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テロ対策を名目とする共謀罪法案に反対する!
-国連組織犯罪防止条約批准のためには共謀罪法制は必要不可欠ではない-

寄稿:海渡雄一(弁護士)

2016年8月31日

この記事は「秘密保護法対策弁護団」のホームページに掲載されたレジュメの短縮版です。
オリジナルをご覧になりたい方は、こちらからご覧ください。

2015年11月13日の夜、フランスのパリでスポーツスタジアム、コンサートが行われていた劇場、カフェなど、多くの人が集まる場所を次々に襲撃し、銃で殺害するという残酷なテロ事件が発生した。この事件を受けて11月17日から自民党の副総裁・幹事長・国家公安委員長らが、国内テロ対策の一環として、共謀罪を創設する法案の早期提出を示唆した。

その後、官房長官・ 副長官や法務大臣から、法案提出を検討はしているが、通常国会への提案については慎重な発言がなされてきた。

ところが、2016年8月26日、朝日新聞が、廃案となった「共謀罪」について、適用の対象を絞り、構成要件を加えるなどした新たな法改正案をまとめた。2020年の東京五輪やテロ対策を前面に出す形で、罪名を「テロ等組織犯罪準備罪」に変える。9月に召集される臨時国会での提出を検討している。」と報じられた。

この記事に書かれているような形で、法案が再提出されるとすると、そこには次のような問題があると考えられる。

まず、この法案はもともとの政府案からみれば、組織犯罪集団の関与と、準備行為が要件とされた点で修正されたとしているが、2006/7年に政府与党が検討していた修正案よりもむしろ後退している。

すなわち、自民党はいわゆる小委員会案では対象犯罪を約140にまで絞り込んでいた。しかし、伝えられる提案では、もともとの政府案と同様の600以上の共謀罪を作ることとしている。

また、自民党は2006年6月1日に、当時の細田博之国対委員長が当時の民主党修正案を丸呑みすることを提案した。この民主党修正案では対象犯罪を限定し、組織犯罪集団の関与をより明確化し、また犯罪の予備行為を要件としただけでなく、対象犯罪の越境性(国境を越えて実行される性格)を必要としていた。

そもそも、この丸呑み騒ぎの後、当時の民主党と日弁連は、ともに越境組織犯罪条約の批准のためには、重大組織犯罪の未遂以前の段階の処罰を可能とする法制度が整っていればよいと考え、現在のままの法制度でも条約の批准には支障はなく、かりに足りない制度があるとしても、時用役を一部留保することも可能だという意見を述べてきた。

このような観点から見ると、政府が再提出しようとしている法案には新味はなく、2006/7年段階の自民党提案からも大幅に後退している。

さらに、組織犯罪条約は経済的な組織犯罪を対象とする条約であり、テロ対策とは無関係で共謀罪法案をテロ対策の名目で提案することは従来の政府の説明とも矛盾している。

よって、このような政府提案を認めることは到底できない。

共謀罪問題の本質は、ある条約を批准するために、どこまで国内法を事前に改訂する必要があるのかという点にある。

日本政府は、人権条約に関しては、明らかに条約に反する国内の制度があっても、平気で批准してきた。これは、ある意味では正しい方向性である。少なくとも、批准しないよりはいい。条約を批准してから、世界の動向も眺めながら、法制度の整備をしても良いのだ。何度も改善を勧告されても、全く対応しないのは考え物だが、そのようなやり方は一般的には認められているのである。

ところが、越境組織犯罪条約については、日本政府は異常なほど律儀に条約の文言を墨守して、国内法化をし ようとした。むしろ、一部の法務警察官僚は、批准を機に過去になかったような処罰範囲の拡大の好機ととらえた節がある。もしかすると、アメリカ政府との間で、アメリカ並みの共謀罪を作るという合意があったのかもしれない。

しかし、世界各国の状況を見る限り、日本の政府案のような極端な立法をした国はほとんど見つけられない。そもそもこの条約は各国の法体系に沿って国内法化されればよいのである。

日弁連が、起草途中の越境組織犯罪防止条約の問題に関わって、17年の歳月が流れている。私が日弁連の事務総長、平岡氏が法務大臣となった2011年の秋、私たちは、積年の共謀罪問題の決着を図ろうとした。日弁連が提案し、民主党が採ろうとした方向 性こそ、条約の批准をめざすための一番の近道であると考えたからだ。一度は、法務省幹部はこのような解決の方向を探ろうとした形跡がある。しかし、外務省は動かず、平岡大臣の辞任と民主党政権の崩壊によって、このような方向での解決は実現しなかった。

私は、今年の3月に札幌弁護士会で行われた共謀罪の学習会のためのレジュメの末尾に次のように書いた。

「政府の側の顔ぶれも大幅に変わった。官僚にとって、過去に先輩が敷いたレールを引き直すのは容易なことではないのかもしれない。しかし、ことは日本の国の刑事司法の根幹に触れ、人々の法執行機関への信頼を傷つけるかもしれない問題なのだ。共謀罪の一般化は我が国の法体系にそぐわないと、一度は法 務省も考えたのではなかったか。だとすれば、そのような方向で解決策を考え直すべきではないか。

法務省や外務省の中にも、柔軟で現実的なアプローチを考えておられる方がいるのではないか。共謀罪問題に、法的、政治的な決着を付けるために、今一度知恵を絞り合う必要があるだろう。そして、このような知恵が働かず、政府案と同工異曲の新提案が出てくるとすれば、私たちは、全力を尽くしてこれと闘い、刑事司法を破壊し人権侵害を引き起こす共謀罪の新設を食い止めなければならない。」

残念ながら、政府側には柔軟で現実的なアプローチをまとめられる人はいなかったようである。今回の政府案は、まさに同工異曲の新提案である。残念なことではあるが、 私たちは、全力を尽くしてこれと闘い、刑事司法を破壊し人権侵害を引き起こす共謀罪の新設を食い止めなければならない。

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