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“たいまつ”の灯を守る責任

寄稿:飯室勝彦

2016年8月24日

反戦平和を願う言論活動に渾身の力を振り絞ってきたジャーナリスト、むのたけじ (本名・武野武治)さんが101歳の生涯を閉じた。あの無謀な戦争と、その後の日本を見守り、警鐘を鳴らし続けた反骨のジャーナリストだった。

むのさんは日本が戦争に負けることが決まった1945年8月15日、自らの戦争責任をとりたいと朝日新聞社を辞めた。インドネシア上陸作戦の従軍報告など記者として戦時中に携わった報道活動を振り返り、「戦争の責任は軍人だけにあるのではない、真実を国民に伝えず、戦意を煽ったジャーナリストにもある」と考えたからだった。

退社後は郷里の秋田県横手市で新聞「たいまつ」を創刊し、社会の矛盾に切り込んだ。78年1月の780号で休刊した後も執筆や講演で戦争の愚かさ、平和の尊さを説き続けた。日本が再び戦争に向かおうとしていることに黙っていられなかったのだ。

最近では特定秘密保護法、安全保障関連法、憲法改定正問題などでも安倍政治の危うさを指摘していた。

戦前戦中の経験に照らして「日本のいま」を検証できる貴重な生き証人だった。

自分が直接経験し、あるいは目撃、見聞した戦時中のジャーナリズムの実情から、むのさんはジャーナリズムの自立、独立を後輩に訴え続けた。

「記事を強圧的に削られたり、検閲官が社内を跋扈していたなどということはない。軍にあからさまに迎合する記者はごく一部だった。それでも戦争や軍に批判的な報道はなかった。組織としての新聞社だけでなく個々の記者までもが権力と問題を起こさないように自己検閲、自己規制して、国民に真実を伝えず、権力の暴走をチェックできず大本営発表を無批判に報じていた」――むのさんがたびたび話したり書いたりしてきた当時の新聞、ラジオの実情である。

国会における安定多数の議席を背景にした、安倍政権と自民党による報道への公式非公式の度重なる圧力と恫喝、それを毅然たる姿勢で跳ね返すことのできないメディアの現状に「歴史は繰り返す」と不安を覚える人は多い。それを杞憂と言い切れるだろうか。

戦争は「起きる」のではない。権力を握る者が「起こす」のである。まして突然、起きることはない。戦争に先立って自由なメディアに対する権力の攻撃、統制が始まり異論が封じられる。やがてメディアは自由を放棄した口実をあれこれ並べて自律を装うようになるのである。

戦争を始めたのは陸軍だが、惰性に流され、それを止められなかった国民、新聞にも責任はある-という反省からむのさんがともした“たいまつ”の灯を絶やさないよう、権力に抗い、権力と問題を起こす勇気を持ち続けなければならない。

晩年、むのさんは、いまや人口の80%を超える戦後生まれの人たちに希望を託していた。公の場での最後の発言となった今年5月の憲法集会では若者を前に率直に反省し、憲法第9条の大切さを語った。

「私はジャーナリストとして戦争を国内でも海外でも経験した。相手を殺さなければこちらが殺される。本能に導かれるように道徳観が崩れる。女性に乱暴し、証拠を消すため放火する。これが戦場で闘う兵士の姿だ。こういう戦争で社会の正義や人間の幸福が実現できるだろうか」

「戦争は決して許されない。それを私たち古い世代は許してしまった。新聞の仕事に携わり、真実を国民に伝えて道を正すべき人間が何百人いても何もできなかった。戦争を始めてしまったら止めようがない」

そして「ぶざまな戦争をやって残ったのが憲法第9条。これこそが人類に希望をもたらす。70年間、国民の誰も戦死させず、他国民の誰も戦死させなかった。これが古い世代にできた精いっぱいのことだ。道は間違っていない」と9条護持を訴えた。

7月の参院選で改憲勢力の議席が3分の2を超えたことが示すように、情勢は楽観を許さない。この厳しい現実を乗り越えることを若者に託して、むのさんは憲法集会での発言をこう結んで逝った。

「(憲法第9条は)必ず実現する。この会場には若いエネルギーが燃え上がっている。至る所に女性たちが立ち上がっている。新しい歴史が大地から動き始めた。戦争を殺さなければ、現代の人類は死ぬ資格がない。この覚悟をもってとことん頑張ろう」(集会での発言は要旨)

戦後71年、むのさんが伝えてきた戦場の現実をリアルに受け止められる人は少なくなっている。しかし、ともすれば一色になり炎上しがちな日本社会の傾向は戦争中の空気と断絶しているとはとうてい言い切れない。

「たいまつ」が示してきた、事実を冷静、客観的に観察し、権力を常に疑い、その誤りに断固として抵抗することがますます重要になっている。

「古い世代」のむのさんが「精いっぱいのこと」と謙遜した憲法第9条、その効果としての「戦死者ゼロ」を守り続けるのは平和を享受してきた者の責任である。

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