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刑訴法改正案の可視化ではえん罪は防げない
日弁連は法案をこのまま成立させてはならない

寄稿:海渡雄一

2016年5月11日

はじめに

刑事訴訟法改正案の国会審議が大詰めを迎えている。来週にも採決かと噂される。私は、この法案の中の、盗聴法の拡大・司法取引の導入の部分に限定して、人権侵害の危険性を指摘 し、この部分を他の部分と切り離すべきであると主張してきた。

しかし、私は、5月10日実施された院内集会において、最近発生した今市事件における録音録画の実情、その証拠調べの状況について、弁護を担当された一木明弁護士から直接聞く機会があった。そしてこの点に関する国会審議の実情をみるとき、可視化部分についても、刑訴法改正案をこのまま成立させることはえん罪を防ぐことができないだけでなく、むしろえん罪を作り出し、その弁護人に重荷を背負わせ、日本の刑事司法に重大な禍根を残すと考えるに至った。経過を振り返り、問題点を掘り下げ、緊急の提案を行いたい。

第1 えん罪防止のためだったはずの改革が・・・

1 えん罪はなぜやまないのか

この5年間ほどの間に、相次いで明らかになり、再審無罪が確定した足利事件と布川事件、 再審開始決定が出され、釈放された袴田事件、再審請求途上に病死せざるを得なかった名張事件、厚生労働省村木局長事件とこれに引き続く検察官による証拠改ざん事件、証拠の開示不足が問われた福井第二中学事件、つい最近再審開始決定が決まった東住吉事件などの深刻なえん罪の続発、そしてその多くにおいて本人や共犯者の虚偽の自白がとられていたことは、日本における刑事司法のもとで、えん罪が防げないのではないかという市民の危惧を高めました。

日本では逮捕された被疑者は、裁判官の勾留決定後も起訴まで、ときには起訴後まで警察留置場に置かれ、朝から深夜までの取調がなされることも珍しくありません。このような制度を代用監獄制度といい、世界中を探しても、日本にしか見つからない制度です。

世界標準では、被疑者が警察のもとに置かれるのは、24-48時間が限度です。これ以上 警察に拘禁し取り調べの圧力をかけ続ければ、捜査官による暴行や脅迫がなくても、うその自白をしてしまうことは避けられません。

日弁連は、35年にわたって、ながくこの代用監獄制度の廃止をえん罪をなくすためのもっとも重要な要求として掲げ続けてきました。

そして、近年は、この取り調べに、時期的な制限だけでなく、時間的な制限がないこと、弁護人の立ち会いがないこと、録音録画がされていないことなども指摘してきました。 このような長時間の取り調べによって、また、捜査当局が集めた証拠について弁護人は検察官から開示されたものしか検討できません。捜査機関の集めた証拠中に、決定的な無罪証拠があっても、それが隠されてしまうと弁護人は一定の類型の証拠と争点に関連した証拠として指摘された証拠しか開示を受けることができません。

2 刑事司法改革の原点をふりかえる

2011年3月「検察の在り方検討会議」報告がまとめられ、同報告には「取調べ及び供述 調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し、制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため、直ちに、国民の声と関係機関を含む専門家の知見を反映しつつ十分な検討を行う場を設け、検討を開始するべき」とされ、「可視化に関する法整 備の検討が遅延することがないよう、特に速やかに議論・検討が進められることを期待」する旨述べられました。同報告に基づいて江田元法務大臣の下で「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会」が設置されました。

その委員には刑事法学者や裁判官・検察官・弁護士以外にも村木厚子さんや映画「それでも僕はやってない」の周防正行さんらも委員に選ばれ、取調のあり方や証拠開示のあり方について抜本的な改正が進むことが期待されました。私は、この部会を立ち上げたときの日弁連事務総長でした。日弁連はこのような事態を受け、2011年5月の定期総会において「取調べの可視化を実現し刑事司法の抜本的改革を求める決議」を採択し、えん罪の起きない刑事司法をめざし、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)、証拠開示を含む武器対等原則の実現、人質司法の打破、国選弁護人(付添人)制度の充実、代用監獄の廃止等が不可欠であるとして、刑事司法の全面的な改革を求める方向性を明らかにしました。

ここで、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が大きな目標となったのは、可視化こそがえん罪の防止の決め手となること、そしてえん罪防止のための可視化では、取調べの全過程の録画が不可欠であるという認識が示されていました。

3 警察・法務省の焼け太り

なお、法制審では警察・法務省からこのような制度を受け入れる場合、通信傍受の対象犯罪の拡大と事業者の立会義務削除、司法取引などについて検討を求める意見が表明され、自らの不祥事が原因で始まった改革であるのに、「可視化を認めるなら、代わりの武器を寄越せ」と、 焼け太りとも言うべき要求を繰り広げました。

これらの制度は刑事手続における人権保障に大きな影響を及ぼす課題であり、日弁連としては、強く反対しましたが、審議会のもともとの構成が政府側の意見優位の構成となっており、えん罪の防止を主眼とする可視化の一部実現、被疑者国選制度の拡充という成果を認めさせるために、日弁連は新たな捜査手法の導入を引き換え条件として受け容れるという判断をしてしまったのです。

4 法案の認めている可視化の内容

それでは、このような極めて重大な妥協と引き替えに提案されている法案の可視化案は、「取調べの全過程の録画による可視化」といえるでしょうか。 取調べの可視化は、警察や検察の取調を録画する制度です。被疑者に暴力を加えたり、脅迫したりするような違法・不当な取調べは、可視化のされている状態では難しくなります。警察で暴行脅迫など無理な取り調べを受けたと被告人が主張した場合、自白の任意性・信用性をめぐって警察官・検察官を延々と取り調べる裁判が必要でした。

裁判員制度のもとでは、このような裁判上の争いを長く続けることも困難となっています。自白調書」に依拠した捜査・公判の構造を抜本的に改革するには、取調べの全過程の録画による可視化は必要不可欠です。イギリスでは、警察官が街頭で被疑者を逮捕したところから録画が始まります。このような制度こそが望まれていたはずです。

ところが、最終的に2014年7月にとりまとめられた答申では、取調べの録画の対象事件は裁判員事件に限定され、さらに被疑者の供述を得ることがむずかしい場合など、あいまいな例外がたくさん設けられました。村木局長事件のような事件は対象から外されているのです。逮捕前の任意の取り調べの段階も録画から除外されました。わずかな可視化と、証拠リストの開示、国選弁護人の拡大と引き換えに、最終報告に盛り込まれたのが盗聴法の大幅な拡大と司法取引の導入だったのです。 法務省が、審議項目の個別採決を認めず、一括採決をしたため、法制審の最終報告に対して日弁連推薦の委員は通信傍受の拡大と司法取引の部分を含めて全員賛成しました。さらに、日弁連は、この答申の一部に日弁連の望んでいた改革が含まれていることを理由に、答申案の全体について賛成し、盗聴の拡大と司法取引の導入にも反対しない方針を理事会における多数決で強行したのです。しかし、この決定には21の単位弁護士会が公式に反対し、盗聴法拡大を含む法案に反対の声を上げ続けています。

日弁連 は、法案では対象事件は限定されているけれど、当該事件について取り調べを録音録画するときには、全過程の録画がなされるという前提に立ち、対象範囲が 裁判員裁判対象 事件及び検察独自捜査事件に限定されているが、検察庁における運用も拡大しており 、当連 合会は、裁判所における厳正な運用と、弁護人による適切な弁護実践の積み重ねによって、3年後に予定されている見直しにおいて全事件の可視化が実現することを求めていくとして 、 この法案に賛成することとしたのです。しかし、今市事件における録音録画の実情とその証拠調べ、そして法務省のこのようなやり方についての国会答弁をみると、日弁連のこの法案に賛成したという判断の前提に、重大な疑問が生じています。この点は第3・4で論じます。

第2  なぜ日弁連は盗聴法の大幅拡大と司法取引導入に反対しないのか

1 盗聴法の大幅拡大の危険性 -対象の限定と厳格な第三者機関の設置を-

オレオレ・振り込め詐欺などの組織的特殊詐欺を、新たな犯罪として5つ目の対象犯罪に加えるというだけで、十分だったはずで、盗聴の範囲を多くの一般犯罪にまで一気に拡げよう とすることは極めて危険な提案です。

制度の濫用を防ぐためには、対象犯罪を限定し、組織性の要件を厳格なものに修正すべきで す。

他人のプライバシーを侵害しうる盗聴行為には、もっと厳格な第三者機関の目が必要です。これは無理な要求ではなく、先進国では人権侵害を防ぐために導入されている制度です。4月 19日公表された国連人権理事会の任命した表現の自由に関する特別報告者であるディビッド・ケイ氏の暫定所見でも、通信傍受の拡大について次のように述べています。

「日本政府は通信傍受に関する法案を立案し、サイバー・セキュリティ(cybersecurity) へ の新しい取組を考えていますが 、私が希望するのは 、自由の精神、通信の安全確保(communication  security)およびオンライン上の技術革新などが、このような規制の試みの 中核部分において保持されることです。国会がこのような試みに関して公開の討論を行うことは重要であり、かつ、法律がプライバシーの権利や表現の自由を保護するさまざまな基準を 尊重することが重要です。法律は、国家による通信に対する監視が、最も例外的な状況の下においてのみ、かつ、独立の司法機関の監督の下でのみ行われるということを明記しなければなりません。とりわけ、法律は、いかなる電子的な又はディジタルの監視であっても、少数派集団を標的にしたり、監視したりするなどの差別的運用が行われないことを確保する基本原則に忠実であるべきです。」

警察に対し、これだけ広いフリーハンドの捜査権限の拡大を与えることが、市民のプライバシーにどのような影響をもたらすかについて、法制審議会部会では、ほとんど審議されていま せん。警察を監視する機関は公安委員会という建前となっていますが、警察行政の飾り物のようになっており、存在しないも同然です。たった数%の可視化の実現と引き換えに、盗聴法の 大改悪と司法取引までが導入されようとしています。これではえん罪の防止どころか、いままで以上にえん罪事件を生み出す可能性があります。

2 日弁連の不可解な対応

市民のプライバシーの危機をもたらす盗聴法の大幅拡大の動きに対して、先頭に立って反対に立ち上がらなければならないのは日弁連です。これまでの日弁連であれば、対策本部が立ち上げられ、全国で反対のための活動に立ち上がっていたはずです。

2013年の秘密保護法については、日弁連は対策本部を立ち上げ、今も秘密保護法廃止の ための活動に取り組んでいます。参院選後の秋の臨時国会に提案されようとしている共謀罪についても、日弁連は対策本部を立ち上げ、反対のための活動に取り組んでいます。しかし、日弁連は、2015年3月18日に公表された会長声明において、「通信傍受については、通信傍受が通信の秘密を侵害し、ひいては個人のプライバシーを侵害する捜査手法であることから、人権侵害や制度の濫用について危惧の念を禁じ得ない。当連合会としては、補充性・組織性の要件が厳格に解釈運用されているかどうかを厳しく注視し、 必要に応じ、第三者機関設置などの制度提案も検討する。」としつつ、全体として、「当連合会は、改革が一歩前進したことを評価し、改正法案が速やかに成立することを強く希望する。」として、この法案に反対しないことを表明しました。ここでの重大な価値判断として、法案の提案する可視化がえん罪防止のために役立つという認識が前提となり、それと引き替えであるから人権侵害の危惧がぬぐえない制度に反対しないという価値判断が示されているのです。私がこの原稿の第3・4で指摘したいことは、このような日弁連の政治的判断の根本となる事実認識に誤認があるのではないかと言うことです。

3 弁護士会の活動の価値判断の基軸はあくまで人権擁護に置かれるべき

そもそも、私はこのような政治的な判断を日弁連が行ったこと自体が批判されるべきだと考え、さまざまな場所で指摘してきました。 弁護士会は人権の擁護と社会正義の実現のために活動することを弁護士法第一条によって求められています。日弁連は、人権擁護のための組織であって、政治団体ではありません。可視化や国選弁護の拡大のために盗聴や司法取引などの人権侵害の危険性がある制度を容認するような政治的判断をするべき団体ではないのです。

そもそも弁護士会は、このような判断をするべき権限を市民から委ねられていないはずです。人権の擁護に役立つか、あるいは役立たないかだけを尺度として、答申の一部に賛成し、一部に反対するべきだったのです。しかし、今日私が言いたいことは、このような政治判断の基礎となる事実認識が誤っていたのではないかという点なのです。

第3  今市事件の衝撃 - 一部録画がえん罪を生み出した可能性がある -

1 殺人事件の取り調べも逮捕までは録画されず

栃木小1女児殺害事件とは、2005年12月に栃木県今市市に住む小学1年生の女児が行方不明となり、茨城県常陸大宮市の山林で刺殺体となって発見された事件です。今市事件の捜査には長い経緯があるようですが、今回の刑事事件につながる捜査としては、2014年1 月に勝又拓哉被疑者が別件である商標法違反で逮捕されたときから始まっています。ですから、今市事件の取調べの録画は、今回の法改正が議論されている過程でなされたものだといえます。

勝又拓哉被疑者が商標法違反で起訴された2014年2月18日午前の検事取調べで殺害をはじめて自白したと報道されていますが、この時の取調べは録画されていません。検事の取調べの録画は同日夕方から開始されたといいます。2014年2月18日検事取調べで最初に自白したとされる時から殺人容疑で再逮捕した6月3日までの三ヶ月半もの間、警察の取調べを受けたとされますが、この間の記録はないというのです。冒頭で述べたように、警察における取り調べの国際的なスタンダードは24-48時間です。殺人事件の取り調べを三ヶ月半もの間、別件での勾留を利用して殺人事件 を立件することなく継続するような捜査方法は、日本以外のどこの国でも絶対にあり得ない違法捜査であり、これが正されることもなく、有罪判決がなされたのです。

3月19日には、被告人は、「殺していないと言ったら平手打ちをされ、ひたいを壁にぶつけてけがをした」とビンタの暴力を受け、「殺してゴメンなさいと五〇回言わされた」ところや、「自白すれば刑が軽くなる、と言われた」と訴える場面についても、警察の取調べは録画されていないのです。 再逮捕から警察取調べの録画が開始され、6月19日から殺人を含めて全面自白している場面は録画されています。最初の別件逮捕から本件である殺人事件での起訴までの147日間のうち、取調べの録画が約80時間しかないとされています。長期間の取調べのかなりの部分が録画されていないのです。

2 録画の印象で決められた有罪

日弁連の説明では、裁判員対象である殺人事件については、全過程の録音録画がなされるはずの制度となっているはずなのに、そのようにはなっていなかったのです。そして深刻なことは、法務省はそのやり方が法案に照らしても間違っていないと言い張っていることです。

今市の事件は、裁判員裁判の法廷で、取調べの録画が、被告人の自白調書の任意性判断のための証拠と、信用性判断のための補助証拠として、弁護人も同意して採用され、7時間13分 にわたって再生されたということです。

弁護側が警察・検察による自白強要を主張する中で,5通の自白調書は裁判官のみの合議(裁判員法 6 条 2 項 2 号)によって任意性ありと判断され,証拠採用されました。4月8日 に言い渡された判決では、自白調書の信用性を認め、被告人に無期懲役刑が言渡されました。判決文によれば、「客観的事実のみからは被告人の犯人性を認定することはできない」と明 確に判示され、自白がなければ有罪認定できなかったことが示されています。そして、「自白は実際に体験しなければ語れない具体性に富んでいる」。「殺人について聞かれた時に激しく動揺したり、『気持ちの整理のための時間がほしい』と話したりする様子は、あらぬ疑いをかけられた者にしては極めて不自然だ。処罰の重さに対するおそれから、自白すべきかどうか逡巡、葛藤している様子もうかがえる」などとして自白供述の信用性が認められ、これが決定的な証拠となって有罪判決がされたのです。 判決後の記者会見で、裁判員たちは、「録音録画がなければ判断できなかった」と述べており(本年4月9日付日経新聞朝刊等)、取調べの録音録画で有罪の心証が取られていることは 明らかです。

第4  日弁連は法案をこのまま成立させてはならない

1 被告人の取り調べには録画の義務はないとする刑事局長答弁

今市の事件は別件逮捕・起訴による本件の自白強要だといえます。まず、法案でも、商標法違反のような裁判員裁判対象でない事件の場合には、録音録画(可視化)義務がありません。次に、起訴後本件である殺人の取り調べがなされた場合、録画の義務があるかどうかの点について、参議院法務委員会で林刑事局長は次のように答弁しています。

4月14日の参議院法務委員会で、林刑事局長は「別件起訴後、勾留されている被告人に対する対象事件取調べは義務対象外である」と答弁しました。つまり、非対象犯罪で勾留されている被疑者の公訴提起後の対象犯罪の取調べの録音録画は、法案では義務づけられていないとの見解を表明したものです。

4月21日の法務委員会でも委員の質問にあらためて明確に義務対象外と答弁してい ます。

「○三宅伸吾君

本法案成立後、可視化の義務対象外の罪で起訴されている被告人を可視化の義務対象の犯罪の嫌疑で取調べをする際には可視化は義務付けられないという趣旨の答弁があったかと思うんですが、そういう理解でまずよろしいですか。

○政府参考人(林眞琴君)

ただいまの御質問は、別件で起訴された被告人として勾留されている者、これについて の取調べということでお伺いしますが、その場合につきましては、今回の刑事訴訟法三百 一条の二第四項においては、逮捕若しくは勾留されている被疑者を取り調べるときと規定しておりますので、起訴後の勾留中の取調べ、これについては今回の取調べの録音・録画義務が課される範囲には入りません。」 としているのです。

林局長は、他の委員からの質問に対して、その理由として、第一に、法案の条文が「被 疑者」としていて、起訴後の「被告人」は含まれないとの文言解釈とともに、第二に、「起 訴後の勾留中の被告人に対しましても、起訴された事件以外の余罪につきまして取調べを 行うことはできると考えられます。もっとも、この場合には、この被告人に取調べ受忍義務が課されない点で、その法的性格は在宅の被疑者の取調べに近くて、被告人は取調べを受けること自体を拒否することができると考えられます。そのことから、本法案における録音・録画義務が課される取調べにつきましては、この刑事訴訟法三百一条の二第四項において逮捕若しくは勾留されている被疑者を取り調べるときと規定しているところでございます。したがいまして、こういった起訴後の取調べについては録音・録画義務の対象とはなりません。」と回答しています。

この答弁は、今回の栃木県警のやり方を、法案に照らして法務省として是認したものと言わざるを得ません。

2 日弁連が異なる解釈を示しても法案を変えなければ無力

日弁連を代表して参考人として、委員会に出席していた河津博史参考人は、4月19日の 法務委員会で、非対象犯罪で勾留されている被疑者の公訴提起後の対象犯罪の取調べの録音録画についても、「身体拘束」されている対象犯罪の「被疑者」として、法案では録音録画が義務づけられていると解釈すべきと述べました。

「○参考人(河津博史君)

私は、今回の法律案において、別件逮捕中に対象事件の取調べが行われたときは義務の 対象になるという趣旨の規定であると解すべきであると考えております。この法律案では、対象事件について逮捕若しくは勾留されている被疑者を第百九十八条第一項の規定により取り調べるときというふうに要件を規定しておりまして、その逮捕又は勾留されてい る罪名は問わず、例えば殺人事件であれば殺人事件の取調べをする限りは録音・録画義務があると読むのが自然であろうと考えております。四月十四日の法務委員会の速記録を拝見しまして、その中で、林局長から、被告人の取調べについては、被疑者の取調べ、被疑者を取り調べるときという規定になっているものですから、例外的に被告人を取り調べるときはその義務の対象にならないという趣旨の答弁がございました。これについては、確かに文言上は被疑者の取調べとなっていますから、被告人の取調べが全て録音・録画義務の対象になるということにはならないのかもしれま せん。ただし、今言及のございました今市事件のように、別件被告人勾留中に対象事件である殺人事件の取調べを行うときは、この条文の文言に照らすと録音・録画義務があると読むのが自然なのではないかと考えられます。

なぜならば、これはまさに対象事件である殺人事件について、別件被告人として勾留されている対象事件の被疑者として取り調べるときに当たると考えるのが通常の読み方であると思われるからです。」

確かに河津氏の言うようにされた解釈した方が良いことは言うまでもありません。しかし、政府当局の法案の解釈が違っていると言ってすませられる問題ではありません。このまま、法案が成立してしまえば、林答弁が立法者意思となってしまうのですから。

3 日弁連がこのまま法案成立を認めることは許されない

この期に及んで、現在の法案をそのまま成立させても良いという立場をとり続けることは、これまでの日弁連の立場、さらには日弁連の前記の政治的判断を前提にしても許されないはずです。

可視化の実現こそがえん罪の防止の決め手であり、代用監獄の廃止や弁護人の立ち会い、全 面的証拠開示の実現を脇に置いても実現すべきだとされ、そのためには人権の保障上問題の ある通信傍受の拡大や司法取引の問題についても目を瞑れと言い続けてきた人たちは、すく なくとも、法案第三百一条の二の4項に、条文を追加し、非対象犯罪で勾留されている被 疑者の公訴提起後になされる対象犯罪の取調べについても、同じく身体拘束下にあるもの として録音録画義務があることを明確にするための法改正を提起し、法務省と話し合って 実現を図るべきではないでしょうか。その責任をきちんと果たしていただきたいと思います。

このような重大な法解釈上の理解の齟齬が生じている事態のなかで、この法案を推進してきた日弁連は、このまま法案を成立させることは許されなくなっていると思います。 早急に、法案の修正要求を提起し、法務省や関係議員に対してはたらきかけ、その実現のために死にものぐるいで活動すべきではないでしょうか。

4 例外なき全過程可視化を貫け

日弁連は、部分可視化はダメで、全過程可視化を例外なく義務付ける必要があると述べ続けてきたはずです。是非その初心に戻って欲しいと思います。

全過程が可視化されていなければ、いかなる供述調書も証拠採用しないとする規定も法案 に盛り込むべきです。それこそが今市事件において極めて明確となった部分可視化の弊害を確実に防ぐ実効性のある措置だからです。

今市事件では一部録画が誤った司法判断を導いた可能性があります。政府法務省は、この実務を是認し、法案のもとでも、これを繰り返さないとは約束していないのです。

今市事件では、落とした決定的場面は録画せず、その後の取調べの穏当ではない場面は一 部録画され、弁護人に開示されました。決定的場面が欠落していれば、裁判所は、「取調べに違法はなく、取調官は恫喝、暴行、利益誘導などにならないように細心の注意を払っており、取調べ状況の録音録画等からも供述を強要されたとは認められない。自白供述には任意性が認められる」と判決しました。一部録画は違法捜査の抑制ではなく、違法捜査の隠ぺいにこそ役だったのです。

このようなやり方を改めるのではなく、逆に認めさせ、固定化しようとする法案を、このまま認めるのかどうか、人権擁護を目的とする日弁連の最後の良心が問われていると思います。

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