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忖度ジャーナリズムの台頭と情報民主主義社会の衰退

寄稿:服部孝章(立教大学名誉教授)

2017年2月27日

 安倍政権下で、取材報道表現行為に何のためらいもなく公権力が制限を加えることが繰り返されている。しかし抗議や批判の声は拡がらない。報道が権力チェックというジャーナリズムの基本的姿勢を失っているからか。市民社会に情報民主主義への期待感がしぼんでしまったからなのか。
 このところラジオ放送を聞く時間とBuzzFeedやハフィンポスト(HUFFPOST)のニュースを読む時間が増えている。テレビ報道への期待が弱くなり、ごくわずかの番組(例えばTBSの「報道特集」)を除き同時視聴がほとんどなくなった。
 2017年1月18日、沖縄防衛局総務部報道室長が沖縄県政記者クラブ加盟各社に「キャンプ・シュワブ沖に設定された臨時制限区域内への許可なき立ち入りについて」と題する文書(A4、1枚)を送付した。普天間飛行場移設にともなう辺野古新基地建設に関して辺野古沖の臨時制限区域への立ち入りを規制するもので、文書には刑事特別法(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法)第二条(施設又は区域を侵す罪)(注1)を明記している。
 刑事特別法は、日米安全保障条約で駐留が認められた米軍の基地を保護するため、1952年に制定された。
 米軍施設への侵入や米軍兵器の損壊などを禁じている。「琉球新報」は1月20日の社説「報道立ち入り規制 表現の自由を侵す暴挙だ」を掲載した。この社説では「そもそも刑特法は米軍の軍事機密保護や訓練妨害の抑止を狙いとした法律である。建設現場の取材活動は軍事機能に直接関係しない。」と記し、さらに「危惧することは報道の監視が広大な海に行き届かなくなることである。・・・・・広大な制限区域の設定は市民の正当な権利である抗議行動やマスコミの取材活動を排除する狙いが明白だ。」と指摘している。
 沖縄防衛局の文書は、この社説が指弾するように、「刑特法を振りかざす言論弾圧」である。
 これは文書で報道機関に送付された。にもかかわらず、全国紙やテレビニュースの扱いはほとんどない。2月20日の毎日新聞朝刊オピニオン面のメディア関連記事で「辺野古工事 立ち入り禁止文書 『報道への脅かし』批判の声」で同文書を厳しく批判しているのが目につくくらいだ。
 次のことが想起される。衆院選挙を控えた2014年11月20日、自民党の筆頭副幹事長荻生田光一と報道局長福井照が連名で「在京テレビ局各社 編成局長 報道局長」あてに「選挙時期における「報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」を自民党記者クラブに所属する各局の責任者を個別に呼び出して手渡した。個別に呼び出して手渡しと報じたのは同年同月28日の西日本新聞朝刊だけである。文書手渡しから8日後に全国紙などの新聞も報道したが、西日本が1面トップで報じ2面で解説等を伝えたのに比べれば扱いは小さかった。当事者のテレビは沈黙。NHKは新聞社からの問いかけに、そうした文書があったかどうかにも「ノーコメント」と対応した。報道機関としての自立はどこに行ったのかを疑わせた。民放局もニュース枠では伝えなかった。おそらく唯一同月末のテレビ朝日の「朝まで生テレビ」だけである。司会の田原総一朗氏が朝日新聞や毎日新聞の紙面を指示しながら伝えた。この総選挙の後、雪崩を打ったかのように特定秘密保護法、安全保障法制(戦争法と呼ばれた)、カジノ法、そして3月にも内閣案が閣議決定されようという「共謀罪法案」と支持率50%を超える政権のなすがままの立法動向が続いている。

 2017年2月9日、いまの時期、特に意味のあるスクープがあった。朝日新聞による。それは大阪の学校法人「森友学園」の国有地格安払い下げの問題だ。森友学園の開講予定の小学校は安倍晋三記念と銘打たれ、一時、同首相の夫人が名誉校長として名前を出していた。しかし2月10日以降の予算委員会で野党が問題にするまで他のメデイアは追従しなかった。同月22日の東京新聞朝刊「本音のコラム」で文芸評論家の斎藤美奈子氏は「政権をゆるがすほどの大スキャンダルなのになぜ多くのメディアは徹底追及しないのだろう。」と疑問を呈している。またもやメディアへの期待が萎む展開である。2月17日「報道ステーション」「NEWS23」などが取り上げ始めたものの斎藤氏が指摘するようにトランプの差別言動そして金正男暗殺事件などに割くマンパワーやコスト、放送時間量、記事量とは比べものにならない。
 2月20日TBSラジオ「荻上チキSession-22」(22:00-23:50)で同学園の籠池泰典理事長に生電話インタビュー、同理事長は慰安婦問題や原発報道にかかわる朝日バッシングを繰り返し、それでも格安払い下げへの不明確な足取りが浮かび上がってきた。荻上氏の聞き取り姿勢は、国会議員も市民も学ぶべきだろう。また東京新聞『こちら特報部』は2月18日、22日の紙面で大きく扱い、その後も第一面トップで関連記事を扱っている。しかしなぜか報道界全体の動きは鈍い。なお、国会予算委員会で連日追及が始まった2月20日あたりからテレビ朝日、TBSそして週末近くからは遅ればせながらNHKも報道を始めた。
 こうした報道の自粛は昨年初めのSMAP解散報道を思い出させる。一部週刊誌を除きテレビなどの報道機関はジャニーズ事務所の前にカメラマンや記者は所属機関の意向からか礼節を重んじるかのように張り付かなかった。そうした報道姿勢が国有地の格安払い下げや同学園への許認可の問題にも切り込まないことにもつながる。森友学園が経営する幼稚園で、園児に教育勅語を暗唱させた。これは私学教育の自由だという主張があるかもしれない。しかし、同幼稚園の在園児の保護者に、「よこしまな在日韓国人・支那人」などとヘイトスピーチといえる文言が記された文書を配布していたことはどうなのか。報道機関個々による「軍国教育・差別教育」について徹底究明の必要はないのか。自民党などが朝鮮総連系の学校への補助金停止を主張したときのことが思い出される。
 新聞テレビがメディアの砲列(かつてアメリカで言われたキャノン・オブ・ジャーナリズム)を組むことを止め、権力との対峙を怠るのであれば、ジャーナリストは「匿名」で個々が発信するしかなくなるのだろうか。BuzzFeedのニュースにはこの学園問題が連日詳細に報じられており、2月22日の「『マスコミが報じない』は本当?神道小学校をめぐる疑惑、各紙は報道状況を調べてみた」では、朝日、毎日、読売、産経、日経の全国紙の東京本社版と大阪本社版の紙面を対象に調査した結果を載せている。朝日、毎日が多く読売は22日までに2本だけであったとの結果である。
 報道機関が砲列を敷き、様々な観点から、国有地のずさんな払い下げに至った経緯を追及すべきだ。安倍政権の側が発する見解を中心に伝えているようではいかがか。
 そこに待ち受けるのは米国のトランプ政権が発するフェイクニュースに近似する報道だ。
 この1月初めの東京MXテレビの「女子ニュース」では沖縄でのヘリパッド建設にかかわる反対運動への批判を超えた「暴言」や「デマ」が流された。「報道の自由」の名のもとにこのような番組が跋扈することになってしまう。新聞とテレビは同じ資本系列にある。新聞は免許事業である放送事業者と関係がある。このことを踏まえれば、新聞もまた地域や市民の支持を受けて存立するメデイアなのだ。このことを、当該報道機関に関係する人々も市民も再確認しなければならない。

(追記)
 なお気にかかることを一つ。この2017年2月20日の「NEWS23」は民進党の国対ヒヤリングの場で文科省等からの聞き取りをしているところを伝えた。予算委員会で質問し、この場でヒヤリングに臨む議員の背後に「民進党国対ヒヤリング  〇〇学園への国有地売却問題」と書かれた紙が貼ってあった。ニュースでは、この「〇〇」の部分にボカシが入っていた。遠慮なのか、かつてニュース映像に「安倍氏の顔写真」無関係に映しだされ問題になったことへの配慮からか。その後も「23」はこの件を伝え続けているが、そこには当然ながら、「森友学園」や小学校の名称もテロップで明記されている。この20日のニュースに見られたボカシ処理は、質問を進行する民進党に対し礼を欠き、報道の在り方に触れる行為ではないのか。いずれにせよ、党の主催するヒヤリングでの掲示物への映像加工は問題である。こうした安易なボカシ処理にあふれたこの国のニュースは、市民の信頼を取り戻すにはあまりにも後退を続け、そこには支持率の高い政権の意向を『忖度』する姿勢が強化され、賢い視聴者市民を遠くに追いやってしまっているのではないか。
                                        以上

 
注1) 刑事特別法の正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法(昭和二十七年五月七日法律第百三十八号)」
(施設又は区域を侵す罪)
第二条  正当な理由がないのに、合衆国軍隊が使用する施設又は区域(協定第二条第一項の施設又は区域をいう。以下同じ。)であつて入ることを禁じた場所に入り、又は要求を受けてその場所から退去しない者は、一年以下の懲役又は二千円以下の罰金若しくは科料に処する。但し刑法(明治四十年法律第四十五号)に正条がある場合には、同法による。

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