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『アメリカ様』を読み直す

寄稿:飯室 勝彦

2017年12月1日

 明治から昭和にかけて活躍し、反骨のジャーナリストとして知られた宮武外骨に『アメリカ様』という著作がある。1946年5月に初版が刊行された。日本が敗戦により平和国家として生まれ変わり、表現の自由をはじめ基本的人権が保障されるようになったことを喜び、敗戦前の軍事優先、言論弾圧の政治、行政などを糾弾した、随筆風の文章をまとめた小著だ。

◎敗戦による「無血革命」 
 その中で外骨は敗戦による日本国家の歴史的大転換を「無血革命」「痛快の新時代」と呼び、実現したのは「(戦争に)勝ってくださったアメリカ様、日本を負けさせて下さったアメリカ様のお蔭として感謝せねばならぬ」といっている。だから書名は『アメリカ様』、副題は「そのお蔭の数々」である。

 冒頭の「例言」では「日本軍閥の全滅、官僚の没落、財閥の閉塞、やがて民主的平和政府となる前提、誠に我々国民一同の大々的幸福、これ全くの敗戦の結果、この無血革命、痛快の新時代を寄与してくれたアメリカ様のお蔭である」と言い切る。
 
◎世界平和の理想を実現
 続く「序」では「今日の結果から言えば、この敗戦が我日本国の大なる幸福であり我々国民の大なる仕合わせであった」「もしもこちらが勝ったのであるならば、軍閥は大々的に威張り、官僚や財閥までも共に威張り(中略)ますます我々国民を迫害し(後略)」と論じる。
 さらに本文冒頭の「侵略主義でない平和理想国の日本」では「我輩は日本が軍備のない国になった事を慶賀する者である。(中略)世界平和の理想を実現した歓喜すべき大変動であったと確信する」としたうえで、軍備全廃の効果として軍事費不要による国民負担の軽減、軍施設や兵器武器技術の民需転換による国民生活の向上などをあげる。
 この文章を外骨は「これを我日本がアメリカ様のお蔭で、侵略主義でない平和の理想国に変わったとして喜ぶ」と結んだ。

◎反骨精神の塊
 外骨は、風刺画なども使った奇抜な表現手法、鋭い皮肉、諧謔などさまざまな方法、手段で反権力を貫いた、反骨精神の塊のようなジャーナリストである。注意深く読むと、文章の裏に秘められた「世の中さまがわり」に対する皮肉りも浮かんでくる。
 ただし、それだけではない。『アメリカ様』からは15年も続いた戦争のくびきから解放され、新生平和国家の前途に明るい展望を見出した日本人の弾むような笑顔のイメージが伝わってくる。

◎米日の蜜月を演出
 歴史は転換する。それからざっと70年、あの戦争と植民地経営に重要な役割を演じた人物の孫である安倍晋三首相が「アメリカ様」と言わんばかりの政治を展開している。新しい大統領にトランプ氏が当選すると正式就任前に飛んで行って祝い、新大統領として来日した相手を国賓なみに厚遇して米日蜜月を演じて見せた。「まるで朝貢外交」との評も気にはしない。

◎増え続ける防衛費
 だが、トランプ氏のアメリカは外骨が感謝したアメリカではないし、安倍首相がアメリカと一緒になって目指す日本の国家像も外骨が歓迎した平和な非軍事国家ではない。
 軍備全廃、民需転換どころか日本の防衛費は毎年5兆円を超えてなお増え続けている。その一方で政府は社会保障費の捻出、圧縮に腐心している。
 軍閥こそ復活していないが、防衛省における文民優位の原則は崩れ、制服の幹部自衛官が首相官邸を闊歩している。“軍人”出身の国会議員も活躍し、政治と軍事の距離は縮まった。執務時間が終わった後、私服に着替えて政治家と接触する自衛官も少なくない。
 憲法違反の声を押し切って安倍内閣が強行成立させた安保法制により、自国領土外でも軍事行動が可能で、外国の戦争にも参加できることになってしまった。

◎兵器を売り込む大統領
 そんな日本にアメリカはトランプ大統領自身が兵器を売り込み、安倍内閣は“北朝鮮危機”を名目に巨額の兵器調達を約束した。
 米軍と自衛隊の一体化はますます強化され、日米合同訓練と称し、米海軍の空母などに海上自衛隊の艦艇が随伴するシーンは、まるで主従関係を確認する演習のように見える。
 安倍首相が掲げる最終的な政治目標は平和憲法と戦後レジームの解体、つまり外骨が諸手を挙げて歓迎した戦後の否定である。
 泉下の外骨がこれを知ったら何と言うだろうか。

◎時代逆行を警戒し
 権力を揶揄し続け、入獄4回、罰金、発禁など29回の筆禍を経験した外骨らしく、『アメリカ様』では戦前・戦中の言論・表現弾圧の数々をあげて表現の自由の大切さを論じ、一部に早くも復古調の動きがあることを指摘して時代逆行を警戒している。
 「案の定」と言うべきか、自民党の改憲草案では内心の自由、表現の自由を大幅に制限し、その先取りの観がある特定秘密保護法の裏には兵器の秘密を知られたくない米側の思惑がちらつく。ここにも外骨のころのアメリカ様でも、彼が「慶賀」した日本でもない姿がある。

◎軍閥を跋扈させた国民
 外骨の厳しい筆は権力者だけでなく、国民にも向けられている。以下の文章は用語を少し変えればいまの日本にもあてはまるのではないか。
 
 「我国の敗戦は官僚や軍閥が財閥と結託して軍国主義侵略主義の発展を計らんとしたがモトであるから、彼らが揃って我国を亡ぼしたと断言してよいが、そのほかに亡国の原因となった事物が種々ある。軍閥が悪いというても、その軍閥を跋扈せしめたのは国民である。官僚や財閥のほかに、多くの国民が漸次軍閥の悪を増長せしめたのである」

◎いまを考える教訓
 多くの国民が疑問と不安を感じているにもかかわらず、憲法を無視して暴走する安倍首相の自民党が選挙となれば多数議席を占める。そんな時期だからこそあらためて『アメリカ様』を読み直し、当時の日本人が何からの解放を歓迎し、これからの日本をどんな国にしようと考えたのか知ることは大きな意義がある。
 いまや日本の人口の8割以上を占める戦後生まれの人々にとって、日本国憲法は「自分が生まれる前からある」空気のような存在だ。その価値をともすると見逃しがちである。語られる戦争も現実感を欠いた知識としての戦争であることが多い。

 反骨のジャーナリスト、宮武外骨は、戦争に敗れた結果として日本社会に生まれた、生の、皮膚感覚としての解放感、現実感覚に基づいた平和国家への願望と、解放や願望を阻んでいた旧制度に対する糾弾を書き残した。
 それらを再確認することで、いまの、そして将来の日本を考える貴重な教訓を得られるだろう。『アメリカ様』は「ちくま学芸文庫」で読める。

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