【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信
安保法制の第一次改正法案国会提出―安保法制施行の現段階
1 安保法制が2015年9月19日国会で成立させられ、2016年3月29日に施行されました。安保法制は、既存の11本の防衛法制、有事法制の改正と、国際平和支援法(自衛隊海外派兵恒久法)とを一体とした呼称です。
2 この安保法制の内、安倍内閣は現在の通常国会へ、自衛隊法とPKO協力法の改正法案を、防衛省設置法等の一部改正法案として提出しています。このことは、安保法制制定に反対した人々や運動体、マスコミにもほとんど知られていません。このまま何らの異論、反対運動もないまま、こっそりと成立させるわけにはいかないので、この小論を書く次第です。
3 安保法制のどの部分を改正しようとしているのでしょうか。それは、自衛隊が他国軍隊への後方支援として行う、自衛隊の物品、役務の提供を行う条文です。自衛隊が保有する物品は国有財産ですし、自衛隊員は国家公務員です。財政法第9条1項は「国の財産は,法律に基づく場合を除く外、これを交換しその他の支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し若しくは貸し付けてはならない。」との条文があります。自衛隊が保有する物品(弾薬、燃料、オイルなど戦闘に不可欠なものを含む)を他国の軍隊へ譲渡しようとすれば、無償で行うことは原則として出来ません。有償で譲渡する場合には、双方の政府間での合意が必要になります。そこで物品役務融通協定(ACSAと略)という条約を締結しなければなりません。この条約は、相互に物品役務を融通する場合の対価の精算の仕方の合意を含むものです。
4 安保法制では、平時、重要影響事態、国際平和共同対処事態、PKO活動での後方支援活動を規定し、物品役務を提供するとの条文があります。安保法制制定前までは、平時、周辺事態、PKO活動での米、豪2カ国との協定がありました。安保法制で、米、豪2カ国との間の後方支援としての物品役務融通について、平時での活動に弾道ミサイル対処、共同警戒監視活動、海賊対処活動などを追加し、重要影響事態と国際平和共同対処事態でも可能になるよう改正されたのです。提供できる物品役務も、弾薬の提供や発進準備中の航空機への給油、整備を可能にしました。しかし、英国との物品役務融通については規定されていませんでした。
安保法制が制定された時点では、米、豪2カ国とのACSAは安保法制に対応していませんでした。そこで、安保法制成立後の2016年9月26日日米ACSAを改定し、さらに、2017年1月14日に日豪ACSAを改定して、安保法制に対応した平時、重要影響事態、国際平和共同対処事態でも物品役務を融通できるようにしました。この段階までは、いまだ日本政府と,米、豪両国政府の条約調印段階です。条約は国会の承認がないと発効しません。
5 安倍内閣は、当時から英国とのACSA締結を進めていました。その結果2017年1月26日日英2+2において、日英ACSAが調印されました。その内容は、改訂された日米、日豪ACSAと同じで、安保法制に対応する内容です。
ところが、日英ACSAが調印された段階では、いまだ安保法制は、英国との後方支援としての自衛隊の物品役務の融通が出来る条文はありませんでした。今通常国会へ日米、日豪、日英ACSAの条約承認議案が提出されました。日米、日豪ACSAが承認されればそれに対応する国内法制=安保法制があるのですぐに実行できます。しかし日英ACSAが承認されて発効しても、それを実行するための国内法制がなければ日英ACSAを履行できないと思っていたところ、安倍内閣はちゃんとそのための安保法制改正法案を衆議院へ提出していたのです。それが防衛省設置法等の一部改正法案です。
新聞ではACSA承認議案が提出され、3月23日に衆議院で可決されたことまでは報道されましたが、防衛省設置法等の一部改正法案についてはどこにも出ていません。
6 安保法制が施行されて1年が経過した現在、安保法制は実行段階に入っています。南スーダンPKOでは,「駆け付け警護」と任務遂行のための武器使用、「宿営地共同防護」活動が付与されました。
2016年12月22日の安全保障会議において、「自衛隊法第95条の2の運用に関する指針」が決定されました。ア 弾道ミサイルの警戒を含む情報収集・警戒監視活動、イ 我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に際して行われる輸送、補給等の活動、ウ 我が国を防衛するために必要な能力を向上させるための共同訓練等の際に、米軍などの他国軍隊の武器(ミサイル駆逐艦、空母、輸送船などを含みます)を自衛隊の部隊が防護する活動を行うためのものです。
安保法制を実行するための共同演習が既に行われています。2016年11月から始まった日米共同統合演習「キーンソード」で、重要影響事態における捜索救難活動訓練が沖縄県うるま市沖で行なわれました。2017年1月にはタイで行われた多国間軍事演習「コブラゴールド」で在外邦人等の保護訓練が行われました。
7 安保法制を実行するための作戦計画作りも進んでいます。読売新聞が1面トップで報道した記事(2017年1月6日付)は、防衛省は尖閣有事に備えた「統合防衛戦略」(作戦計画のこと)を策定する方針を固めたとしています。これと時をほぼ同じくして、共同通信配信記事が、中台有事を想定して、自衛隊が重要影響事態として2017年1月下旬に指揮所演習を行い、米軍もオブザーバー参加をすると報道しました(2017年1月19日中国新聞)。この二つの動きは連動しています。なぜなら、尖閣有事、さらには先島諸島有事(沖縄本島から南西に延びる琉球列島です)は、中台武力紛争下で発生すると想定されているからです。
中国との武力紛争を想定して、安保法制の下で可能となった日米軍事協力を実行するための軍事演習が始まったことを示しているのです。さらに、米軍の武器等防護のための日米共同演習を今春から夏にかけて行う計画です。
8 自衛隊による後方支援は、2015年4月27日の日米2+2で合意された新ガイドラインにおいて、日米の軍事一体化を強化するために極めて重視されています。新ガイドラインでは後方支援活動が,平時、重要影響事態、武力攻撃事態(個別的自衛権の場面)、存立危機事態(集団的自衛権の場面)、国際的な活動のあらゆる場面で日米の軍事協力の項目に入っています。
英、豪との間のACSAは、日米同盟の軍事的協力関係を一層強化するはずです。新ガイドラインと安保法制により、日米同盟はグローバルな軍事同盟になったといわれていますが、米国の主要な同盟国である英との間で物品役務融通が可能になれば、グローバル軍事同盟としての日米同盟は一層有効に機能するというわけです。
9 安倍内閣は、フランスともACSA 締結交渉を進めています。フランスは、フランス領ポリネシアへ自国の軍隊を駐留させており、南シナ海で中国と米国との軍事紛争が発生した場合に、自衛隊が重要影響事態でこれに参戦しますが、フランスもこれに巻き込もうという算段でしょう。
10 以上見てきたように、安倍内閣は日米同盟の強化を着々と進めています。日英ACSAはそのための一つの仕掛けです。日英ACSAを実行するための安保法制の改正法案は、いわば安保法制のバージョンアップ法案と言えます。安保法制が憲法違反であること、その法案の審議、採決のすべての経過が、立憲主義と民主主義を踏みにじったことを踏まえて、安保法制の実行を許さず、廃止をさせなければなりませんが、その前に現在法案として提出され、近々衆議院安全保障委員会での法案審議が始まる見込みですから、この法案を廃案に追い込むための反対運動が今求められています。
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