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【NPJ通信・連載記事】ビーバーテール通信―カナダから考える日本と世界―

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ビーバーテール通信 第 3 回
   シャットダウン・カナダ

2020年2月25日

                 小笠原みどり (ジャーナリスト・社会学者)

 今朝は、氷点下12度。2 月のカナダは日が少しずつ伸びていくのと裏腹に、寒さが底まで下って体に這い上がってくる。私の暮らしているオンタリオ州キングストンは、カナダでも最も南に位置する街のひとつだが、体感気温はマイナス25度から 5 度の間を行ったり来たり。空は一点の曇りもなくライト・ブルーに晴れ上がっていても、風景はなんとなく無機質に乾いてくる。歩道と車道の間に積み上がった灰色の雪の山、凍結防止のために撒かれた塩化カリウムで白く変色した路面、それでも凍る道を滑らないように歩けば、体は前屈みになり、肩はいかり、言葉は少なくなる。秋までに蓄えたはずのエネルギーはそろそろ底を尽き、私の周りでも風邪をひく人がぐんと増えている。

 この寒空の下、カナダの鉄道がほぼ全線、10日以上止まっている。が、寒さのためではない。ファースト・ネイションズと呼ばれる先住民の人々が鉄道を封鎖しているからだ。

 17世紀にフランスとイギリスから入植者たちがやって来る前から、北アメリカ大陸で暮らしていた人々を、カナダではファースト・ネイションズ、米国ではネイティブ・アメリカンと呼んでいる。広大な北アメリカ大陸には、すでにそれぞれの言語を持ち、それぞれの統治機構を持つ様々なコミュニティが存在していた。だから、最初のネイションズ (国々または国民たち)。この複数形が、結構大事なのだ。

 様々な最初の国民たちはではなぜ、線路をふさいでいるのか。それは、最初の国々のひとつ、西側に位置するウェッツンウェットゥン (Wet’suwet’en) の人々が、自分たちが暮らしている地域に、天然ガスのパイプラインが敷設されることに反対しているから。ブリティッシュ・コロンビア州をほぼ横断する670キロのルートにパイプラインを引き、内陸にある天然ガスを沿岸部に運んで輸出する計画は、T Cエナジーという大企業が進めてきた。先住民の人々はすでに入植者たちによって土地を奪われ、リザーブと呼ばれる保留地のなかに押し込められているが、その内部で統治権を維持している。この統治権に基づいて、ウェッツンウェットゥンのリーダーたちが、天然資源を奪い、自然を破壊するパイプライン計画に反対を表明し、共鳴する人々がパイプライン建設予定地にバリケードを築いて座り込んできた。

 だが 2 月 5 日、まったくの丸腰で座り込む人々に重武装の警察官が銃を向けて排除し、逮捕し始めたときから、抗議の連帯行動が瞬く間に全国に広がった。ウェッツンウェットゥンだけではなく、それ以外の最初の国民たち、そして後からやって来た入植者の子孫たち、移民たちが、あちこちで、静かに、線路を封じ始めたのだ。

先住民モハークの人々の連帯行動によって通行が止まったトロント-オタワ-モントリオール間の線路。先住民たちは実際には線路をふさぐのではなく、左側のテントに泊まり込んでいる=2020年 2 月20日、オンタリオ州タイタネガで、溝越賢撮影


 シャットダウン・カナダ。この週末、キングストンであったウェッツンウェットゥンに連帯する集まりは、そう名付けられていた。私は意味もよくわからずに集合場所の公園に駆けつけた。公園からスクールバスをチャーターして、どこかへ向かうとは告知されていたが、行き先は知らなかった。先住民の人々は、これまで警察の過剰な監視にさらされてきたので、行き先は直前まで伏せられていたのだ。集会の呼びかけ人が宣言した。「これからバスで45分ほどのアメリカとの国境にかかる橋に向かい、国境をブロックします」

 「イエイ、シャットダウン・カナダ!」と、70人ほどいた人々のなかから呼び声がかかった。私はようやく意味がわかった。言ってみればゼネスト。カナダという国を丸ごと封鎖することをイメージしているのだ。すげー想像力 !

 しかし、寒風が吹き荒ぶこの朝はマイナス 9 度。公園に立っているだけでも足が凍ってきた。体力の衰えしか感じていない私は、家族と鳩首会談して早々に撤退を決めた。だから、意気揚々と黄色いバスに乗り込んでいく人々を心から尊敬した。さして厚着をしていないお年寄りもいた。

 2 時間後、晴れ上がった空に美しくそびえる橋を背景に、「シャットダウン・カナダ」と書かれた横断幕を広げて車道に座り込む人々の誇らしげな写真がフェイスブックにアップされた。強風のなか 3 時間、とどまっていたという。後で知ったことだが、この週末、景勝地として有名なナイアガラの滝近くのアメリカ国境の道路も封鎖され、西海岸の大都市バンクーバーでも人々が線路の上に立ちふさがっていた。東海岸のハリファックスでも、内陸のマニトバでも。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんもウェッツンウェットゥンへの支援を呼びかけた。様々につながり合う人間の鎖が、ヨーロッパの植民国家カナダを内側から包囲した瞬間が象徴的に現れた、と言ってもいいのかもしれない。

 実は、この抵抗の影響を一気に東側に広めた要所タイタネガ (Tyendinaga) が、キングストンの近くにある。タイタネガで暮らすモハーク (Mohawk) の人々に薪 (まき) を寄付したいという友人と一緒に昨日、封鎖地点を訪ねた。車で1時間足らずで到着した線路の脇には、小さなカーキ色のテントが三つ張られていた。1 週間前に設営されたこの第 2 キャンプと、少し離れた第 1 キャンプが、カナダ東部で最も人口が密集するトロント-オタワ-モントリオール間の行き来を止めている。何万人もの人に影響を与えているのは、訪れてみれば拍子抜けするほどかわいいサイズのキャンプだった。

不通になった線路上の陸橋で翻っていた先住民の旗。赤い旗は闘いの旗だという=2020年 2 月、オンタリオ州タイタネガで、溝越賢撮影


 「私たちは実際には鉄道を封鎖しているわけじゃない。線路からは決まりよりも 2 倍の距離離れているから、その写真を撮っていくといいよ。だけど政府は、私たちの声を聞かなくちゃいけない。だから、こうしてるんだ」

 迷彩服に身を包んだ小柄なモハークの女性が、ドラム缶で薪 (まき) を焚いているテントのなかに私と友人を招き入れてくれた。テントの前には野外調理用の鉄板とプロパンガスがあり、じゃがいもが炒めらていた。私たちはパチパチはぜる薪から上がる灰を顔に受け、ドラム缶に手をかざしながら、彼女の話を聞いた。

 自分は教師で、いろいろな学校に先住民の言語や文化を教えに行っている。けれど助けを求める仲間たちの呼びかけに、仕事など放り出して来た。大地と水は何よりも大事だと、先祖から代々教わってきたからだ。自分には子どもが 4 人にて、3 人目の孫ももうすぐ生まれる。未来の子どもたちが豊かな大地の上で、きれいな水を飲めるようにしなければならない。両親のきょうだいやその子どもたちも含めて大きな家族で育った。そのうち一人は殺され、一人は強姦された、と。

 耳を疑うような悲劇は先住民のファミリー・ヒストリーに珍しくない。先住民女性の誘拐や失踪はカナダで特に多いが、警察はまともに捜査しない。若者の自殺率は極端に高い。保留地は上下水道や電線の敷設から取り残され、学校をつくる財源を欠き、安全な水を手に入れることすら難しいという。ヨーロッパからの入植者たちがこの大陸にやってきて以来の何百年分の問題が、こうした危険と不平等に凝縮されている。

 外から来た人たちが植民地に移り住んで先住民を駆逐していく形態の植民地支配をセトラー・コロニアリズム (settler colonialism) と呼ぶ。セトラー・コロニアリズムの最大の特徴は、入植者が居住し、利用するために、先住民から土地を奪い取ること。土地を奪うことによって、生活を破壊し、資源を吸い上げ、先住民を「後れた人々」や「二等市民」に変え、権利を否定していくのだ。土地を奪う手段には、暴力だけでなく、法律や買収や名ばかりの「合意」が総動員される。

 実際、企業側は今回のパイプラインの敷設についても、すべての先住民コミュニティの代表者から「合意」を取ったと繰り返している。その物言い自体が、まさにセトラー・コロニアリズムの延長線上にあることに気づいていない。

 「あいつらはね、電気を通じないようにして、テレビもラジオもインターネットも遮断して、メディアを追い出して、私たちを貧しさのなかで孤立させておいて、ほら、協力してもらえればこれだけの大金が手に入るんですよ、助かるでしょう? そう言って合意を取っていったのさ」

 テントのなかのモハーク女性は、私の両手を自分の手のひらで包んで、頬を寄せ、猫なで声をつくって植民地企業のずる賢さを演じた。

 リズミカルに手足を動かしながら、まるで歌うように話してくれる彼女が、自分は43歳と言ったとき、私は内心衝撃を受けた。私より 6 歳若いとは思ってもみなかったからだ。日に焼けて引き締まった面立ちからは、前歯が一本欠けていた。カナダの公的健康保険は歯科を含まないから、貧困層には歯がない人もいる。厳しい自然環境や激しい労働、そして危険と困難は、人の風貌に時をより深く刻む。

 しかし、自信に満ちた彼女は私の感傷など寄せ付けず、誇り高く私たちを抱きしめて、テントの外に送り出してくれた。「来てくれてありがとう。家族を大切に!」寒風に、先住民の闘いの旗がきらめいていた。

 先住民の歴史的な抵抗に、パイプライン会社だけでなく、経済界全体は苛立ちを強めている。営業できなくなった鉄道会社C Nレールは早々と450人もの解雇を発表した (コロナウィルスの影響で通常営業できなくなっている企業は多いが、こんなにすぐに従業員を切り捨てた会社はあるのだろうか? )。保守党の政治家たちは、一刻も早く警察を導入して抵抗者たちを排除しろと大合唱している。しかし、武装警察官の導入は過去に繰り返し先住民抵抗者の殺害に至っている。それを知っていて暴力による排除を求める指導者たちは、先住民は殺しても構わないと思っているのだろうか。この人たちはセトラー・コロニアリズムの歴史の勉強とともに、人としての教育をやり直す必要があるかもしれない。そもそも今回の抵抗は、警察の暴力をきっかけに広がった。優柔不断に見えるトゥルードー首相の「力を使っても解決にならない」という言葉は、現実的な意味で正しい。

 ウェッツンウェットゥンの人々が始めた自然と未来の世代を守る行動はいま、セトラー・コロニアリズムの上に成立したカナダという国の過去を照らし出す問いへと発展している。この批判的な問いはしかし、これまでの暴力と不平等と環境破壊をやめて、新しい世界をつくろうとする呼びかけなのだ。だから「シャットダウン・カナダ」。このカナダを閉じて、あの彼方へ。シャットダウン・カナダは、もっとよい未来を夢見る力なのだ。

 こののびのびとした想像力に接して、私は新たな米軍基地の建設に長年反対している沖縄の人々を思い出さずにはいられない。辺野古の海のきらめきと、高江の森の豊かさを、重ねずにはいられない。沖縄の人々も非暴力に徹しながら、自然を破壊し、戦争に加担する基地の建設に体を張って抵抗してきた。その粘り強い行動は、不正義に直面しても未来を望む強靭な想像力を宿している。一方、それを暴力的につぶそうとしている日本政府は、自身のセトラー・コロニアリズムと向き合うどころか、植民地支配全体が生んだ様々な傷を否定しかしない。その証拠に、韓国、中国との関係の悪化はとどまるところを知らない。

 ウェッツンウェットゥンのS O Sと沖縄の訴えはつながり、植民地主義の克服という同時代的な問題を提起している。ところで、グレタ・トゥーンベリさんは、沖縄の闘いを知っているだろうか?
 
〈了〉

追伸 : 2 月24日早朝、警察はタイタネガの鉄道封鎖拠点に踏み込んで解体し、モハークの人々に手錠をかけた。これに抗議するデモがいま、オタワの国会議事堂に向かい、新たな道路や線路の封鎖が全国で始まった。力の行使は問題を解決するどころか、問題を解決し難くし、抵抗の火に油を注いでいる。

 
 

【プロフィール】
小笠原みどり (おがさわら・みどり)
ジャーナリスト、社会学者、元朝日新聞記者。
アメリカの世界監視網を内部告発したエドワード・
スノーデンに2016年5月、日本人ジャーナリストと
して初の単独インタビュー。
18年、カナダ・クイーンズ大学大学院で監視研究
により社会学博士号を取得。
新著に『スノーデン ・ファイル徹底検証 日本はアメリカの世界監視システムにどう加担してきたか』(毎日新聞出版)。
 
 
 
 
 

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