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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ~アフリカ熱帯林・存亡との戦い
第7回 「ゴリラとの遭遇(その2)~トイレの起源」

2014年5月5日

「音楽の起源」 を解明したいという思いはあっても、すぐに、ゴリラの音声の解明や録音などといったことは不可能であった。 研究者のほとんど未踏の地であったコンゴ共和国北東部の 「ンドキの森」 では、まだゴリラをじっくりと観察することすら容易でなかったのだ。

とはいえ、ゴリラに出会ってすぐに逃げられてしまっても、一瞬見えたゴリラのたくましい姿と、耳にした心臓を震わす重量感ある大音声は、 いつもぼくを興奮させないではいなかった。しかしながら調査開始間もないころ、ゴリラのことを知りたいとは思っていても、 ぼくは具体的に何をどう調べていいのか見当がつかなかった。 指導教官で現地に数週間一緒に滞在していただいた黒田末壽さんに至っては、ぼくに何もいわずに調査地を去ってしまった。 「クソぐらい洗っておけよ」 というひとことを除いて。フン洗いでゴリラの食性-食べ物の内容-くらいは最低限抑えておけよ、ということであった。

森を歩いていてゴリラのフンを発見する。大きくても長径が7-8cmくらいのおにぎり状の形状をしている。 においも植物性の独特なので、慣れてくればたいていそれがゴリラのものであるとの判断は間違えない。 まれにチンパンジーのフンと混同しかねないときがある。形が崩れていたり、似たような形状である場合があるのだ。 その場合はにおいでまず区別可能である。肉食もするチンパンジーは、人間のようにくさい。ゴリラの方は、もっと草っぽいにおいなのだ。

ゴリラの糞;ノートや双眼鏡から糞の大きさが大体わかる © 西原智昭撮影

ガイドである森の先住民にフンを包んでキャンプに持って帰るための葉をとってきてもらう。多くの場合、クズウコン科の植物の葉だ。 長径が30cmを越すものもある大きな楕円形をしている。その葉を幾枚か重ね、フンを中に包み込む。 包み込んだ先端は、葉の長い茎を巧みにひも状にしたものでくくる。 森の先住民は伝統的に、こうした手法で森の産物や小さな日用品を包んで持ち運ぶのである。そうしてフンをキャンプに持ち帰る。 そして目の細かいザルの中に入れて、小川でフンの 「本体部分」 を洗い流す。

フンというのは体外に出てきた排出物である。しかしそこには老廃物だけではなく、消化されずに出てきたものも含まれている。 その痕跡から食内容を推察することができるのである。洗い流すことでそうした未消化物が割りとクリアになってくる。 たとえばフンの中に 「あの果実の種があった」 とか 「あの葉の断片が入っていた」 とか。 肉食ならば骨の破片や動物の毛が見つかるし、消化し切れなかったキチン質など昆虫の一部分が含まれていることもある。 このようにして、調査・研究を開始したのである。


洗った後のゴリラの糞の内容;葉や髄など繊維性の植物ばかりを食べているのがわかる(上)
いくつかの果実の種子が消化されずに糞に排出されたのが見られる(下)© 西原智昭撮影

ぼくが調査を始めた当時、コンゴ共和国を含むアフリカ中央部地域でのニシローランドゴリラの研究は、 ガボンや中央アフリカ共和国でのいくつかの報告があるだけだった。 それまでゴリラといえば東アフリカの山地帯に生息するマウンテンゴリラであり、その調査結果からゴリラは繊維性食物中心の菜食主義者だと考えられていた。 果実もほとんど食べないという。ところが初期のローランドゴリラ研究者は 「いやローランドゴリラはマウンテンゴリラとは違い、 果実食者だといえる」 というような結果を出していた。これはいままでの 「ゴリラ観」 とはちがうテーゼであったので、 研究者にとって魅力的な題材となりつつあったが、しかし初期の研究は調査期間も情報量もまだ十分とはいえなかった。

たしかにぼくが研究を開始した当初は、ゴリラは本当によく果実を食べているなという印象を持った。 しかしそれは季節的なことで、ぼくがはじめの何ヶ月か滞在していくうちに必ずしもそうではないのではないかと疑いをもち始めた。 だんだん森の中から果実がなくなっていったのである。するとどうなったか。 チンパンジーは樹上から樹上へというその機動力を生かして、あいかわらず果実を主食にしていた。 しかしゴリラは、マウンテンゴリラと同じような菜食主義者になったのである。 熱帯林における果実生産は変動が激しく、季節による違いや年ごとによる違いも大きい。 ならば、一度1年以上長期間に森に入って、きちんと果実の生産量やその季節変化を調べ、 ゴリラの食内容を検証すればはっきりしたことがわかるのではないかと思い立ったのである。


森の中でゴリラの食する果実の豊富でない時期の果実(上)
森の中にゴリラの食する果実が豊富な時期の果実(下) © 西原智昭撮影

このように調査を開始して、13か月連続で森に滞在する期間も含め、合計で2年間、森の中での生活を送った。 幾百もゴリラのフンを集めているうちに、気付いたことがある。ゴリラのフンをする場所についてである。 多くのケースでゴリラは何か一段高いところにしゃがんで、フンをしているのである。 倒木の上、地面に落ちた大き目の枯れ木の上、地面を這うつる性植物の上、などなど。 その高さは高いときには数10cmにも及ぶが、ふつうみられるのはせいぜい5cmほどである。

ゴリラのフンはオトナのもので長径5cmから7cmくらいまで(もっとも大きいのがシルバーバック、コドモは5cm未満のものが多い) のおにぎり形状をしたもので、それが一度のフンで5、6個出てくる。地面にしゃがんだままフンをしたらお尻が汚れそうになるのは容易に想像できる。 ゴリラが一段高いところからフンをするのは、それを嫌っての行動なのであろうか。 ゴリラのほかの四足動物は足が長いか、フンがころころ小さいものであったりするため、お尻が自分のフンで汚れる可能性は少ない。 考えてみればゴリラだけだ。

ぼくら人間でも、たとえば野外でもよおしてきたら、間違いなく、しゃがんで、パンツをおろす。 しかし、そのとき、お尻と地面の間に十分な隙間ができるようにして、排出物がお尻につかない工夫を知らずにしているはずである。 お尻の周りをきれいに保っておきたい、ゴリラもほんとうにそう思っているのかもしれない。 悠久の進化の歴史の中で、いつごろからそうした 「工夫」 を見い出してきたのであろうか。 この行動は、ある意味では 「トイレの起源」 だといっていいのかもしれない(続)。

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