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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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米朝共同声明と憲法9条改正問題を考える(3)完

2018年7月20日

20 日本には米国にはできないことがあります。国交正常化の後に過去の清算として提供される日本からの支援は、日韓国交回復で実施された支援を現在の物価に換算すれば1兆円を超えると言われています。これは北朝鮮にとっては極めて大きなインセンティブになるはずです。

21 米朝関係が正常化し、米国から消極的安全保障(核保有国が非核保有国に対して核を使用しない旨約束すること)や不可侵の誓約が与えられ、北朝鮮が核兵器と核計画を廃棄すれば、米国の北朝鮮にたいする核兵器使用計画は不要になります。米国は北朝鮮を標的にしている核兵器を減らすことが可能です。しかしこの点で日本の核政策が重大な障害物となります。

22 2009年オバマ政権は核軍縮措置の一環として、海洋発射核巡航ミサイルの退役(廃棄)を決定しました。当時海洋発射核巡航ミサイルは、米海軍の水上艦艇や攻撃型原子力潜水艦へ配備され、日本への核兵器持ち込みの原因ともなっていました。

 それに先立ち米国議会は超党派の諮問機関「戦略態勢委員会」(ペリー元国防長官、シュレジンジャー元国防長官をトップ)を組織しました。この委員会はオバマ政権の核軍縮措置を後押しする役割を果たしました。報告書を作成する過程で、委員会は日本を含む米国の主要な同盟国からヒヤリングをしました。

 日本政府は、ワシントンの駐米大使館の外交官4名を派遣しました。そのトップが現在の秋葉外務事務次官です。彼らは、委員会へ日本政府の要望書を提出し、その中で日本に対する米国の核抑止力が弱体することを理由に、海洋発射核巡航ミサイル廃棄に強く反対しました。

 それだけではなく、米国の核抑止力として、柔軟性、信頼性、迅速性、区別と選択性(核攻撃の標的に対応して爆発威力が調整可能な核兵器の意味と思われます)、ステルス性などを求め、さらに出席者の一人金井一等書記官は、低威力・地中貫通核爆弾が米国の核の傘の信頼性を高めると発言しました。要は武力紛争時に使いやすい核兵器を求めたのです。

 また米国の核抑止政策を有効なものにするために、日米間で「拡大抑止協議」立ち上げを求めました。「拡大抑止協議」は日米の外務防衛官僚による、日本が米国の核使用政策に直接関与することを可能にするものです。翌2010年から現在まで毎年2回米国と日本とで交互に開かれています。

23 このように日本政府は米国の核軍縮に対して、核抑止力が弱体化するとして反対します。ところが米国が北朝鮮を標的にする核兵器を取り除き、核抑止力の対象から外そうとすれば、必ず日本政府は反対するでしょう。北朝鮮にたいする「核の傘」がなくなるからです。

 朝鮮半島の非核化と米朝関係の正常化は、北東アジアの冷戦構造を根底から変えてしまうという巨大な意義がありますが、日本政府が固執する米国の核兵器に日本の安全を委ねる政策、日米同盟基軸路線が大きな障害となります。
 私たちが日朝国交正常化を含む日朝間の諸懸案を解決しようとすれば、日本政府の外交路線の根本を改めざるを得ないという問題に直面するはずです。

24 朝鮮半島の非核化を目指した六者協議(2003年8月から2008年12月まで)では、単に北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化を日朝、米朝国交正常化、朝鮮戦争の終結、北東アジアの安全保障の枠組みの構築という幅広いアジェンダの中で実現することについて協議され合意しました。これは、朝鮮半島非核化という課題はそれだけを切り離しては実現できず、北東アジアの冷戦構造自体を変革することと深く結びつけられていることを示しています。

25 米韓同盟も日米同盟も北朝鮮を仮想敵国にし、核攻撃の標的にしている核軍事同盟です。朝鮮半島非核化を実現する上で、日米同盟の在り方をどうするのかということを私たちは真剣に考える必要があると思われます。

 永続する朝鮮半島非核化を保証する上で、北東アジア非核地帯条約は極めて有効な仕組みです。これに加えて、核兵器禁止条約の締結は北東アジア非核地帯条約を下支えするものです。朝鮮半島非核化と北東アジアでの冷戦構造の転換のために、日本、韓国、北朝鮮が核兵器禁止条約へ加盟することは、とても大きな意義があります。

 世界のいくつかの地域機構で非核地帯条約が締結されていることは偶然ではありません。ASEANには東南アジア非核地帯条約(バンコク条約)があります。アフリカ連合(AU)にはアフリカ非核地帯条約(ベリンダバ条約)があります。北東アジアの地域的協調的な安全保障の枠組みと北東アジア非核地帯条約は、朝鮮半島の後戻りのできない非核化を保証するだけではなく、北東アジア非核地帯条約へ米国、中国、ロシアという核兵器国が参加することにより、北東アジアにおける核兵器使用のリスクを限りなくゼロに近づける役割があります。
 これらを目指す関係諸国による協議のプロセス自体が、北東アジアで長年続いた冷戦構造を「解凍」させる役割を果たすでしょう。

26 日本政府の米国の核兵器に依存する政策はもはや不要になるかもしれません。それだけではありません。北東アジアの地域的協調的な安全保障の枠組みを作ることは、日米同盟の在り方自身が根本的に問われることになります。
 
 ヨーロッパを舞台にした東西間の限定核戦争を防ぐため1975年に発足した欧州安全保障協力会議(CSCE)は、冷戦終結後の1995年に欧州安全保障協力機構(OSCE)というカナダの西海岸バンクーバーから極東ロシアウラジオストックという広大な地域を包括する地域機構となりました。これにより冷戦時代に懸念された国家間の武力紛争を起こさない仕組みができたわけです。

 しかしながら、ソ連を中心にした軍事同盟ワルシャワ条約機構は解散しても、米国を盟主とした軍事同盟NATOは存続しました。さらにNATOは旧ソ連圏の東ヨーロッパ諸国を加盟させ、さらにウクライナ、グルジア(現ジョ-ジア)などを加盟させようと「東方拡大」を図っています。東ヨーロッパには米国の弾道ミサイル防衛網を配備しています。

 NATO東方拡大は、とりわけロシアにとって脅威となっています。ロシアとの国境までNATO軍が配備されるからです。そのことがグルジア内戦、ウクライナ内戦とクリミア半島のロシア併合、ロシアの核戦力の近代化となっています。その結果OSCEの機能が発揮できず、その存在意義すら問われかねない状態=新冷戦状態が続いています。
 
 北東アジアで地域的協調的な安全保障の枠組みを作ったとしても日米同盟が存続すれば、せっかくの枠組みも役割を十分果たせないかもしれません。私達は、朝鮮半島非核化を実現する上で、中長期的には日米同盟の在り方をどうするのか考えなければならないでしょう。
 
 米朝共同声明とそれを実現することが持っている巨大な意義は、日本にとっても戦後一貫して積み重ねてきた日本外交の基本路線である日米同盟基軸、米国の核抑止力依存政策や日米同盟強化、自衛隊の増強という安全保障防衛政策の転換を迫られるという巨大な意味を持っているのです。

27 以上述べたことは、憲法9条改正問題とどうかかわるでしょうか。もし在韓米軍削減となれば、撤退する在韓米軍に代わり、在日米軍の軍事的役割を増大させるという動きになるかもしれません。在韓米軍の役割、任務が大きく変わることで、日米同盟の役割、機能にも大きな変革が迫られる可能性があります。このことは憲法9条改正に向けた圧力になります。

 他方で、これまで述べたような北東アジアの冷戦構造の転換という巨大な変化を促進するためには、日米同盟の役割の低減と、日本の外交路線の根本的な転換が迫られます。

 日本がどちらの方向に向かうのかは主権者である私たちが決めなければなりません。後者の道を選択するのであれば、憲法9条改正はもってのほかであり、むしろ憲法9条を生かした安全保障政策を形成することが必要です。

 そのような意味で、米朝共同声明をどのように評価するかということは、今後の日本の進むべき道と憲法9条改正問題に直結することでもあります。

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