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【NPJ通信・連載記事】メディアは今 何を問われているか/桂 敬一

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第42回 公務員・公僕・国民・憲法を考えさせられた この国は 「原理」 というものを見失っていないか

2014年5月6日

目を奪われた新聞記事―これはいったいなんだ
  このところ新聞をみてもテレビを眺めても、菅首相不信任騒動の余波が気になってしょうがない。 不信任案は、恥も外聞もない茶番で否決となったが、政権奪取が本当の狙いだった自公や、 新 「大連立」 政権にそこそこの地歩を占めたい民主党内の面々が、ますます遠慮なく本心をむき出しにするだけで、 菅引きずり落としの理由にした震災復興策推進の行方は、かえって混迷の度合いを深めるのみ。 メディアがこれを厳しく批判するかといえば、一通りのことはいうものの、こちらも政局の先読みばかりを競い合っている。 こんなことでいいのかと、また腹立たしく思っていたところに、ある記事が目に飛び込んできた。 朝日の6月8日朝刊 「ひと」 欄(2面)、「米大使館安全保障担当補佐官から防衛省参事官に転じたKさん」 とする、実名・写真入りの記事だ。

実は、この情報は、同じ朝日・5月28日付朝刊4面(内政面)の 「防衛省、在日米大使館員迎え入れ 米軍再編精通」 という見出しの囲み記事で接しており、 おやっ、これはなんだ、と引っかかっていたものだ。しかし、その後の不信任案騒ぎで、半分は忘れかけていた。 当時他社では、共同通信がこれを追い、同様の内容を配信したが、おそらくこの配信によったのだろう、共同加盟社となっている毎日だけが、 翌29日朝刊に小さな記事を載せた。読売・産経には載らなかったように思う。私が引っかかったのは、このような異例の人事が、 日米両政府の交流人事というようなもので、米政府側から日本政府内に出向してくる公務員の身分は米政府職員のままなのか、 そうではなくて、完全な転職であり、米政府職員であることは辞め、正式な日本政府職員になるということなのか、どちらなのだろうと思ったからだ。 どちらにせよ、いろいろ問題がある。

米国政府職員がすぐ日本政府職員になれるのか
「K氏は2003年10月から現職(注:在日米大使館政治部安全保障政策担当補佐官)の日本人スタッフで、米軍再編を担当。 06年に日米が合意したロードマップ(行程表)の作成などで、米国務省、国防総省の対日窓口として交渉に関わった。 防衛省は、米政府高官とも太いパイプを持つK氏を日本側に加え、14年の普天間移設期限の見直しなどの難題に対処する考えだ」。 これが最初の朝日記事の内容。北沢防衛相直々のアイデアで、ルース駐日大使も 「日米間の異例の 『異動』」 を快諾したという。 「異動」 先の防衛省大臣官房参事官(米軍再編担当)は 「課長級」 というが、43歳での本省課長は異例の若さ、大抜擢といえる。 まず最初の疑問だが、「異動」 とは、米政府機関在籍の身分のまま、防衛省の所定ポストに一定期間配属ということなのか。 日本政府は官民人事交流法(2000年3月制定)で官民相互の人事交流を活発化させ、そのなかにはこうした方式の有期期限付き人事もあるが、 今回の相手は国内民間団体ではなく、外国政府だ。このような交流人事を許容する制度的根拠はあるのか、というのが第1の問題点だ。

もう一つの疑問は、米政府職員を辞め、日本国の公務員になるというのなら、それでいいようにも思えるが、どうもしっくりこない点だ。 私はだいぶ年を食ってから東京大学の教員になり、後にも先にも国家公務員になったのはこの1回きりだが、 東大一本で長年勤め上げた大先輩から聞いた話で、ずっと耳に残っていることがある。事務職員のOBの人からも聞いたことだ。 「採用の辞令をもらったとき、宣誓させられたんですよ。そのなかの文句に 『憲法を守り』 というくだりがありましたな」。 中央省庁に勤めた友人からも聞いた話だ。また、現在の天皇が1989年、即位式後の朝見の儀で、 「国民とともに日本国憲法を守り」 とする誓約の言葉を発したのに、強い印象を受けたことも思い出す。 1933年生まれの彼も、教科書 『あたらしい憲法のはなし』 に感銘を受けた世代に属する。 そもそも日本国憲法には 「第九十九条(憲法尊重擁護義務) 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、 この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」 と明記してある。公務員の宣誓も憲法に基づくのだ。 そこで疑問だが、防衛省の幹部になるKさんは、ちゃんとこの宣誓をしたのだろうか、できたのか、と思ったわけだ。

働くのはアメリカのためなのか日本のためなのか
Kさんにインタビューし、「ひと」 欄記事をまとめたのは、朝日きっての知米派、加藤洋一記者。 「8日付で 『米国務省職員』 から 『防衛省大臣官房参事官』 へ。国を超えた移籍は前例がない。 米政府高官は 『日本以外の国との間では考えられない』 と語る」 と紹介した。初報1日遅れの毎日は 「引き抜き」 と称していた。 とすれば、暫定的な人事交流でなく、高級公務員の国を超えたヘッドハンティング、完全な転職だ。 Kさんは当然、日本の国民・政府のために働くのが本務だ。 しかし、加藤記事によれば、仕掛け人の北沢防衛相は、 Kさんの 「こじれがちな同盟関係を 『説明役』 として解きほぐす働きぶりにほれ込んで・・・口説き落とし」 た、ということだ。 Kさんは7年余り東京の大使館に勤め、「米軍再編、防衛計画、震災支援」 を手がけ、「大使や公使を、その目や耳、時には口となって支え、 国務、国防両省から2回ずつ表彰された」 そうだ。今後については、「普天間も容易ではない。展望を尋ねると 『厳しいです。 でもこれ以上、引き延ばすことはできません』。続けて 『命をかけます』」 との答えが返ってきた、ということだ。

この記事を読んで感じたのは、どうやらKさんが北沢防衛相のために働くことは確かだが、米国政府公務員として手がけた 「米軍再編、防衛計画、 震災支援」 は、沖縄の米海兵隊のグアム移転(日本も費用負担)、普天間基地の名護・辺野古移設問題、 米軍による 「トモダチ作戦」・原発事故対処支援が絡んでおり、それらの問題に対応するときは当然、 米国の国民・政府の利益のために仕事をしてきたはずであり、その実績をそのまま生かすとなれば、即アメリカのために働くことになり、 日本の国民や政府のために働くことにはならないのではないか、という疑問だ。 あるいは、Kさんはこれらの問題に関するアメリカの本音や弱点の裏の裏まで通じているので、政府としてはそこに着眼、Kさんの知恵を借り、 アメリカの裏をかいて出し抜こうというのか。それなら凄い。 しかし、そういうことは絶対あるまい。北沢防衛相の頭は、大事な 「日米同盟の深化」 でいっぱいで、どうしたらアメリカに気に入ってもらえるか、 Kさんの知恵を借りたい風情ありありだからだ。Kさんは、アメリカの上役を、「その目や耳、時には口となって」 支えたということだが、 北沢防衛相に対しては、その 「頭」 ともなってやる必要がありそうだ。

政治の主人公=国民に奉仕する憲法の原理復元を
加藤記者のインタビューの最後、Kさんが普天間問題についての問いに、“これ以上引き延ばせない。命を賭けてやる” と答えた意図は、 文脈からすると、かねての日米合意に基づく解決を進める、とするものだろう。最近のレビン米上院軍事委員長ら米有力3議員が提案した、 “普天間の辺野古移転中止・嘉手納基地統合” 案を否定する米政府と北沢防衛相の意向に添う方向だ。 これではKさんは就任に当たって、「日本国憲法を守り」 とは宣誓できなかったのでは、と想像する。 もちろん宣誓を求める習慣がきちんと守られていたらば、の話だ。国家公務員宣誓書とは、だいたいこんなものだ。 「私は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき責務を深く自覚し、日本国憲法を遵守し、並びに法令及び上司の職務上の命令に従い、 不偏不党かつ公正に職務の遂行に当たることをかたく誓います」。 国家公務員、国民への奉仕者=公僕(パブリック・サーバント)としての規範への適合は、憲法の遵守に尽きる、といってもいいだろう。 しかし、北沢防衛相もKさんも、そして加藤記者も、もうそんなことはかまわないんだ、と考えたのだろうか。 あるいは国家公務員の憲法宣誓など、初めから知らなかったのか。

ジャーナリズムの役割についても、考え込んでしまった。朝日は5月4日、朝刊に国際的な告発サイト、 ウィキリークスとのアジア最初の提携メディアとなった事実を報じ、最近の対米外交の隠されてきた内幕を開けてみせた。 日本の国民の前に明らかにされたのは、自民党・小池百合子防衛相、外務省高官、鳩山内閣閣僚・民主党幹部らの、アメリカ政府に迎合、 日本の政府や国民を裏切るといってもいい、醜い対米隷従の姿だった。 朝日がこうした実態を暴露したのは、日本の政府や政治家・官僚のこのような主体性を放棄した姿勢に批判を加え、反省を迫る意図があったからだ、 と理解することができた。現に翌日の社説ではそうした趣旨のことが述べられており、他紙の反響もそういうものが多かった。 それならば、今回北沢防衛相がやったKさんの人事は、称揚されるべきものでなく、批判されるべきものではないのか。 だが、加藤記者の記事はまったく逆の雰囲気を伝えるものだった。 彼はこの人事について、「米政府高官は 『日本以外の国との間では考えられない』 と語る」 と書いた。 なにか日本だけが世界で例外的に素晴らしい対米関係を築いているかのような感じの文章だ。 しかし、世界中は、日本は他に例のないおかしな国だ、と理解したのではないかという気がしてならない。

普天間問題の難問化は、仲井真沖縄県知事にさえ 「県内移設反対」、最低でも県外へ、とする主張をいわしめた沖縄県民の総意、 それを支持する多くの国民の声があり、それが日を追ってますます強まっているからだ。 また、防衛省は、沖縄の与那国島までを含む先島諸島の自衛隊常駐基地化、鹿児島県大隅諸島の一つ、馬毛島への米軍訓練基地移設、 山口・岩国基地における米空軍訓練利用の拡大、海外ではアデン湾に臨むジブチに海上自衛隊の恒久的基地建設など、 米軍の世界的再編に呼応するかたちで、米日一体型の軍事戦略体制の拡充を、着々と図っているが、こうした動きにも戦争への接近の危険、 財政困難の深刻化などをめぐって、国民の危惧が強まっている。 すべての国家公務員は、そのような国民の意向も尊重し、国民に奉仕すべしとする憲法の原理を、今こそ再確認する必要があるのではないか。 戦争への接近の危険は、憲法9条の遵守をも政府・政治家に求めないではおかない。 対米関係の将来における改善は、このような日本国民の問題意識を率直にぶつけていくことによってのみ、図れるものではないだろうか。(終わり) (6月8日)

(マスコミ9条の会 掲載)

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