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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ第58回
「アフリカの野生生物の利用(5)〜ゾウ肉食と保全への覚醒」

2016年6月16日

目の前の象牙と象肉

1989年、いまから27年前のことである。ぼくがはじめてコンゴ共和国に行った時のことだ。ボマサ村のぼくの借りている家に、どやどやと人がやってきた。どうやらンドキ川東側(現在の国立公園側)でゾウ狩りをしてきたらしい。4-5頭殺したという。象牙が二本転がっている(写真224)。ぼくは目の前にその一対の牙を見る。ぼくを日本人と知っていたからであろうか、彼はそれをぼくに売りたがっていたようだ。ぼくはそのとき全く無反応だった。もちろん象牙を買う気は少しもなかった。そして通念としてゾウ猟と象牙が取引されることがよくないことは何となく知っていた。それ以上でもそれ以下でもなかった。ただ、当時のぼくは自分のゴリラの研究を続けたかった。ただそれだけだ。それでよいと思っていた。

写真224:1989年にボマサ村で見せられた一対の象牙©西原智昭

写真224:1989年にボマサ村で見せられた一対の象牙©西原智昭

次の数年の間、ぼくは2度ほど象肉も食べた。町の森林省のスタッフの家に招かれたときに出された肉。ぼくは象肉と知らず食べ始めた。食べながらそれが象肉だといわれ、それは許可されたものだと説明を受ける。そんなことがあるものかと疑念は抱くが、森林省の役人がいうのだからそれもありなのかと思ったに過ぎず、食べ続けた。別のある日、ボマサ村でも村長が象肉料理を提供してくれた。村でのごく普通な日常食の一つとしてである。ぼくとしてもその食事はただ毎日の食事の一コマでしかなかった。象肉の出所は不明だったが、悪い味でなかったと記憶している(写真225)。

当時、象牙、象肉、ゾウの密猟、象牙の違法取引、なにひとつぼくはわかっていなかった。

写真225:ゾウの死体からゾウ肉を切り取る地元住民©WCS Congo

写真225:ゾウの死体からゾウ肉を切り取る地元住民©WCS Congo

森のパトロール

目の前の象牙を見ても無反応、象肉をとくに疑いもなく食べていたころから5年の歳月が過ぎた。その5年間、ぼくは長期森の中に滞在し、主にゴリラの研究に終始していた。それが一段落し、コンゴ人若手研究者の研修プログラムを開始したことはすでに述べた(連載記事第44回から第46回)。それが将来のコンゴの熱帯林の保護に対して重要な意義があることは理解し始めていたし、現に研修は実行していた。さらに、少なくともすでに設立された国立公園は密猟者から守るべきだという考えから、ぼくは何度か対密猟者対策のパトロールにも参加した。

パトロールは主に国立公園の西部-コンゴ共和国と中央アフリカ共和国との国境地帯であった。これはグガというぼくの調査地が地理的に近かったためでもある。またこのころからWCSの共同研究員のような立場でもあったので、何らかの形で国立公園の保全に貢献したいと思っていたのも確かだ。国境地帯は地図上には線は引かれていても、実際には標識も何も存在しない国境をはさんで連続した森があるだけである。かねてより、この地図上の国境線を越えて中央アフリカ共和国側からハンターがやってきていた。それは狩猟云々の前に、明らかにコンゴ共和国への不法侵入という違法行為である。

パトロール(写真226)の目的はそうした違法行為を取り締まるものであった。WCSは地元の森林省などと協力しながらそれを継続的に行なっていた。実際GPSなどを使って国境に相当する場所に連続的にマークをつけた。もし中央アフリカ共和国からの密猟者に出会えば彼らをコンゴ共和国側から追い出す。場合によっては森林省スタッフの判断で逮捕し町まで連れて行く。またコンゴ共和国側の国立公園内にハンターのキャンプが見つかればそれを破壊し、そこにある物品を押収したり償却したりする。無論パトロール中動物を観察する機会があれば、それを記録する。

写真226:パトロール隊;正当防衛のために自動小銃を常に携行する©Domingos Dos-Santos

写真226:パトロール隊;正当防衛のために自動小銃を常に携行する©Domingos Dos-Santos

あるときのパトロールの最中、われわれは先住民のガイドが見つけた侵入者ルートへ入る。われわれはそのルートをたどっていく。そして侵入者キャンプを発見。ヤレヤレ、もう密猟者は発ったあとであった。われわれのキャンプ地への帰り道の途上、また別の侵入者キャンプを発見する。あやしげな手紙と、中央アフリカ共和国製の煙草の空き箱が見つかる。すべて回収した。手紙には、“…10日間フフ(主食であるキャッサバの粉)なし。銃弾不足。送ってくれ…”そういう内容が書かれていた。侵入者のコンゴ共和国側へ入った道をたどる。それは、数百m新しいゾウの通ったあとをたどっていた。密猟者の狙いはゾウだったようだ。

このときは密猟者には出会わなかった。仮に出会えば無理には接近をしない。なぜなら相手が狩猟中で発砲する可能性があるからだ。あるいは自己防衛のために、こちらに発砲してくるかもしれない。もし話し合えるチャンスがあれば国立公園と彼らの密猟行為について説明する。その上で、密猟者と密猟による捕獲物の取り扱いや処分は、コンゴ共和国の法律に基いて、通常パトロールに同行する森林省スタッフの判断に任せる。別のパトロール隊が入ったときは密猟者とはちあわせ、彼らが発砲してきたことも幾度かあった。パトロール隊は必要ならば応戦せざるを得なかったときもある。正当防衛のためだ。現実的に銃撃戦もある。その意味ではパトロールも命がけだ。

ぼくはそのとき混乱していた。線引のようにひかれた人為的な国境。そして人為的な国立公園の境界。狩猟という人間の活動。それを監視し取り締まるというこれまた人間の活動。しかし本来は動物にとっても植物にとってもそれらは何の意味もなさない。すべてわれわれ人間が勝手に決めている。しかし、無論何もせず指をくわえているわけにはいかない。どこかで何らかの線引きをしなければ動物も植物もまともに生きていけないという現実。野生生物を保全するための人間と人間との闘い。

保全の仕事は、相手は動物ではない。人間だ。それは間違いない。そのときから、そう確信し始める。単なる「動物好き」では務まらない所以である。

保全への覚醒

コンゴ人研修、パトロールを通じて、密猟や違法取引のことを少しずつ考えていく。おぼろげながら、国立公園保全という課題に対して為すべきことへの輪郭が見え隠れしてくる。そんな日々であった。

さらに、伐採による熱帯林への脅威も考えていかなくていけない。とくに昨今アジアの伐採企業がここアフリカ熱帯林まで進出している。コンゴ共和国の森でゾウが撃たれ、その象牙が売買される。一方で日本人は印章など象牙製品を使っている。おぼろげながら、ゾウの密猟が日本と関連しているのかもしれないと思い始める。日本への何らかのキャンペーンが必要では?それにはこうした現地での状況調査だけでなく、日本人に対する研修や教育普及も必要ではないのかとも思い始める。

そして、ぼくはマイク・フェイから強烈なことばを受けることになったのである(連載記事第42回))。現実的に深刻なゾウの密猟の問題。象牙取引。日本人の象牙利用。それを明確に意識していなかった日本人として自分自身の恥ずかしさ。ゾウの密猟が現実に起こっている現場に長くいるものとしては、その負い目は一層つらく感じ始める。

そんなとき、ぼくはマイクからある仕事を依頼される。

1996年末、ぼくは一時帰国の途につこうとしていた。そのとき突然マイクからいわれる。「われわれWCSに直接コンタクトしてきた日本のテレビ隊がもうすぐンドキの森を撮影に来るんだ。ぼくらは日本語しゃべれないから、是非協力してくれるよな」。もうぼくはすっかり「帰国モード」になっていたから少し戸惑った。しかしWCSに直接協力できるチャンスだし、日本語で現場を案内できるのはぼくをおいてほかにいないのは確かだと考えて、急遽首都からとんぼ返りで森に戻ったのである。そんなにあわてて帰国する理由もなかったのも事実だ。そしてぼくは、俳優の赤井英和氏を率いたテレビ隊を首都ブラザビルで、ボマサ基地で、そして森の中を案内しお世話をした。森のガイドや撮影に関してのサポート、荷物の運搬やそのための人夫の手配、食料やキャンプ装備の準備、現地での費用の計算なども引き受けた。

このときの経験は、現地での保全活動をさらに効果的にすることに対して、メディア利用を考え出すきっかけとはなった。とにかくテレビという映像を通じて、このアフリカ熱帯林の素顔をまずは日本人に見てもらいたい。それには視聴者がとっつきやすい動物の撮影だ。動物に出会うことはできても、それを撮影できるかどうかということ、さらによいコンディションで映像に収めることができるということはまた別問題だ。毎日ぼくはテレビチームを、自分が熟知している森に案内した。なるべく同行人数を最小限にするため(これは熱帯林の中で動物の撮影には必須の条件)に、ぼく自身が重いカメラ三脚を持ち歩いた(写真227)。

写真227:2001年テレビ隊と沼地の中を歩いていたときの筆者©NHK

写真227:2001年テレビ隊と沼地の中を歩いていたときの筆者©NHK

とくにチンパンジーの撮影はとくにたやすいものではなかった。そしてやっと見つけたチンパンジー(写真228)。同時にわれわれに容赦なく襲いかかってくるハリナシバチの群れ。そうそう簡単に動物の撮影ができるわけではないのに、結果的にはこの撮影チームは運がよくゾウ、ゴリラ、チンパンジー、ボンゴ、何種類ものサルなどンドキのメジャーな動物の撮影に――しかもかなりいいコンディションで――成功した。ぼくは番組を通じて、日本人にはあまりなじみのないアフリカ熱帯林の自然や動物のすばらしさを伝えてほしかった。

なにか特別なメッセージを伝えるにしても、まずはそこが出発点だ。そこを土台に、ムアジェの悲劇に代表されるようなマルミミゾウの密猟、それに伴う象牙違法取引、日本の象牙利用との連関を伝えていくことは可能なのかもしれないと思い始める。

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