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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ第59回
「アフリカの野生生物の利用(6)〜野生ゾウの頭数減少と人間による象牙利用」

2016年7月5日

この記事には残酷な殺され方をしたゾウの写真がありますので、ご注意ください。
NPJがこのような写真を掲載する趣旨については、こちらをご覧ください。

[この原稿は、「岩波科学 岩波書店 Aug. 2013 Vol. 83」での記事より一部転載・一部加筆修正したものです]

生息頭数の劇的な減少

コンゴ共和国北東部ヌアバレ・ンドキ国立公園とその周辺部と国境を接するカメルーン及び中央アフリカ共和国の保護区・国立公園・緩衝地域も含めた総面積およそ25,000km2の地域は、2012年7月に世界自然遺産に登録された(図1)。とりわけ、国立公園と保護区は人手のほとんど入っていない世界有数の原生熱帯林であり、アフリカ中央部熱帯林の中でも、健全な数の野生生物が生息する生物多様性の宝庫でもある。緩衝地域の多くは人口も少ない上に、そのほとんどが環境配慮型の伐採区であり、持続志向の計画的伐採がなされ、また野生生物への違法行為を取り締まるメカニズムが設立されている。

しかしながら、アフリカ中央部全体の地域において、昨今、象牙目的のマルミミゾウの密猟は増加している。とりわけ、アフリカ熱帯林の最大面積を有するが、人口や熱帯林開発業も多く、内戦の影響が著しいコンゴ民主共和国ではその傾向は著しい。2013年に筆者の属するWCSの研究者を中心に発表された論文では、アフリカ中央部熱帯林地域全体で、ここ10年で60%以上のマルミミゾウの棲息数が減少したという調査結果が示された[文献1]。今や辛うじて相当の頭数を保持しているのは、コンゴ共和国北東部とそれに隣接するガボンのいくつかの地域のみである(図2)。世界自然遺産地域に指定され、よりよく保全されてきたヌアバレ・ンドキ国立公園とその周辺部ですら、密猟によりここ5年で10,000頭から5,000頭に減少したほど、危機的な状況にある。この減少速度を単純にあてはめると、計算上では、あと5年で絶滅しかねないといえる。

図2:糞のカウントに基づいたマルミミゾウの生息分布図;緑色が濃い地域ほど生息密度が高い(F. Maisels et al. 2013より転載)

図2:糞のカウントに基づいたマルミミゾウの生息分布図;緑色が濃い地域ほど生息密度が高い(F. Maisels et al. 2013より転載)

象牙とは何か?

象牙はゾウやその祖先種の門歯が発達したものである[文献2]。われわれ人間の歯にそれを支持するため歯槽骨(歯茎)に挟まっている部分があるように、象牙も頭部下部に深く入り込んでいる(写真229)。この理由のため、われわれが歯を抜くこと以上に、生きているゾウから象牙を採取するのは困難である。人間が抜歯をするときのようにゾウに麻酔をかければ象牙を抜き取ることは可能であるが、象牙の体内に含まれる部分が長いため大がかりな作業になる。それに象牙を求める密猟者には麻酔法を取るほどの資金がない。そこで手っ取り早いのがゾウを殺害することである。そのうえで、斧やのこぎり、山刀を駆使して、象牙を抜き取るのである(写真230)。それゆえ事実上、「ゾウを殺さなければ象牙は取れない」のである。

写真229:コンゴ共和国北東部で実際に死んだマルミミゾウから抜かれた象牙。象牙が歯茎に挟まっていた部分には血痕がついている©西原智昭

写真229:コンゴ共和国北東部で実際に死んだマルミミゾウから抜かれた象牙。象牙が歯茎に挟まっていた部分には血痕がついている©西原智昭

写真230:コンゴ共和国で密猟されたマルミミゾウ。象牙を抜くために頭から先が切り取られている©WCS Congo

写真230:コンゴ共和国で密猟されたマルミミゾウ。象牙を抜くために頭から先が切り取られている©WCS Congo

人類は、なぜ、どのように象牙を利用してきたか

色、美しさ、気品の高さ、彫りやすさ、適度な重さ、耐久性などの理由から、象牙は古くから人間によって利用されてきた。人類による最初の象牙利用は、数万年前にもさかのぼり、石器時代の洞窟などから、マンモスの象牙を使って作られた彫像や装飾品などが発見されている。ただ、そのころの象牙使用はおおむね、宗教または美術品としての用途にとどまり、利用する社会層も限られていたと考えられている[文献3]。

象牙の消費量が急激に拡大してきたのは、16世紀に始まった奴隷貿易時代以降である。アフリカに進出したヨーロッパ勢は、黒人奴隷の売買と同時に、「緑の宝石」「白い黄金」と呼ばれた象牙の輸出を行なった。ゾウが象牙のみを目的として殺されるようになったのはこのころからだ。18世紀のヨーロッパでは置物のみならず、小刀の柄、化粧道具、嗅ぎ煙草入れ、角笛など、日用品に象牙が使用された。植民地時代の19世紀後半には象牙の需要はあらたなピークに達し、産業革命後、1900年前後の欧米では、パイプや櫛、ビリヤードの玉、ピアノの鍵盤などに象牙が利用された。

そしてその後、1960年以降、象牙に殺到したのは、中国と香港、それに日本であった。日本が象牙最大消費国の一つとなったのは第二次世界大戦以降で、印章や三味線の撥、根付、彫像、箸などの象牙製品が大衆に広まった。日本の需要の特色は、宗教的な理由とは無関係に主に実用品に象牙が利用された点、日本の象牙業者がハード材とよぶマルミミゾウの象牙が多い点である。他国には、象牙の素材の質を選ぶ傾向はみられていない。日本の象牙利用については、別項の連載記事で詳しく述べたい。

象牙取引を取り締まる強硬な処置がないまま、1979年に130万頭はいたと推定されるアフリカゾウは密猟のため1989年には半減した。それを受けて1989年には、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)により象牙の国際取引が全面禁止に至ったのである。

しかしながら、1989年の象牙の国際取引禁止以来、その違法取引は増加傾向にある。特に2011年は全世界における違法象牙の押収量が最大の年であった。

中国は昨今の経済成長に伴い、多くの富裕層が高価な象牙美術品を買い集めている[文献4]。アフリカに数多く進出している中国人による象牙の違法入手も問題である。また、中国やマレーシアなどでは、象牙製の仏像・観音像やお守り等の宗教関連品が大規模に流通するようになっている。タイではゾウは神聖な動物とされている(写真231、232)ため、従来は、殺されたゾウの象牙ではなく、家畜象の象牙や年老いて自然死したゾウの象牙を素材として仏像に彫刻してこそ一層の価値があると考えられてきた[文献5]。しかし密輸業者はそこに、アフリカ産の違法象牙を混在させてきたのである。

写真232:タイの小さなローカルレストランで見られた象の置物付きの祭壇;仏教に基づいたタイでは普通に見られる光景である©西原智昭

写真232:タイの小さなローカルレストランで見られた象の置物付きの祭壇;仏教に基づいたタイでは普通に見られる光景である©西原智昭

参考文献
1-F. Maisels et al.: Devastating Decline of Forest Elephants in Central Africa. PLoS ONE, 8, 1–13 (2013).
2-小原秀雄:‘ゾウの歩んできた道’、岩波ジュニア新書(2002)
3-ロベール・ドロール「象の物語 神話から現代まで」長谷川明・池田啓訳,創元社,1993
4-E. Martin & L. Vigne : The ivory dynasty: a report on the soaring demand for elephant and mammoth ivory in southern China. London: Elephant Family, Aspinall Foundation, Columbus Zoo and Aquarium(2011)
5-桜田育夫:‘タイの象’、めこん(1994)

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