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改憲の先に見据えるものは

寄稿:飯室 勝彦

2019年3月21日

 手を変え品を変えて改憲機運を盛り上げようとする安倍晋三首相は、集団的自衛権行使を可能にし「安全保障環境の変化」を煽り立ててJアラートを実施し、自衛隊の強化=軍拡に走るなど、既成事実を積み重ねている。最近では「自衛隊に対する地方自治体の協力を可能にするために」と言わんばかりの改憲論を主張し始めた。その先に見据えるものは何か。ますます危険ゾーンに入り込んできた。

◎「6割が募集に非協力」は誤り
 安倍首相の改憲論には「フェイク」と言いたくなるものがある。その一つが山口県の講演で述べた「ある自衛官は息子さんから『お父さん、憲法違反なの?』と聞かれたそうです。その息子さんは目に涙を浮かべていたそうです」―――「多くの憲法学者や政党の中には自衛隊を違憲とする議論が存在している。その自衛隊に『何かあれば命を張ってくれ』は無責任だ」「だから憲法に自衛隊を明記する」という従来の主張の根拠とするものだ。
 最近では自民党大会で述べた「都道府県の6割以上が新規隊員募集への協力を拒否している悲しい実態がある」というものがある。「この情況を変えよう。憲法に自衛隊を明記し違憲論争に終止符を打とう」と主張し「自衛隊員に誇りを」と繰り返す。

 「お父さん、憲法違反なの?」のエピソードは情報の出所を追及されても「防衛省担当の秘書官を通じ航空自衛隊幹部から聞いた」と言うだけで納得のゆく説明はない。
 「6割以上が非協力」は後に「市町村の6割以上」に訂正したが、防衛省の調べでもほとんどの自治体が何らかの形で協力していることが分かっている。募集対象の適齢者名簿を作り自衛隊に渡す、名簿の書き写し、閲覧を認める、住民基本台帳の閲覧、書き写しを認めるなど協力の形はさまざまだが、一切協力していない自治体は1741市町村のうち5つだけだという。
国会答弁という公式発言でさえ虚偽や根拠が曖昧な事実を引用することがある安倍氏だが、「6割が非協力」の発言もフェイク情報と言っていいのではないか。

◎警戒要する“兵員増強”論
 トランプ米大統領の言うがまま高価な米国製兵器を買いまくり、軍事大国への道を突き進む安倍政権が、兵員充足、増強を視野に入れた改憲論を唱え出したことは極めて警戒を要する。
 安倍政権下での防衛費は右肩上がり、5年連続で過去最高を更新し、2019年度の当初予算では5兆2574億円に達する。相手基地を直接叩ける長距離巡航ミサイルの取得、護衛艦の空母化、ステルス戦闘機の大量導入、「水陸機動団」という上陸作戦部隊の創設など、「攻撃できる自衛隊」への脱皮に向けて戦力の整備、増強が進んでいる。
 既に4年前には政府見解を変更して閣議決定で集団的自衛権の行使を可能とし、安保法制を成立させた。政権は現行憲法との齟齬を無視して「戦争できる国」としての態勢づくりに励んでいる。あとは兵員の確保だ。
 若年人口の減少もあって、このところ自衛隊は募集応募者が採用定員に満たないことが多く、要員不足に悩んでいる。いくら兵器を増強しても運用する人手が足りなくては意味がない。次の課題は兵員確保なのである。
 自民党は安倍発言を受けて早速、党所属国会議員に文書を配り、隊員募集事務への協力を求めて選挙区内の自治体に圧力をかけさせている。自治体側も反応し、消極的協力から積極的協力に転じたところもあるという。

◎戦争なき時代を生きた責任
 さて、ここで想起されるのは旧日本軍と市町村の関係である。対象年齢に達した人が機械的に駆り出されたのが徴兵制と見られているが、単にそれだけではない。各市町村には徴兵事務を担当する「兵事係」職員がいて、地域住民の年齢、家族構成、特技、素行などを詳細に把握し、軍の動員要望に応えてもいた。
 国家権力が市町村を手足にして個人のプライバシー情報を把握、軍と自治体が一体となって国民を戦争に駆り出したのである。
 閲覧、書き写しの容認、印刷物、電子媒体の提供など自治体によって方法は違っても、募集対象の名簿情報が自衛隊に渡っているというのだから、自治体との関係は基本的にはかつてと同質ではないだろうか。入隊する意思などない人にとって、自分の情報が自衛隊側に把握されているのは不本意に違いない。
 それでも安倍首相が不満なのはなぜか。何を念頭に自治体の非協力を改憲理由にするのか。不気味である。

 平和を願い続け慰霊の旅を繰り返した天皇が去り、日本近現代史上で特筆すべき「戦争のなかった時代」が幕を閉じようとするいま、政権は歴史の流れに逆行するように暴走している。自衛隊の軍事的存在感も増すばかりである。いまこそ安倍改憲論に潜む危険な狙いを見破り、暴走を止めるのは平和な時代を生きた者の責任ではないか。

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