【NPJ通信・連載記事】読切記事
あまりに危険な独断専行-安倍首相靖国参拝
●「想定外」 の行動だった年内参拝
昨年12月26日に安倍首相が靖国神社を参拝したニュースが全国を駆け巡った。
当初、国内メディアは年内参拝はないだろうと予測していた。
日本を取り巻く東アジアの国際情勢があまりに厳しく、中韓を刺激する行動は外交的に何ら有益な行動ではないと分析していたからだ。
第二次安倍政権成立後、中韓両国との関係は、尖閣諸島、竹島問題等の領土問題で悪化し、中国の防空識別圏設定後はその緊張は更に高まっている。 他方で、安倍首相は、従軍慰安婦問題や憲法改正に対する発言を繰り返して周辺諸国を刺激し、日本版NSC(国家安全保障会議)法案、 特定秘密保護法、武器輸出三原則の見直し方針等、軍事強化の動きを矢継ぎ早に出すなど、自ら東アジアの緊張を高める政策を打ち出していた。 そして中韓との首脳会談は未だに実現していない。
その上で、靖国参拝を強行すれば、中韓両国との関係が修復不可能なまでに悪化することは自明であり、 外交政策としてかかる方針をとることは 「百害あって一利なし」 の状況であった。
首相自身も、12月9日の記者会見で 「(参拝が)政治問題、外交問題化することは避けるべきだというのが私の考えだ」 と語り、 菅義偉官房長官も首相の参拝には 「慎重な立場」(政府関係者)と伝えられていた。 対中国との関係では、20日に岸田外相と程永華中国駐日大使との初会談が成立し、 両国関係の改善に向けて双方が努力していくことで一致したばかりであった(時事)。
これに加えて、「同盟国」 である米国も首相の靖国参拝を牽制するメッセージを送っていた。 10月3日、来日していたケリー国務長官とヘーゲル国防長官が二人そろって、靖国神社ではなく、 東京九段の千鳥ケ淵戦没者碑苑を訪問して献花したのもその現れだ。
つまり、誰もが、安倍首相が年内参拝という常軌を逸した行動には走らないと踏んでいたのだ。
●裏切られた楽観論
しかし、この「楽観論」 は見事に裏切られた。裏を返せば、安倍首相は常識では考えられない 「想定外」 の行動に出たのだ。 参拝日を政権成立1周年の 「自分記念日」 に設定するというセンスにも驚かされた。
当然のことながら中国韓国は猛反発している。安倍首相の参拝を受け、中国は、王毅外相が26日に木寺昌人駐中国大使に厳正な申し入れと強い抗議をし、 同日午後に予定されていた劉延東副首相と超党派の国会議員らとの会談を取りやめた。 28日には、楊国務委員(副首相級、外交担当)が、安倍晋三首相の靖国神社参拝を厳しく批判する談話を発表した。
韓国政府も即座に声明を出し、「嘆きと憤怒を禁じ得ない。韓日関係はもちろん、 東北アジアの安定と協力を根本から損なう時代錯誤的行為だ」 と批判した(日経)。 駐日大使の召還を含めて、さらに具体的な措置をとることも検討している模様である。
今回は 「同盟国」 であるアメリカも2度(在日米大使館、国務省報道官)にわたって 「失望している」 とする懸念を表明した。 27日に予定していた小野寺五典防衛相とヘーゲル国防長官の電話協議も延期された。
そのほかにも、EU上級代表、ロシア外務省、国連事務総長等からも批判や懸念の表明が相次いでいる。
●国内外のメディアも批判
今回の靖国参拝については国内メディアも朝日、毎日、東京、日経が社説で批判し、 読売でさえ 「なぜ、今なのか。どんな覚悟と準備をして参拝に踏み切ったのか。多くの疑問が拭えない。」 と疑問を呈している。
そして海外メディアの批判も相次いでいる。米紙NYタイムズは26日の社説で、安倍首相の靖国神社参拝を 「危険なナショナリズム」 と題して批判し、 同日付け 「ウォールストリート・ジャーナル」 紙は 「日本の軍国主義復活という亡霊を自らの軍備拡大の口実にしてきた中国の指導部にとって、 靖国参拝はプレゼントのようなものだ」 と表現した(TBS)。 米紙ワシントン・ポスト(電子版)は27日、「自身の国際的立場と日本の安全保障を弱体化させる恐れが強い挑発行為だ」 と非難する社説を掲載した(時事)。 豪紙オーストラリアンは28日付の社説で 「日本のオウンゴール」 との表現で、自ら招いた外交的失点と指摘した(共同)。
●気になる国内の世論
安倍首相はこのような国内外の反発を予想してか、26日の参拝直後に首相談話を発表し、 今回の参拝について ① 国のために戦って命を犠牲にした英霊に対して哀悼を捧げて冥福をお祈りした、 ② 過去への痛切な反省の上に立った不戦の誓いであると意味づけした。その上で、③ 中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりはなく、 両国に対し敬意を持って友好関係を築いていきたいと締めた。
上記のうち ② の 「不戦の誓い」 はこれまでの安倍政権の方針からすれば失笑に付すべきコメントだし、 ③ の 「中韓の気持ち云々」 は実際に両国からの猛反発を食らっていることを見れば無意味なエクスキューズに過ぎない。
しかし、① に関しては 「国のために命を落とした犠牲者に対して、 首相が感謝の意を表して靖国神社に参拝するのは当然なのではないか」 との思いを持つ国民も多いのではないだろうか。
首相の靖国参拝をドイツ首相によるヒトラーの墓参りにたとえる発言をしたタレントのブログが炎上したり、 ベストセラー作家が 「国のために亡くなった英霊に手を合わせ、感謝の念を捧げるのは、国民の代表として当然だ」 とコメントしている(朝日)ことも、 極右的な政治思想を持っている者以外にも、このような考えに囚われている国民が少なからず存在していることを示すものであろう。
●靖国神社の本質と首相参拝の意味
このような考えがまかり通ってしまうのは、靖国神社の本質が広く知られていないからではないだろうか。
靖国神社は他の戦没者慰霊施設とは根本的に異なる。 靖国神社は、かつての天皇制国家体制下で、天皇の軍隊である陸海軍省が管轄する軍事的宗教施設として、 日本のアジア侵略・軍国主義の精神的支柱という役割を果たしてきた。 戦後もその本質は変わらない。靖国神社社務所発行 『私達の靖国神社』 には以下の記述がある。 「戦争は本当に悲しい出来事ですが、日本の独立をしっかりと守り、平和な国として、まわりのアジアの国々と共に栄えていくためには、 戦わなければならなかったのです。こいう事変や戦争に尊い命をささげられた、たくさんの方々が靖国神社の神さまとして祀られています。 ……さらに戦後、日本と戦った連合軍(アメリカ、イギリス、オランダ、中国など)の、形ばかりの裁判によって一方的に戦争犯罪人という、 ぬれぎぬを着せられ、無残にも生命をたたれた千六十八人の方々、靖国神社ではこれらの方々を 『昭和受難者』 とお呼びしていますが、 すべて神様としてお祀りされています。」
靖国神社では、このような歴史観を前提に (1)単なる戦争の犠牲者ではなく戦争の加害者でもある兵士等が、 (2)慰霊追悼というよりも天皇のために死んだとことを理由に英霊として顕彰されている。
つまり、靖国神社は、日本の近・現代における戦争を全て自衛のための戦争だとし、植民地支配も肯定し、 先のアジア・太平洋戦争もアジア解放のための戦争だという歴史観を喧伝し、その独自の歴史観に基づいて亡き戦争遂行者達を誉め讃えている施設なのだ。 靖国と言えばA級戦犯が合祀されている点が問題視される。 ★しかしこの神社の性格を正視すれば靖国ほどA級戦犯を祀るに相応しい場所はないともいえるのである。
このような施設に安倍首相が敢えて参拝することは、日本が上記のような歴史観を有することを政治的に強烈にアピールすることに他ならない。 中韓米をはじめてとする国際社会が批判するのは、まさにこの点であることを日本人は認識しなければならない。
●英霊の実態
誰しもが、先の大戦によって非業の死を遂げた戦没者の魂に哀悼の意を献げたい衝動に駆られる。 しかし、無謀な特攻作戦に駆り出されて命を落とし、 遠い南太平洋の島々でマラリヤや栄養失調で死んだ兵士らを 「国を守った」 と評価することは倒錯した論理であるし、 当時の戦争指導者達の責任を隠蔽してしまうことになる。
日本は国民をこのような悲惨な死に追いやるような戦争を行うべきではなかった。安倍首相が戦没者に対してすることがあるとすれば、 国の無策によって犠牲にしたことに対する謝罪であって、英霊として讃えることでも感謝することでもない。
●安倍首相にどこまでつき合えるか
安倍首相は、今回は参拝方法を工夫(広く戦争犠牲者を慰霊しているとする鎮霊社にも参拝)したことで対外的に恒久平和をアピールしていると理解を求め、 中韓におもねらず米国とも一定の距離を置く独自の外交スタンスを国内的にアピールしたつもりになっているのかもしれない。
しかし、このような自己完結した小手先のエクスキューズで乗り切れるほど、国際社会は甘くない。
安倍首相の驚くべき独りよがりの論理と行動に、私たち国民はそろそろ愛想を尽かしてよい頃だろう。
年末の安倍首相靖国参拝については、中国、韓国、アメリカなどの政府からの反応があった。
それに加えて、海外メディアからの社説、論評の対応も目立った。NPJは日本をとりまく、国際環境の状況としてこれらをまとめて紹介したい。 すべてに日本文を付ける余裕がないがたまたま、参拝と日を同じくして、 発表されたニューヨークタイムズを日本語でこう理解するという文章(仮訳)が寄せられたので、ここに状況理解のための参考資料として掲載する。
中国、韓国の政府は会談拒否などせず、仮に対決的になるにせよ、 なぜ靖国参拝が両国の国民にとって我慢のならない出来事かを提示すべきだとする提言や、 韓国に軍事的脅威を感ずる人が日本国民の半数近くあるとした世論調査があるとした指摘など、 日本国内の議論でともすれば見過ごしがちな切り口や事実を指摘している点は興味深い。
NPJ raized a critical opinion on Prime minister`s visit to Ysukuni shrine last year,the opinion which was written by Mr Ibori a Japanese lawyer.
For the non-Japanese readers ,we ask a translater Ms Kiwa Wakabayashi to interpret this essay into English .
Today, we raise this translation on our web-site .
We hope this coverage would help the readers to understand the existence of such a consiencious intellectual in Japan.
(英文)
Dangerous dogmatism – The meaning and insanity of Japan PM Abe’s visit to Yasukuni shrine
参考資料
ニューヨーク・タイムズ社説 仮訳
日本の危険なナショナリズム (2013年12月26日掲載)
安倍晋三首相は就任1年目の12月26日、靖国神社に参拝した。この神社は、日本の戦没者を祀る施設であり、 第二次世界大戦の戦争犯罪人も合祀されていることから論議が絶えない。中国と韓国は、この動きに速やかに反応し、批判した。 アメリカ政府も同様である。安倍首相の行動は、すでに緊張を深めている中国・韓国との関係をさらに悪化させることだろう。 両国は、靖国神社が旧日本帝国の侵略戦争と植民地主義を象徴するものと見なしている。 アメリカ大使館は、「日本の指導者が近隣諸国との緊張を激化させる行動に踏み切ったことに失望した」 と言明した。
安倍首相がなぜ今この時期に靖国参拝を決断したのか、疑問が残る。 この7年間、日本の総理大臣が靖国を参拝しなかったのは、この神社が中・韓両国に不快な思いをさせる象徴的存在であり、 参拝が外交関係を損ねるものである、との高度な判断に立っていた。現在、日本の両国との関係は、2000年代の中頃に比べると悪化している。 中国と韓国の指導者は、2012年の総理大臣就任以来、安倍首相との会談を拒否している(最初の首相就任は2006-7年)。 その理由の一端は、東シナ海における領土問題と第二次大戦中に日本兵の性的奴隷におとしめられた韓国人慰安婦の問題である。
こうした中国と韓国の圧力が、本来の意図に反して、安倍首相に靖国参拝が得策であると考えさせるように作用した、とも言える。 日本統治下にある小さな島をめぐる中国の強硬な対応は、日本の世論を、中国の軍事的脅威の存在を認めさせる方向に動かした。 この係争は安倍首相に、中国からの発信をことごとく無視して、日本の自衛隊を領土防衛に限定するものから、 どこにでも出動可能なものに変えるという自らの目標を追求する口実を与えた。靖国参拝は、そうした計略の一環をなすものである。
慰安婦問題に関する日本の煮え切らない態度に対し、韓国は一貫して鋭い批判を展開し、 パク・クネ大統領は、この問題に関する安倍首相との会談を拒否している。 こうした状況は、日本の市民の間に韓国不信が蔓延する原因となっており、世論調査によれば、韓国を軍事的脅威とみなす市民が半数に及んでいる。 一般市民のこうした見方は、北京やソウルの反応に配慮しない安倍首相の行動に、免罪符を与える結果になっている。
日本の三大紙――読売、朝日、毎日――は、首相の靖国参拝に反対する論陣を張ってきた。 とりわけ、安倍首相が政権に就任した年には、その論調を強めた。 安倍首相と彼を支持するナショナリストにとって重大なことに、天皇明仁は、前代の裕仁と同様、靖国参拝を拒んでいる。
安倍首相の最終目標は、戦後占領期にアメリカ人の手で書かれた、交戦権を制限している日本の平和主義的憲法を書き換えることにある。 この件についても、天皇明仁は、憲法により政治的権力を有してはいないものの、好ましくないと考えている。 安倍首相が靖国に参拝する数日前に、天皇は80歳の誕生日を記念するコメントを発表したが、 その中で、「平和と民主主義の貴重な価値」 を確保するために戦後憲法を書いた人々に対する 「深い感謝の念」 を表明した。
中国と韓国の指導者は、歴史問題に関する盟友が東京にいることを確信して、安倍首相と会談し、一連の係争点を突きつけ、交渉し、解決すべきである。 会談を拒否するばかりでは、安倍首相の好き放題なふるまいを許してしまうことになる。 日本の軍事的冒険は、アメリカの支援があってはじめて可能なものである。 安倍首相の計略が、アジア地域の利益に貢献しないことをアメリカ政府は鮮明にする必要がある。 アジアに求められているものは国家間の信頼であり、安倍首相の行動がこの信頼の基礎を揺るがすものであることは間違いない。
(了)訳者:梓澤 登(あずさわ・のぼる)
Risky Nationalism in Japan / ニューヨーク・タイムズ社説 原文
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