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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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第69回「森の先住民、森林開発業と生物多様性保全の是非(その1)」

2016年12月22日

<この記事は、「アフリカ潜在力 第5巻 自然は誰のものか 住民参加型保全の逆説を乗り超える」(京大出版2016年4月 シリーズ総編者 大田至、編者 山越言、目黒紀夫、佐藤哲)に掲載された拙小論文第2章 『森の先住民、マルミミゾウ、そして経済発展と生物多様性保全の是非の現状』より転載一部加筆修正したものである>

▼森の先住民のつぶやき

 先住民が「ラジカセをほしい」とつぶやき始めた事情は、連載記事第23回で紹介した。定住化と貨幣経済の浸透の中で、ぼくがコンゴ共和国に来始めてから25年以上経ったいま、森の先住民は当時以上の辛酸をなめている。生きていくには現金が必要なのだ。かつてのように、森の中で狩猟採集しその産物で自給自足するという時代ではない。あるいはその産物を農耕民のバンツーと物々交換だけしていればいいということももはや稀である。したがって多くの先住民は日々暮らしていくために、その日に必要な金銭を稼ぐしかない。

 森の中に縦横無尽に開かれた木材搬出路の上を、炎天下の中、長距離を歩き、辛うじて残っている村近郊の森に入り、売ることのできる植物やキノコなどを採集する。日によっては往復の距離は三十キロメートルにも及ぶ(写真268)。伐採会社の基地がそれまで原生林であった森の中にできると、時には何十キロメートルと歩き先住民がそこを取り囲むように移住してくる。伐採会社のスタッフである農耕民バンツーから依頼があるブッシュミート目的の狩猟に携わり、狩猟してきた獣肉と交換で現金を得る。今ではそうした狩猟でさえ、村や伐採基地から往復で三十キロメートル歩かないと獲れない場合が多い。場合によっては、ゾウやゴリラなどいった保護種を目的とした違法狩猟にも関わらざるを得ない。

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写真268:伐採道路を歩き近隣の森に採集に向かう先住民©西原智昭

 定期的収入を得られるような先住民はごくわずかでしかない。しかし伐採会社あるいは国立公園のスタッフとして辛うじて就職できた給与所得者がひとりでも先住民コミュニティの中にいれば、彼らの社会の平等原理に従い、その給与という現金はその持たざる者との間で共有される。多くの場合、それは酒に消費される。それが高じ、先住民同士での暴力沙汰が絶えない。彼らの伝統的踊りである「ジェンギ」が始まる場合も同様で、最近では踊りに警察が介入し、踊りの前に事前申告をさせ、かつお金を納めないと踊りをさせないという事例も出ている。毎回のごとく、踊りに伴う酒が原因で起こる先住民同士の暴力事件で、警察が夜中にたたき起こされ、警察もそれがかなわないからだという。それほど貨幣経済は、先住民の間で、社会問題、精神の荒廃をもたらし始めている。

 それだけではない。元来、先住民が依拠してきたところの熱帯林の多くが喪失している。熱帯材を目的とした熱帯林伐採業のためである。これまでの様々な伐採会社が試みてきた多くの実験で示されてきたように、この地域の熱帯林での植林はほぼ不可能なため、原生の森を切り崩していくしかない(筆者註:本文では「原生林」ということばは、人間の手が全く入っていない森だけでなく、移動生活をベースとした先住民による従来の小規模生業のために利用されていた森も含む)。それにともない、原生林に生息していた野生動物の数も大幅に消失している。「俺たちの森がなくなっている」「もう動物もいない」と、先住民はつぶやき嘆く。伐採会社の中には、先住民の墓地のあった場所をも開発しようとすることもある。先住民を説き伏せようと、伐採会社は現金を積む。貨幣経済で精神の荒廃した先住民の多くはその申し出を承諾しようとする。しかし中には、「お金ではない」と抗するごく少数の先住民もいる。

 こうした事例のように、先住民の中にも、自らのアイデンティティそして依拠すべき熱帯林や野生動物の存在の喪失に何とか抗しようとする動きはないわけではない。しかし、そのほとんどすべてが、個人的な「つぶやき」にとどまり、先住民全体としてのボイスになっていないのが現状である。これは平等主義という彼らの社会の特質であるがゆえに、彼らを先導するリーダーの存在が生まれにくい土壌によるのかもしれない。そのため、彼らの日常生活全体は、定住生活と貨幣経済の波に、余儀なく流されるままに流されているのが現状である。

▼森と野生生物がなくなる~熱帯林伐採業

 近年、アフリカ中央部でも人口が爆発的に増え、家畜のような代替タンパク源がほとんど存在していない状況で、より多くのタンパク源が必要とされてきている。また、地方から大きな都市に集まった人々が、自分の生まれ育った故郷でのブッシュミートをほしがるようになり、それが大規模なブッシュミート・ビジネスを引き起こした。しかし、従来森で多数の野生動物を一度に殺害し、またその大量のブッシュミートを運び出すことはこれまで不可能であった。森の中は、基本的には徒歩でしか移動できなかったためである。

 ところが、その森の中での移動を容易にさせる出来事が生じた。熱帯材の木材需要に応じた森林伐採業の到来である。近年、世界各地からの熱帯材への需要は増す一方、伐採手法も組織的になり大規模化してきた。切り出した大型の樹木を近郊の製材工場に運び出す、あるいは積み出し港につながる幹線道路まで運び出すため、森の中に道路を作る必要が生じた。それまで、徒歩でしか行くことができなかった場所へ、トラックを用いて容易に短時間で到達できるようになった(写真269)。それは、同時に、密猟者や銃などの武器の移動を容易にし、大量のブッシュミートを村や町に運び出すことも可能にしたのである。こうした傾向はここ15年来、拡大進展する一方である。たとえば、15年前までなら、国立公園のある村から別の村へ移動するのに車道はほとんどなかったので、徒歩と丸木舟を主に利用して移動するしかなかった。それが今や村と村は車道でつながり、かつては移動に数週間かかった場所へたったの数時間で移動が可能になった(図1)。
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写真269:切り出した丸太を運ぶ大型トラックと森の中に作られたその搬出路©西原恵美子

 熱帯林の残るコンゴ共和国北部一帯ほとんどすべてが今や伐採区に指定され、日々木材伐採が進行中なのである。この結果、伐採目的の森林破壊により、熱帯林面積は大幅に縮小し、さらに輸送方法の容易化に伴い、野生動物の数も激減してきた。これが今の実情である。

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図1:ヌアバレ・ンドキ国立公園周辺部における伐採区の増大を示す経年変化図©西原恵美子;右は2000年以前 / 左は2000年以降。伐採区(黄色部分)が拡大し国立公園(緑色部分)を取り囲むようになったことを示している;これに伴い道路網(赤線)があちこちに出来上がっていることがわかる

▼森と野生生物はもどらなくなる~マルミミゾウの生存危機

 アフリカ現地でのゾウの密猟や象牙取引などの違法行為を取り締まる現地当局の強化はいうまでもないが、その汚職や腐敗が蔓延しており、これをただちに防ぐ手立ては容易ではない。実際、現地での象牙の密売買は最も効率のよい現金獲得手段であり、経済的に困難な状況にある地元住民などが違法行為とわかっていてもゾウの密猟と象牙取引に手を染めるのはこのためである。森をよく知る先住民がゾウの密猟に駆り出されるのはすでに述べた。ここ数年、現地取引価格の例では、15キログラムの象牙一対(計30キログラム)はパトロール隊員ひとりの給料の一年分にも値する。それほど、経済的に魅惑的なのである。

 一方で、すでに述べたように、ゾウの密猟と死を助長しているのは急激に進展する熱帯林地域での開発業と、昨今の人口増加に伴う居住地や畑作地拡大による熱帯林の縮小にある。もともと熱帯林は基本的に徒歩でしか移動できない場所である。そこに、熱帯材などを目的とした開発業により網目状に道路が作られたために、すべてにとって-密猟者、密猟のための武器、象牙など密猟による獲得物-その運搬が容易になってきたのはすでに述べた。熱帯林は減少し、熱帯林を復活させ得る重大な担い手であるマルミミゾウも絶滅の危機に瀕している。これでは、マルミミゾウによって多大に貢献される種子散布等による熱帯林生態系の維持が困難となり、したがって森林の自然再生は望めまい。結果的に、伐採後の二次林が、もとの原生林に戻ることは決してないのである。

▼自然保護区存否の是非~昔と今

 「自然保護」の概念そのものは欧米由来であるし、アフリカ熱帯林地域での自然保護区設立の経緯もそれに準ずることは否定できないであろう。元来、森の先住民が生業を営んできた熱帯林地域に自然保護区を作ったために、彼らは締め出され本来の狩猟採集民としての生活を追われたという事例もある。その点に関しては、特に先住民研究者から、自然保護区設立のサポートに関わった自然保護NGOなどへの批判や非難が相次いだ。

 ところが、近年の熱帯林伐採業の進出に伴い、もはや従来の健全な熱帯林はごくわずかしか残っていない。これとともに、定住化政策と貨幣経済の浸透により、先住民が辛苦の暮らしを余儀なくされる時代になっていることはすでに述べた。辛うじて、原生の森が残っている場所は国立公園などの自然保護区であり、それが存在するがゆえに、その保護区の外部でも野生動物がみられ、先住民も、コンゴ共和国法制度のもとでの合法的な動物狩猟が辛うじて可能なのである。柵などが存在しない森の中の境界を超えて、保護区内から動物が移動してくるからである。そうした自然保護区の緩衝地域を含む外部地域のほとんどは、今や伐採区に囲まれており、この地域におけるパトロールを強化しない限り、その地域での野生生物全体の存続が危ういというのが火急な現実であると言える。それは、先住民が依拠すべき野生動物を含む熱帯林全体という自然界全体の崩壊が遠くないことを意味している。

 過去の歴史的経緯はともかくとして、こうした事情で、現在の国立公園などの自然保護区の存在は、先住民の従来の生活のあり方を辛うじてサポートし得る源であると言ってよいのかもしれない。もし、そうした保護区化の動きが存在しなかったのであれば、政府はその地域をも伐採区にしたであろうと容易に予測できる。したがって、原生の森はどこにも見当たらない結末となり、マルミミゾウなどもより加速度的に密猟される結果、広範囲にわたり熱帯林の再生が不可能な状況となるであろう。それは、先住民の従来の生活様式のあり方をも、壊滅的にするであろう。

 伐採会社は基本的に、先住民がところ構わずキャンプ地や居住区を作るのを好まない。伐採計画の障害になるからである。実際に、伐採会社の管理計画書には、「先住民区」なるものは規定されていない。その一方、既存の村の周辺地域数平方キロメートルは、村民の自営的な生業活動(農地、伐採、狩猟や採集など)地域に指定し、ある村に定住化している先住民もその範囲内でのみ生業活動が許される。例外的に、先住民の伝統的生活を可能な限り尊重しようとする意図で、「先住民専用」の居住地を、伐採区の中の森の一角に人工的に作った事例もある。しかしながら、そこは、森の中の「密猟センター」と化してしまった。先住民が集まっているがゆえに、そこにバンツー系農耕民の人々が立ち寄るようになり、先住民に銃を渡し、違法狩猟を促す結果となったのである。これは、伐採会社による先住民への政策ミスといえる。一方、コンゴ共和国でも先住民法は存在するが、実際に、彼らを「従来のあり方」を保障しようとするような具体的な政策や動きは見られていない。

 さらに、自然保護NGOによって雇われたパトロール隊によって、ゾウの密猟により逮捕された先住民は、パトロール隊よりひどい身体的仕打ちを受けたと主張が高まり、そうしたNGO等への非難は熱を帯びてきている。あるいは「先住民による伝統的象狩りすら認められない」とも批判する。こうした先住民の研究者が、自然保護関係者を単眼的に批判するのは実は的を得ていない。理由の第一は、パトロール隊の管理は政府の管轄下にあり、その隊員による侮辱的な行為があるのであれば、まず担当省庁のある政府側に抗議を持ちかけるべきである。また第二に、先住民が伝統的な手法でマルミミゾウを狩るということは、残念ながらコンゴ共和国における現行法では許可されない。なぜなら、コンゴ共和国政府によりマルミミゾウは保護種に指定されているからである。これも自然保護NGOが一方的にやり玉に挙げられるのは不当である。

 もし、かつてのように、先住民が獣肉確保のために一年に数頭の象を狩るという生業を可能にするのであれば、政府に持ちかけて法改正を求めるべきであろう。ただし、その際、そうしたゾウの殺害行為が拡大解釈されて、象牙目的の密猟がさらに蔓延されないようなグローバルなメカニズムを確保することが必要となる。あるいは、中国や日本など象牙の需要のある国々における、象牙の需要を逓減させる方途も必要不可欠となる。それらを踏まえた上での法改正あるいはワシントン条約への適確な提言が求められる。象牙目的の過剰な密猟の継続する中、マルミミゾウは生存存続の危機に瀕している中、そうした配慮がなければマルミミゾウを絶滅に拍車をかけるだけであろう。繰り返しであるが、マルミミゾウの死滅は、熱帯林の自然再生を不可能にするゆえ、先住民が依拠するべき熱帯林そのものが崩壊する結末になることはあらかじめ認識されなければならない。

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