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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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国家安全保障大統領補佐官ボルトンの解任

2019年9月13日

1 9月11日ボルトン国家安全保障大統領補佐官が解任されたとの驚愕ニュースが世界を駆け回りました。この間国内報道で見る限り、そのような様子は窺えなかったので、私もなぜ?と驚きながら疑問も持ちました。9月10日のトランプのツイッターも見ましたが、解任したことは確認できましたが,なぜという疑問への答えになりませんでした。

 ここからは私の推測ですが、北朝鮮第1外務次官が2月末までに米朝高官協議を開催すると述べたこと、ホルムズ海峡有志連合構想についてホワイトハウスの熱意が冷めてきたことを踏まえると、北朝鮮政策とイラン政策をめぐり、トランプとボルトン補佐官との重大な見解の相違が出てきていたのではないかと考えました。

2 ボルトンは、ブッシュ政権に強い影響を与えていた「ネオ・コン」の生き残りです。彼自身がブッシュ政権時代に国務次官(安全保障担当)としてイラク攻撃を主導しました。彼は国際法上違法な予防攻撃を、差し迫った脅威に対する先制攻撃として合法であると主張する特異な考え方に立ち、イラン、イラク、北朝鮮に対して先制攻撃を求めていた人物です。

 2015年3月には、イランの核開発を阻止するためにイラン攻撃を煽る論文を発表しています。2016年7月には、サダムフセインをもっと早く引きずり下ろさなかったことが,イラク戦争での唯一の誤りであったとして、湾岸戦争の原因となったイラクによるクゥエート軍事占領の時にフセイン政権を打倒すべきであったと主張しました。

 彼はブッシュ政権時代の2005年に国連大使に就任しますが、国連の任務と権威を真っ向から否定し、国際紛争を外交ではなく軍事力で解決する考えの持ち主でした。

2 トランプ政権は、国家安全保障大統領特別補佐官として、最初は退役陸軍中将フリンを指名しましたが、就任1ヶ月でロシア疑惑に関わり退任しました。2代目は現役陸軍中将マクマスターが就任しました。彼はトランプ政権で極右の立場から影響を与えていたバノンを排除し、北朝鮮との米朝首脳会談を準備中の2018年3月に解任され、3代目の国家安全保障大統領補佐官にボルトンが任命されました。 
同じ3月にはトランプ政権での数少ない穏健派とみられていたティラーソン国務長官が解任されています。それに代わり、ポンペオCIA長官(当時)を国務長官に任命しました。これでボルトン補佐官就任と合わせて、トランプ政権の対北朝鮮強硬派が揃ったといえます。

3 2019年2月にハノイで開かれた米朝首脳会談に先立ち、ビーガン北朝鮮特別代表は、同年1月にスタンフォード大学での演説で、北朝鮮非核化先行、その後に制裁解除(オール・オア・ナッシング戦略)という米国の方針を改めて、北朝鮮が主張している「行動対行動」原則(ステップ・バイ・ステップ戦略)を実質的に受け入れることを表明しました。

 しかしその後開かれたハノイ会談では、首脳会談にボルトンも出席しているニュースが流れて、それを見た私は嫌な予感がしたのです。案の定トランプは、寧辺の核施設の解体の見返りに経済制裁の一部解除を提案した金正恩に対して、「ビッグディール」を主張したため、合意に至りませんでした。その後の3月7日国務省高官の記者会見で次のようなやりとりがあり、トランプ政権は再び一括合意路線(オール・オア・ナッシング戦略)に回帰したことを明らかにしたのです。

 記者:大統領がハノイで最終的にとったオール・オア・ナッシング戦略に全員が同意していたと自信をもって言えますか?というのは、サミットに至る数週間の間に(大統領)顧問団の中の他の人たちが主張していたようなステップ・バイ・ステップのアプローチをとらないという大統領の決定について、ボルトン氏がもっとも大きな影響力を持ったのではないかと、私には思えるからです。

 国務省高官: 政権内にはステップ・バイ・ステップのアプローチを主張する者は一人もいません。

この発言に合わせるように、1月にはステップ・バイ・ステップ戦略をとると
発言していたビーガンも、3月11日にはこの高官発言を肯定する軌道修正をしたのでした。

4 この様にボルトンは、トランプ政権の北朝鮮政策において、北朝鮮が決して受け入れないことは分かっているオール・オア・ナッシング戦略を推し進め、トランプ政権の北朝鮮政策を混乱させてきた張本人と言えます。ボルトンの補佐官就任を報道した2018年3月24日付朝日新聞は、ボルトンが最終的には北朝鮮の政権を倒し、韓国による南北統一を持論としていると報道しています。

5 イラン政策についても同様です。上記の朝日新聞記事は、ボルトンがイランとの核合意から離脱することを訴えていると報道しています。案の定トランプは、ボルトンが補佐官に就任してまもなくの2018年5月10日核合意から離脱を表明しました。その後米国はイランに対する厳しい経済制裁を科し、イランは核合意に基づく核開発の制限の一部履行を停止し、今や核合意は風前の灯火となっています。

 さらにトランプは、イランに対する限定的な空爆作戦を一旦は発動し、空爆直前に中止しました。このことにより、米国とイランとの間の軍事的緊張は高まったのです。2019年6月22日朝日新聞によれば、イランによる米軍無人偵察機の撃墜に報復するため、6月20日トランプが政権幹部を集めて協議し、ボルトンとポンペオが強硬策(空爆実行)を主張し、有力議員は慎重意見であった、ニューヨークタイムズは、国防総省幹部も空爆に慎重意見であったと報じたとのこと。

 そのような最中に米国による核合意離脱と対イラン経済制裁により、ホルムズ海峡の安全航行への危険が生じることを阻止しようと、トランプ政権は米国の同盟国や友好国の軍隊による有志連合構想を打ち上げて、複数の国の海軍力によってホルムズ海峡の航行の安全を図ろうとしました。これは明らかにイランに対する軍事的挑発です。

 しかしながら、国際社会はこの様な原因を作った張本人のトランプ政権が打ち出した有志連合構想へは冷淡でした。さすがの安倍政権も慎重に構えたくらいです。

6 この様にボルトンは,国際紛争を軍事力行使により解決を推し進めようとする「戦争屋」と言ってよい人物です。ブッシュ政権では国務次官(安全保障担当)で、イラク攻撃を推進した張本人でした。

イラク戦争が失敗であったことは誰しもが認めることですが、ボルトンは決して認めていません。むしろ2016年7月6日「The Telegraph」誌へ寄稿した論文では、2003年にイラク攻撃をすべきではなかった。そうではなく1991年にイラクを片付けておけば良かった。」と述べて、イラクがクウェートを軍事占領したときに攻撃してフセイン政権を倒しておくべきであったと、その責任を転嫁しているくらいの確信犯です。

7 そのボルトンがトランプ政権から去ることになりました。トランプ政権の北朝鮮政策、イラン政策が戦争から外交へと大きく転換するきっかけになることを祈るのは私だけではないでしょう。トランプ政権が今後どのような対北朝鮮、イラン政策を選択するか「何が起こるかみてみよう。」

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