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「強い日本」はいらない

寄稿:飯室 勝彦

2017年2月16日

 トランプ新大統領の“暴走”で米国が混乱している。その余波を受けざるを得ない、新しい日米関係を伝えるニュースを見聞きしているうちに、「朝貢外交」という言葉を思い出した。2017年2月10日にワシントンで行われた日米首脳会談とそれに先だって展開した日米間の動きからは、「強国の保護を受けるために貢ぎ物をする属邦」といった構図のイメージが浮かんだ。
 当のアメリカにも似たような印象を受けた人がいるらしい。トランプ大統領に対する安倍晋三首相の姿勢を一部の米メディアは「おべっか使い」などと冷ややかに報じたという(米メディア 「おべっか」皮肉も=12日付け朝日新聞朝刊)。

 問題はそれだけではない。トランプ、安倍両氏を結ぶ「強い絆」の大宣伝に惑わされ、安倍政権がアメリカ側に「強い日本を取り戻す」ことをあらためて約束した点を見逃してはならない。「アメリカを再び偉大な国にする」というトランプ宣言の安倍版である。安倍首相は「日米同盟強化」「役割分担」と称して「戦争が出来る国」への姿勢をいっそう前のめりにしている。

 選挙中から過激な発言を繰り返してきたトランプ氏は大統領就任後も相変わらずだ。公私混同、三権分立を軽視する司法批判、虚実をないまぜにしたメディア攻撃、野卑な言葉を使った見解表明など大統領にふさわしくない言動が続いている。

 そこで目立つのは、自由、人権、人間としての尊厳、自分と異なる意見の尊重、権力の抑制といった、民主主義社会における普遍的価値観にこだわりを見せないことである。外交も型破りのビジネス感覚で、「トランプ流取引術」を持ち込んだ。
中国にとって基本中の基本である「一つの中国」でさえ一時は取引の材料にしようとした。

 トランプ流取引はまず過大な要求を突きつけることから始まるという。先方が一定の譲歩をしてもすぐには合意しない。あくまで強い姿勢を維持し、相手が困惑したり驚いたりして屈するのを待つのだという。

 日本にも同様な戦法で臨んだ。
 日本車の輸入に高関税をかける、米国内の雇用を守らない外国籍企業には報復する、日本や中国に、為替を操作してわれわれの富を奪うことをやめさせる、日本などとの貿易赤字は二国間交渉で解決する、在日米軍の駐留経費を日本が100%負担しなければ米軍を引き揚げる……など、選挙中から強硬発言を繰り返した。

 実情に関する知識不足や経済原理の理解欠如からくる、的外れな無理難題もあったが、案の定、日本側は恫喝に怯え、政府も財界も慌てふためいた。

 米国内における工場を新増設して雇用を確保する、新規事業を創出するなどさまざまな対応でトランプ氏をなだめようとした。いち早くトランプ氏に面会して、米国における自社の新規事業で雇用が創出されると売り込んだIT企業経営者もいる。

 トランプ流に屈して経営方針を調整・転換したのは日系以外の企業も同じだが、安倍政権は米国内でのインフラ投資、雇用創出策など多種多様な土産を用意して首脳会談に臨んだ。
 結果として自動車、為替など個別問題は会談の話題にならなかったが、麻生太郎・副総理兼財務相とペンス副大統領による「経済対話」という事実上の「二国間交渉」の土俵に上がらざるを得なくなった。
 タイミングを見計らって個別問題を持ち出す場は確保されたのであり、大統領は内心では取引外交の一歩前進と評価しているだろう。

 安全保障問題に関する“貢ぎ物”も露骨だ。
 首脳会談、それに先だって来日した新国防長官マティス氏と安倍首相、稲田朋美防衛相との会談の“成果”として日本側が自画自賛するのはこんなところだ。

◇日米双方が、東シナ海や南シナ海における中国の海洋進出に安全保障上の懸念を共有している
 と表明し、北朝鮮に核、ミサイル開発の放棄、挑発行為の停止を要求した。
◇中国が領有権を主張する尖閣諸島は、日本の施政下にあり、米国の日本防衛義務を定めた日
 米安全保障条約第5条の適用範囲であることを米側が明言した。
◇在日米軍駐留経費の日本側負担増には米側も触れなかった。負担増を迫らなかったばかり
 か、マティス氏は「日米の経費分担は見習うべきお手本」と高く評価した。

 米軍駐留経費の75%も負担している日本にこれ以上の負担を迫れるはずがない。マティス氏が「お手本」と持ち上げたのは日本より軽い負担しかしていない韓国など他の国に対する牽制だろう。首脳会談でも触れられなかったため安倍政権を支える側は「万々歳の成果」「満額回答、などと胸を張る。

 しかし、その裏で日米同盟のさらなる深化、日本の軍事力の強化が再確認されたことを見落としてはいけない。

 首相と稲田氏はマティス氏との会談後「日本は防衛力を強化し、自らが果たしうる役割の拡大を図ってゆく」とそろって述べた。
 首脳会談の後の共同声明には「日本は日米同盟におけるより大きな役割および責任を果たす」「在日米軍の再編に対する日米のコミットメントを確認」「防衛イノベーションに関する日米の技術協力を強化」などと盛り込まれた。
 首相は会談後の記者会見でも「積極的平和主義の旗の下、より大きな役割を果たしていく」と述べている。

 首脳会談直前の2月6日には、会談への手土産を用意するかのように新たな米軍基地を建設する工事が沖縄の辺野古沖で再開された。安倍自民党政権は、「基地負担軽減」を求める県民の悲願に反し、普天間飛行場返還の見返りとして半永久的な基地を強引に新設するのである。日米双方は工事再開に先立ち、稲田・マティス会談でわざわざ「名護移転こそ普天間返還の唯一の選択肢」と合意して表明し、首脳会談でも念押し合意をした。

 沖縄県民の意思より米政府、米軍の都合を優先させたわけだ。朝貢外交と評されても仕方ないのではないか。
 「トランプ大統領が安倍総理をゴルフ接待までしてことさら優遇したことを手放しで喜んでいいのか。
 こうした中での防衛力強化、役割拡大の宣言である。「アメリカにこれ以上お世話にならないよう強い国になる」と宣言したに等しい。

 日米は2015年、新たな防衛協力のための指針(ガイドライン)を策定し、集団的自衛権を容認した閣議決定、安全保障法制(戦争法)などと合わせ、自衛隊と米軍との関係を強化した。
 双方の役割分担の明確化が進み、自衛隊の役割は強化されつつある。
 防衛費は安倍政権で5年連続増加し、2017年度は過去最高の5兆1000億円に達する見通しだ。自民党などには米国の要求に便乗するかのように防衛費の大幅増額を主張する勢力が増えつつある。

 これ以上軍事大国への道を進むことを許してはならない。一人ひとりの市民が自分の頭で考え、力を発揮し、平和憲法を持つ国にふさわしい政治に戻したい。
 実現には、アメリカはもとより世界のあちこちで反トランプの声を上げる人たちと同じように、地道でも息長く、粘り強く声を上げ続けることが必要だ。

 そのためにはメディアの在り方が重要だが、日本の新聞、テレビは安倍政権の恫喝と懐柔で萎縮し、腰が引けている。トランプ政権下の日米関係についても、安保問題の深層報道は通商問題に比べ低調である。加えて中国の海洋進出、北朝鮮のミサイル開発などに眼を奪われ、安倍政権が突き進む軍事大国化への道を懸念する報道はほとんど見られない。報道の多くはむしろ政権に同調傾向でさえある。

 日本のメディアは権力に対して弱腰で、米国の大手メデイアと対照的だ。アメリカでメデイアは権力側の恫喝、事実を無視した攻撃にも負けていない。
 市民は政権だけでなく、メディアにも「否」を突きつけなければならない。市民が声を上げ続ければ暴走を止めるチャンスはある。

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