【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照
(41)シリアと北朝鮮に引き裂かれたトランプ戦略
ドナルド・トランプは、「アメリカを再び偉大にする」という単純明快なスローガンを一貫して掲げて当選し、大統領執務室に乗り込んできた。
一方、 性的スキャンダルを中心として女性の敵のように批判されたトランプ氏に対して、「次の大統領はわたし(女性)の番よ!」という調子のメッセージで訴えかけたヒラリー・クリントンは、男性からの一定の得票は当然得られるものと考えて女性を取り込もうとしたかのようだが落選した。
トランプが狙いを定めた目標の具体的な実現の手法は、「ディール ( deal)」である。
彼は「The Art of the Deal( ディールの妙技)」をジャーナリストのトニー・シュヴァルツと共著で 1987 年に出版している。
ディール ( deal )は、取引や契約の意味もあるが、トランプのカードを配る意味も、人や物に打撃を与えるという動詞の意味もある。
大統領トランプは「名は体を表す」を見事に実現している人物だ。
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大統領候補としてのトランプは選挙期間中は、メキシコとの国境に壁を作るとか、アメリカ人の雇用を増やすとか、ロシアとのあやしい関係があるとかないとかの話題でマスコミを賑わしていた。
しかし当選のための選挙運動であるから、彼が軍事行動について大々的に語らなかったとしても当然だろう。
しかし、ここ数週間の間に、彼は驚くべき大胆な攻撃的軍事行動を実践した。
直接的な殺傷を伴う攻撃という観点からは、北朝鮮は今のところ除かれているが、シリアはアサド政権が化学兵器を使用したとしてアメリカは空爆をした。
そして、アメリカは「全爆弾の母」をアフガニスタンに投下した。
いかなる言語にせよ「母」は慈愛の象徴であるはずだが、 巨大な暴力性を発揮する殺害武器に正反対の意味の愛称を与える情念を、どのように理解したらよいのだろうか。
オーウェルのいう、一人の独裁者か、ある勢力か、実在しているのかも不明な「ビッグ・ブラザー」へ忠誠を誓わせる悪の情報操作の三つ巴のスローガンを思いだす。
「戦争は平和・自由は隷属・無知は力 ( WAR IS PEACE / FREEDOM IS SLAVERY / IGNORANCE IS STRENGTH ) 」
このようなスローガンは、大衆の頭脳を被支配下におく“二重思考 (doublethink) ”の情報操作だ。
そう言えば、第二次世界大戦中、広島に投下した原爆( 当時人口42万人、死者、行方不明合わせて12万2338人; ウラン235を使用)は「リトルボーイ(Little Boy)」、長崎に投下した原爆( 人口24万人、死者、行方不明合わせて7万3884人; プルトニウム239を使用 )は「ファットマン ( Fat Man ) 」だ。
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改めてホワイトハウスのホームページをみた(1)。(以下、試訳;番号は筆者)
取り組み項目:
[ 1 ] アメリカ第一のエネルギー政策
[ 2 ] アメリカ第一の外交政策
[ 3 ] 雇用と成長の復活
[ 4 ] アメリカ軍の再強化
[ 5 ] 法の執行にもとづく社会の擁護
[ 6 ] すべてのアメリカ人のために働く貿易交渉
[ 3 ] で、トランプ大統領は「ディール外交」を明確に打ち出している。
「数十年におよぶディール交渉の経験を有する大統領は、アメリカ合衆国にとって可能な限り最善のトレード・ディールで達成を目指した交渉をすることが、いかに核心的に重要であるかについて理解している。」
そして、 [ 1 ]から [ 6 ] はすべて意外に連動していて、特に軍人に手厚い保護政策が謳われている。
トランプ政権は、安倍政権の「三本の矢」とかに象徴される実感の湧かない経済政策とはまったく異質の高度の政治/軍事/経済の合体した戦略を提示している。
しかし、アメリカの軍事に直接かかわるのは特に [ 2 ]と [ 4 ] だ。
[ 2 ] 「・・・力でつらぬく平和がアメリカの外交政策の中心となるだろう。・・・ISISと他の過激なイスラム的なテログループを打倒することが我々の最高度の優先課題となるだろう。
これらのグループを打倒し破滅させるために、我々は攻撃的な合同的かつ提携した軍事活動を、必要となれば、追求するだろう。・・・
アメリカ軍 の再建をするだろう。・・・
トランプ大統領は、軍事的支配には疑問の余地があってはならないことを知っている。・・・
世界は、より強くかついっそう尊敬されたアメリカと共に、より平和にかつより繁栄するだろう。」
では項目(4)は、どうか。
「・・・我々は、他の国々が我々の軍事能力を凌ぐことを許すことはできない。
トランプ政権は最高度の軍事的準備態勢を追求するだろう。・・・
さらに、我々は現時点における最高水準のミサイル防衛システムを開発して、イランや北朝鮮のような国々からのミサイル攻撃に対して防御するだろう。
サイバー戦争は、顕著になりつつある戦場である。我々は我々の国家安全保障と機密とシステムを守る為にあらゆる手段をとらなければならない。
さらに、我々が確認しておかなければならにことは、アメリカは軍属と彼らの家族のために、彼らが任務についている時と市民生活に復帰した時も、最善の医療サービス、教育、そして支援をすることである。」
トランプ政権は、軍をはっきりとした形で味方につけて、武力を背景にしたビジネス・ディールを展開していくようだ。
そしてトランプ大統領の描く世界政治の絵柄には、敵視された イランと北朝鮮がくっきりと描かれている。
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移民国家の開放性、個人の自由な表現活動を認める弾力性、そして圧倒的な暴力性、それでも偽善を上書きしながら英語とインターネットで世界の情報網を支配しているのがアメリカの政治情念だ。
そのようなアングロサクソンの情報世界に、ロシアと中国の世界戦略は、西欧のマスコミを中心とした情報スクリーンには負の映像として誇張されて映し出される。
チベット問題、新疆ウイグル自治区問題を初めとして西欧のジャーナリズムと人権団体によって批判されがちの中国は、報道されるとおりの多くの批判される事実を含んでいるとしても、ではアメリカがベトナムで殺害した人々、いまだに枯れ葉剤の後遺症を抱えている無辜の人々、イラクへの爆撃で死亡した民間人たちの被害者たちの数と比較すれば、後者が外国の無辜の人々に対して圧倒的な被害を与えてきたことは数学的事実だ。
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「先週、トランプは59発の破壊的ミサイルをシリア内戦に打ち込んだ。
今週、“偉大なる指導者”は「全爆弾の母」をアフガニスタンに投下した。
どちらの暴力的な行動も――税金で賄われ、フロリダにある彼の個人的かつ特権的富裕層のクラブでおこなわれた――トランプの週末のゴルフ休暇を妨げなかった。」(2)
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表題に「シリアと北朝鮮に引き裂かれたトランプ戦略」と書いた。
しかし「引き裂かれ」ていることを、相対(あいたい)ディールが得意のトランプ大統領は自覚していないかもしれない。
個々のディールでは大胆かつ単純な軍事行動をとっているが、イスラエルに信頼を寄せているトランプと彼の取り巻きたちが、ユーラシアの現状に対してどのような統一的大局観をもっているか目下不明だ。
しかし現状は、シリアにはロシアが関わり、北朝鮮には中国が長く深く関わり、しかも全体が流動的に動いている現在のユーラシアの政情は、かつての米ソ冷戦の対立構造でもない、多極構造でもない、複雑系の連動構造をなしているとしか言いようがない。
ただ大きな絵柄ではっきりしていることは、イスラム教圏の無辜の人々が、被害を受け、互いに殺し合いをさせられている状況である。
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ISIS発生の論議はともかくとして、反イスラム系テロリズムという点では、米・ロ・中は、一定の利害を共有している。
しかし中・ロは自国内でのテロは取り締まっても、アメリカのように外国にまで介入して様々な破壊武器を実験するような愚行はしないだろう。
アメリカは、イラクで失敗し、またシリアで失敗すれば、ますます世界中の一般のイスラム教徒の信用をも失うのではないか。
現在のテロリズムは、組織的、散発的、単独的、集団的と様々におこなわれており、しかも先進国の人々が日常生活で享受しているさまざまなインフラ自体が武器化している。
原発、地下鉄、貯水池、市中の乗用車など、なんでも武器化できる。
最新鋭の「全爆弾の母」は、次にどこの場所に破壊的愛情を注ぐというのだろうか。
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一度アジアと戦火を交えたら、交えざるを得ないような状況に嵌められたら、日本は取り返しのつかない誤った道を歩む事になる。
22世紀をめざす日本の国民国家の方針は、
日本の伝統の価値を正しく理解し、
自衛隊の真の意義を確認し、
非覇権性の「和」国日本の世界的存在意義を国民は深く自覚して、
平和的援助の手を世界に広げるべきである。
事実と虚偽を交えた膨大なインターネット情報が世界中に飛び交い、
国際金融支配の影響が政治と経済とマスコミに多大な影響を与えている状況下で、これまでの「政治家による政治」は根本的な問題を孕んでいるのかもしれない。
諸行は無常である。
歴史は繰り返さない。
これまでに経験したことのない歴史的世界に、我々は突入している。
(2017/04/15 記)
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(1)the WHITE HOUSE PRESIDENT DONALD J. TRUMP:
Issues:America First Energy Plan / America First Foreign Policy / Bringing Back Jobs And Growth / Making Our Military Strong Again / Standing Up For Our Law Enforcement Community / Trade Deals That Work For All Americans
(2)OBSERVER: TV NEWS ANTENNA: WEEKLY WRAP-UP • OPINION; By Joe Lapointe: Afghanistan Chest-Thump Solidifies Thursday as Weekly ‘Bomb-Blast Day’
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