【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照
一水四見 アメリカ大統領選とユダヤ系アメリカ人
「文明とは、ほんのひとにぎりの人間の意思によって支えられた、薄くて頼りない外皮のようなものであり、しかも巧みに悪知恵を働かせて守っている慣行や慣習によってのみ維持されうるにすぎない。
生活の秩序のために先人たちが果たした並々ならぬ成果を尊重することなど、われわれには思いもよらなかった。」(M・ケインズ)(1)
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ヒラリー・クリントンかドナルド・トランプかで、デッドヒートの大統領選挙運動が繰り広げられた。
その結果が11月8日に決着した。
トランプ氏が勝った。
両陣営とも、凄まじい額の選挙費用をかき集め、消費した。
10月19日現在の集金額は、クリントン側1430億円 ($1.3B;$1=¥110換算)、トランプ側874億5000万円 ($795M)だ。
その選挙資金を、クリントン側は93%、トランプ側は96%を使った。(2)
この大統領選は、アメリカ国民が総出で参加する、巨大な軍産複合体を抱える移民国家の内部での、壮絶な権力とマネーをめぐるゲームである。
開票と集計にあたって、両陣営にかかわる様々な国内外に関わる疑惑を指摘する論評もあり、両陣営のゲームは出来レースであるという極端な想定をする論評もあるようだ。現在では明らかにされていない様々な事実もやがて開示されてくることだろう。
それに比べれば国家体制が違うというものの、東アジアの中国指導部内での権力闘争などは、コップの中の嵐のようだ。
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今回の大統領選挙では、アメリカ社会の様々な問題点が改めて顕著な形で浮き彫りにされた。
『超富裕層の人々が、公的機関である国家の中枢部に金で影響をあたえている現実がある。』
この実体は、インターネットによって近年ますます顕著になってきており、国籍を超えて世界中の無名の人々に共有された認識となっているようだ。
『マスコミの化粧が剥げて、その素顔がますます明らかになってきた。』
マスコミなる情報空間(大新聞や地上波のテレビ)が、金融主導の資本体制に密着した情報産業であることも、インターネットによって世界中の人々の共通認識をなってきているようだ。
この状況は後戻りができないだろうが、マスコミである限り、一定の有益な機能もあり、今後も一定の影響力を世論と世情の形成に与えることは変わらないだろう。
しかし、マスコミが事実を伝えていないということではなく、独立したジャーナリストでは接触できない重要な事実を明らかにしていることも認めなければならない。
『移民国家アメリカが抱える民族と宗教に根ざす諸問題が、建国以来、依然として解決できてはいないことが顕著になった。』
イスラム教が加わってWASPという枠組みの解体がさらに進み、アメリカの宗教事情は、いっそう複雑になるだろう。
そして、ネイティブ・アメリカンの人々とアフリカ系の人々の問題に加えて、特に今回の大統領選挙ではユダヤ系アメリカ人の存在がアメリカ人以外の人々にも顕著に認識されるようになったようだ。
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軍産複合体と金融主導の経済思想が支配している現在のアメリカにおいて、戦略家のキッシンジャー、新自由主義経済のフリードマン、投機家のジョージ・ソロス、今回の大統領選の予備選挙でヒラリー・クリントンに敗れたバーニー・サンダース、世界とアメリカの様々な問題を鋭い視角から批判するチョムスキーやエミー・グッドマンなど、すべてユダヤ系アメリカ人たちだ。
グーグル設立者のローレンス・エドワード・ペイジとセルゲイ・ブリンもユダヤ系だ。
最近出版された『中国4.0 爆発する中華帝国』の著者である戦略家のエドワード・ルトワックもルーマニア生れのユダヤ系である。
大統領選挙に勝利したドナルド・トランプの娘イヴァンカは、「ニューヨーク・オブザーバー」紙の所有者ユダヤ系のジャレッド・クシュナーと結婚しており、ユダヤ教徒となっている。
トランプの支持にまわっていたイスラエル寄りの強力な人物、リゾートホテルを経営するカジノ王のシェルドン・アデルソンもユダヤ系だ。
ヒラリー・クリントン側についていうと、 投機家ジョージ・ソロスや映画監督のスピルバーグが、 ヒラリー側に与していたようだ。(3)
あるヒラリー応援のパーティーには、元ビートルズのポール・マッカートニーやジミー・バフェットらの著名人らが参加していた。
ヒラリーは「私は、みなさんと世界破滅(apocalypse) との瀬戸際に立っているのよ」と言って会場を沸かせた。
ヒラリーはダンスに興じ、パーティーの締めくくりには、参加者とヘイ・ジュードを合唱した。
「みんな、金のあるところに群がってゆくのさ」
このパーティーを取材した記者は、ある民主党員の言葉を引用した。(4)
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ウォール街の支持を得ていたヒラリー・クリントンを応援していたのが、今日にいたるまで金融の世界史において中核的位置を占めているとされるロスチャイルド家である。
選挙戦最中のあるパーティーでは、「エコノミスト」誌の社長も務めたイギリスの銀行家エベリン・ド・ロスチャイルドの妻リン・フォレスター・ド・ロスチャイルドが、ヒラリーのために参加者1名につき$100,000の資金集めのパーティーを開いていた。(5)
今回の大統領選では、民主・共和の両陣営のそれぞれにおいて、潤沢な資金と情報を握るユダヤ系の人物たちが活動している絵柄が、これまで以上に鮮明に浮かび上がってきた。
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ユダヤ的情念とはなにか?
仏教的縁起論において鑑みれば、それは、神(God)という究極的抽象観念に裏付けられて、一定の目標を具体的な歴史的現実に適応させようとする粘着性の思考である、といえる。
そして、その粘着性の思考とは、普遍的人類の情念の流れの中に生み出された パレスチナの土地で発生した歴史的縁起の所産である。
アウシュビッツにおける被害者としてのユダヤ人たちと、世界の情報と金融を先導しているエリートのユダヤ人たちとに共有された情念があるとすれば、それは人類の歴史的情念の凝集された一面であり、その副次的変相としてキリスト教とイスラム教が歴史的に発達してきたようにみえる。
しかし、「ユダヤ人」が世界史の情念の頂上にあって世界を支配しようとしていると考えるのは垂直的妄想に過ぎない。
水平的縁起思考においては、世界人口の99.8%の非ユダヤ人を想定しなければ、0.2 %のユダヤ人としての特異性は歴史的に存在しえない。
つまり圧倒的大多数の非ユダヤ系の情念の内部に凝集されているのが、ユダヤ的情念である。
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アメリカ大統領選挙という権力とマネーの争奪劇の表舞台で、はじめはヒラリーが主演をしていたが、千秋楽では、トランプが主役となって、それぞれが舞台裏に消えて行った。
大統領選の舞台は解体されて、これからは本番の実践が劇場外で展開することになる。
新大統領と彼を囲むユダヤ系の人々は、どのような劇を展開するのだろうか。
ユダヤ系アメリカ人は、そのほとんどが旧ソ連圏諸国出身の出自を持つ、過酷な歴史体験を背負っている人々である。
これからは、新たな一神教内の情念の衝突が引き起こされるもしれない。
彼らは、新中華帝国の夢を掲げる中華人民共和国といかなる文明史的な対峙をすることになるのか。
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「アメリカ大統領選とユダヤ系アメリカ人」と題して管見を述べたが、現在の問題の本質はユダヤ系アメリカ人にあるのではない。
冒頭にかかげたケインズの回顧録にある彼の自省が暗示していることである。
問題は、大衆の感覚とは遊離した、思想やら様々な理論構築を弄ぶ近代西欧の知識人の、ある種の享楽志向と偽善性である。
この「享楽志向」とは、イギリスを中心とした近代西欧知識人たちの、学問的、職業的立場と同時に、私生活上での秘密結社を好むエリート意識にもとづくものだ。
それが、戦略とか金融とかの名の下に、アメリカという限りなく自由を許容する国家で肥大化していることだ。
これに対する批判の感覚は、大英帝国の植民地政策を批判し、現在の世界状況を予見していた『1984年』の著者ジョージ・オーウェルや、ケインズという人物自体へ告発的な嫌悪を示した D.H. ロレンスらが共有するものだ。
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このような世界史の大変動の中にあって、日本において、国政に関わる政治家や政治学者たちは、未だに日本村の地方政治の意識ではないのか。
世界史的視野の下に、 地政学的に東アジアに位置する日本の文明的意義と価値を、日本の古代史から見つめ直す必要があるのではないか。
(1)W・カール・ビブン(齊藤精一郎訳)『誰がケインズを殺したか』1990。
(2)The Washington Post: How much money is behind each campaign? ; By Anu Narayanswamy, Darla Cameron and Matea Gold. Last updated Oct. 28.
(3)The 4th Media:Turkey Coup Arrests Bury the Soros-Clinton Migrant Crisis;Yoichi Shimatsu, Wednesday, July 27, 2016.
(4) The New York Times; Where Has Hillary Clinton Been? Ask the Ultrarich; By AMY CHOZICK and JONATHAN MARTIN ; SEPT. 3, 2016. “It’s the old adage, you go to where the money is,” said Jay S. Jacobs, a prominent New York Democrat.
(5)THE GLOBAL ELITE: Providing even more proof that she is simply a puppet for the ruling oligarchy, on Thursday, Hillary Clinton attended a $100,000-a-head fundraiser hosted by none other than Lynn Forester de Rothschild, a prominent New York businesswoman, wife of Sir Evelyn Robert de Rothschild of the Rothschild banking dynasty and supporter of Mrs.
Clinton; 15 May, 2016.
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