日経新聞が小さな記事で伝え、ネットで議論がわき起こった。

「地震により強まった不安と混乱に乗じて改憲ムードを盛り上げようとしている」「火事場泥棒のような発言だ」「大地震利用のファシズム」など厳しい批判が相次いだ。

もちろん「勘ぐりすぎ」「冷静に受け止めよう」などの意見もある。しかし自民党の改憲草案には緊急事態条項があり、その説明である「Q&A」には「東日本大震災における政府の対応の反省も踏まえて、緊急事態に対処するための仕組みを憲法上明確に規定しました」とあるのだから、菅の発言を火事場泥棒的と受け止めるのは自然だ。

絶え間なく余震が続き、避難者が10万人を超える混乱の中で行政は迷走し、復旧の目処は立たない。目先の光景だけに目を奪われると緊急事態対処法制を整備する改憲を当然と考えるかもしれないが、以下のような自民党草案の中身を知ればその危険性に気づくだろう。

草案の骨子はこうである。

・日本に対する外部からの武力攻撃、内乱、地震などの大規模災害が起きた場合、内閣総理大臣は閣議にかけて「緊急事態」を宣言できる。

・宣言は事前または事後に国会の承認を得なければならない。

・長期間継続するときは100日ごとに国会の承認を得なければならないが継続期間に制限はない。

宣言の効果はどうか。

・内閣(実質は内閣総理大臣)は法律と同一の効力を持つ政令を定めることが出来る。総理大臣は財政上必要な支出や処分が出来、地方自治体の長に必要な指示も出来る。

・何人も国や公の機関の指示に従わなければならない。

・宣言が有効な間は衆議院を解散できず、衆参両院の議員の任期に特例を定めることが出来る。

要するに総理大臣が緊急宣言を発しさえすれば、三権分立も地方自治も、基本的人権の保障さえ停止となるのである。国会議員の任期は無制限になりかねず、国民による議員、議会へのチェックは及ばなくなる。そもそも内閣のすることを追認するしかない国会には行政権を監視、チェックする機能を期待できない。

これでは総理大臣による独裁政治が可能になる。しかも国会で多数を握っていれば無期限で続けられる。まるでナチス時代の復活である。

一般に緊急事態対処は、第9条という本丸の解体を前に改憲への免疫を国民に植え付けるための“お試し改憲”と言われている。しかし実態はそんな生やさしいものではなく、日本国憲法の根幹を崩す改憲だ。

宮城県知事、村井嘉浩の「(緊急事態の認定を時の内閣が判断することが)一歩間違えると大きな誤りにつながる可能性もある」という懸念(2016年4月19日付け朝日朝刊)は至極まっとうである。

緊急事態への対応については、災害対策基本法、警察法、武力攻撃事態国民保護法など既存の法律に必要な事項が一通り盛り込まれている。それらの法律では権力の集中や行使、人権制限が抑制的に定められており、行政の指示などに対する国民の協力は「努力義務」にとどめている。

基本的人権などを保障している憲法より下位にある法律で憲法の枠を外して制限するわけにはいかないからだ。

それが「国および公の機関の指示に従う国民の義務」が憲法で定められると、人権保障とその例外のはずの「人権制限」が対等になる。規定の仕方によっては逆転しかねない。

第9条廃止、改憲発議のためのハードルを下げる第96条変更、緊急事態対処条項の追加……安倍政権は改憲の“風穴”を何とかして開けようとあの手この手を繰り出すが、今度の衆院補選の結果は、それらに国民の警戒の目が注がれていることを示している。

他方で自分たちの考える改憲が国民の支持をなかなか得られないと気づいた安倍政権は、条文を変更せずに憲法を実質的に変える“壊憲”を次々実行している。集団的自衛権に関する政府憲法解釈を変更し、違憲の安全保障関連法の成立と施行を強行、昨年秋には野党が要求した臨時国会の召集を拒否した。憲法では召集が義務づけられているのに、要求から召集までの期限規定がないのをいいことに先延ばししてうやむやにしたのである。

安保法問題や閣僚のスキャンダルを追及されたくないからだった。

今年に入ってからは野党五党がそろって提出した安保法廃止法案の審理を拒否し店ざらしにしている。高校生から戦争経験世代まで国民各層の根強い異議の声に耳を貸さず、国民主権の原理を踏みにじっているのである。

このように安倍政権は、“壊憲”で改憲を先取りしながら、夏の参院選で改憲発議に必要な「3分の2超」の議席確保を目指している。予算編成、経済対策、地震対処、保育所問題など利用可能なあらゆる手段を選挙対策として動員している。

憲法を反古にされないため、それらの目くらまし策に惑わされず「投票箱」に向かって厳然たる意思表示をしたい。

 

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