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“対岸の火災”視は禁物
緊急事態条項の本質は人権抑圧

寄稿:飯室 勝彦

2019年10月9日

 市民の激しい抗議行動に対して香港政府は「緊急法」による人権抑圧で応えた。この事態は安倍晋三首相らが目指す、緊急(非常)事態に備える改憲の本質を物語っている。香港の混乱をよそごとのように考えてはいけない。

◎ばらつきのある世論調査
 2019年10月4日に召集された臨時国会、安倍首相は所信表明演説であらためて改憲の意欲を示した。首相らの目指す改憲項目はくるくる変わるが第9条の骨抜きと緊急事態に備える条項の新設は一貫している
 改憲論者が大災害への対処を前面に押し出しているためか、緊急事態条項に対する世論の拒否反応は9条改憲ほど強くはないようにみえる。データは調査主体、質問の仕方などによるばらつきがあるが、たとえば19年4月の共同通信調査では賛成が44%で反対の53%に迫っている。同年3~4月の朝日新聞調査では、「改憲して対応すべし」は28%だが「改憲なしに対応」が55%あり、新制度そのものには多くが理解を示しているように見える。

◎”香港”で見えてきた本質
 しかし安倍演説から間もなく香港政府が「緊急法」を発動したのは皮肉だった。この法律は人権抑圧法であることが広く国際社会に知れ渡ってしまった。
 香港の緊急法は、政府が緊急事態、あるいは公共の安全が脅かされる事態だと判断した場合、行政長官が議会での審議抜きに法律を制定し、市民の権利や自由を幅広く制限できると規定している。まさに安倍首相らが意図する緊急事態条項に酷似している。
 中国への犯罪容疑者などの引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への反対運動や、民主化要求のうねりを封じようと、香港の行政長官は緊急法に基づいて「覆面禁止法」を議会の関与なしに制定し、デモ参加者がマスクやゴーグルなどで顔が見えないようにすることを禁じた。今後、通信や交通の制限、逮捕者の身柄拘束期間の延長、財産の没収なども可能になるかもしれないという。
 民主主義に基づく法治を否定し、行政府に権力を集中させる事実上の独裁だ。香港の憲法と言える「香港基本法」に反するとの指摘もある。香港政府の強気の背後に中国の影がちらつくなか、「一国二制度」のもとで暮らし、自由の大切さを知っている香港市民たちの戦いは国際社会でも多くの共感を呼んでいる。
 ただ日本では香港でいま起きていることを対岸の火事のように受け止めている人が多いのではないだろうか。
 安倍首相ら権力者が声高に改憲を唱え、国民が永年の努力で築いた戦後民主主義を崩そうとしているときそのような態度でいるのは危険だ。

◎国内法にも類似規定
 日本でも緊急事態に備えた規定は既にいくつかの実定法にあり、人権制限になり得る規定も含まれている。例えば大規模災害、騒乱その他の緊急事態の折には内閣総理大臣が一時的に警察を統制でき、大災害の緊急時には内閣が緊急対策のための罰則付き政令を発動できることになっている(参考 梓沢和幸著『改憲』・同時代社、拙著『自民党改憲で生活はこう変わる』・現代書館)。
 それらの規定が抑制的に定められ、人権の制限、権力集中、強権行使などの条件が厳しいのは憲法との調和を図った結果である。首相、自民党側が緊急事態に対処する規定を憲法に新設しようとする裏には、憲法に人権保障条項などと同格の形で置くことにより、人権などを制約しやすくする思惑が秘められている。
 「国民を守るために」「公共の安全のため」などの甘言に惑わされ、安易に人権を制約させてはならない。香港で起きていることを我がことと受け止め改憲の動きを厳しく監視してゆきたい。

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