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ヘイト・スピーチの法規制をめぐる議論

寄稿: 元(もと) 百合子(大阪女学院大学教員、国際人権法)

2014年5月6日

1. はじめに
  「寄生虫、ゴキブリ、犯罪者。朝鮮民族は日本の敵です」 「うじ虫韓国人を日本から叩き出せ!」 「人殺し、強姦魔。それが朝鮮人ですよ」 「二足歩行で歩くな、チャンコの分際で」 「お金のためなら何でもする売春婦。それが朝鮮人なんですよ」 「よい韓国人も悪い韓国人も殺せ」 「朝鮮人、死ね」…これらは、東京や大阪の公道で、いわゆるネット右翼が繰り返してきた憎悪街宣の一部である。 日本の現行法では、こうした極端な偏見と差別意識、露骨な排外主義、激しい敵意と憎悪の唱道、差別・暴力の煽動は、野放しだ。 現状を懸念する人々の間でも、法規制については慎重論が大勢を占める。 そこでは往々にして、ヘイトスピーチ規制を表現・言論の自由に対する規制と同一視する傾向が見受けられる。

2. ヘイトスピーチは表現・言論か?
確立した定義がないが、ヘイトスピーチは、言葉以外の表現形態を含めて、「人種」、民族的出身、国籍、 性別や性的指向などの属性を共有する集団(つまり、社会的に周縁化されたマイノリティ集団)ないしその構成員に対して、 その属性を理由に投げつける名誉棄損、侮辱、相手の存在と尊厳の否定であり、脅迫、暴力、迫害である。 社会の不均衡な力関係の中で優位にある集団(マジョリティ)が劣位にある集団に対して行う憎悪犯罪(ヘイトクライム)の一形態であって、 双方向ではない。あくまで言論で対抗すべきだという主張は、この点を軽視ないし看過している。 もともと表現の自由を平等に保障されていない集団に、自助努力を求めて突き放すに等しい。 そもそも、「ゴキブリ」 とか 「死ね」 といった悪罵に一体どう反論できるというのか。 ヘイトスピーチは、マイノリティを屈服させ、沈黙させ、社会から排除する目的と効果を持ち、マイノリティの心身や生活に深刻なダメージを及ぼす。 同時に、マジョリティの精神を蝕み、社会を不寛容化し、差別構造を強化し、社会に憎悪と暴力を蔓延させ、 関東大震災時の朝鮮人虐殺やルワンダ内戦が示すように、ジェノサイドや戦争さえも誘引する。 ネット右翼は、在日外国籍住民だけではなく、被差別部落、「慰安婦問題」 や脱原発に取組む市民など、多様な集団を攻撃対象としてきたが、 彼らが真の敵としているのは平和や人権を価値観としてきた戦後民主主義ではないかという指摘もある。

3.国家の義務としての法規制
この問題について、国際人権法は明快である。表現の自由という人権の特段の重要性を認めつつ、 差別扇動と憎悪唱道の法的禁止を義務づける(自由権規約20条2項)。 とりわけ人種差別の煽動に関しては、「根絶を目的とする迅速かつ積極的な措置をとる」 義務を課し(人種差別撤廃条約4条本文)、人種主義の流布、 人種差別や暴力の煽動・宣伝活動を処罰すべき犯罪として違法化することを求める(同条(a) と(b))。 つまり、ヘイトスピーチは、保護されるべき表現・言論の自由から除外されるのである。 しかも、両条約の実施機関は、表現の自由とヘイトスピーチの法規制は両立し、相互に補完すると明言する。 マイノリティにも平等に表現の自由を保障するためである(注)。 憲法が保障する人権との抵触を主たる理由に、日本政府は同条(a)と(b)に付した留保を頑なに撤回しようとせず、 一方で表現の自由の大幅な法規制(特定秘密保護法)に熱心なのは、奇妙なことだ。

ヘイトスピーチを法規制している国は多い。規制法は多様であって、刑法と民法の両方、あるいは民事規制のみの国もある。 国家権力による濫用など、慎重論に示される様ざまな懸念を軽減するための方策を含めて、諸外国の制度とその運用に学びつつ、 国際人権基準に適合する制度を模索することが必要であろう。 国連では、人種差別禁止法の制定、法執行機関を対象に含める人権教育や市民の啓発、 パリ原則に準拠した国内人権機関の設置などを含む包括的政策と具体的措置の重要性が強調されている。

4.まとめに代えて
排外主義の高揚と社会の不寛容化は、近年、多くの先進国に共通する現象ではあるが、日本の場合、植民地支配とそれに伴う収奪、搾取、 人権侵害の数々を検証、反省、謝罪、補償しておらず、植民地主義と人種主義を克服していないことが、重い歴史的・社会的要因である。 問題は一部の過激な人々だけのものではなく、政府、政治家、マスメディア主導の反韓・反中国キャンペーンや北朝鮮の敵視と嘲笑など、 「上からの排外主義」 によって広範な感覚的同調者、支持層、支持予備軍が形成されている。 社会が構造的に生み出した病理であることを共通認識とした精力的な取り組みが喫緊の課題である。

【主要参考文献】
前田 朗編 『なぜ、いまヘイト・スピーチなのか―差別、暴力、脅迫、迫害』
(三一書房、2013)
師岡康子 『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書、2013年)

(注) 詳しくは、種差別撤廃委員会が昨年発表した 「一般的勧告35」 を参照されたい。 全文の和訳が、ヒューライツ大阪の ウェブサイト で見られる。   なお、同委員会は、4条が規定するすべての表現形式が人種主義的ヘイトスピーチであるとしている(第6段落)。

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