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非常時に必要な “冷めた眼”

寄稿:飯室勝彦

2020年4月10日


 新型コロナウイルスとの戦いは、政府による「緊急事態宣言」の発令で新しいステージに入った。感染拡大防止、終息を目指し、特別措置法に基づいて行政による一定の私権制限が可能になったが、世論は大方が肯定的のようだ。しかし一部を除いて要請レベルにとどまり、強制力を伴わないとはいえ、法律を根拠にした要請は重い。国民の権利や自由が過度に制約されないよう、“冷めた眼” による監視が求められる。

◎煽った小池都知事
 宣言発令により対象となった東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の各都府県知事は、外出自粛、店舗など営業の自粛・休止、施設の使用停止など私権の制限を伴うさまざまな措置が可能となった。

 経済に対する徹底的打撃となる不安から宣言に慎重だった安倍晋三首相も、感染者の激増で決断に追い込まれた形だ。医療体制が危機にさらされている地域が生じていることもあるが、小池百合子・東京都知事が演出した雰囲気に煽られた観は否定できまい。

 小池知事は巧みで派手なパフォーマンスを繰り広げた。3 月末にはテレビ写りを意識し、「感染爆発」「重大局面」などのパネルを用意して記者会見に臨んで危機を訴えた。政府側がしないと明言している「ロックダウン」(都市封鎖) にも言及した。それ以後も、感染者が大幅に増えていることを連日発表したり動画を公開したりして切迫感を訴えた。
 吉村洋文・大阪府知事、尾崎治夫・東京都医師会長などもこれに同調した。

◎「仕方ない」の雰囲気
 報道による限りでは、私権制限に対する批判の声は多くはないようだ。地球規模でウイルスが広がり経済にも重大な影響が出ている現状から多くの人は「やむを得ない」と受け止めたとみられる。

 現場の行政責任者である都知事が切迫感を抱くのは理解できるが、明らかにテレビ映りを意識したパフォーマンスや、過度に幅広い業種の休業を要請しようとするなど私権制限に前のめりの都知事の姿勢に違和感を抱いた人は少なくないのではないか。

 休業要請対象の業種などをめぐる政府と東京都の「対立」、混乱で特措法発動の効果は減殺されかねない。

 メディアによる調査では世論は宣言発令を評価している (たとえば 4 月 9 日付け『毎日新聞』朝刊によると72%が宣言発令を評価)。国民の不安の反映といえるが、政党やマスコミ、ジャーナリズムにも私権制限への警戒感はあまり表れていない。安倍首相が宣言発令を説明した国会でも野党からさえ厳しい質問はなかったし、マスコミも現実となった宣言と私権制限を当然の前提としており、正面からの批判的な報道はほとんどない。

◎果たしていない使命
 ヨーロッパ各国と違って罰則はなく、要請にとどまるとはいえ「法律に基づく」意味は重い。拒否するには勇気を要する。だからこそ今回の事態に備えて改正された特措法の条文本体にも国会の付帯決議にも「国民の自由と権利の制限は必要最小限とする」という趣旨の条項が盛り込まれた。

 議会には行政が行き過ぎないか監視する使命と責任がある。それはジャーナリズムも同様だ。行政に限らず、社会で生起するさまざまな事象を冷静に追い批判的に伝えなければならない。

 昨今のジャーナリズムはその使命を十分果たしているとは言えまい。特措法に関する報道だけではない。多くのメディアが社会の興奮の渦に巻き込まれ、トイレットペーパーなどの買い溜めを “騒ぎ” として報道することで、一時的にしろかえって混乱を増幅する結果になった。

 世代間の分断を招きかねない報道もあった。東京都の外出自粛要請にもかかわらず渋谷に繰り出した若者らを非難しながら、「おばあちゃんの原宿」東京・巣鴨の「とげ抜き地蔵」に集まった高齢者を批判することはなかった。

 「国難」ともいわれる事態に直面し、無事乗り越えられるよう願うのは当然だが、私たちは、メディアが社会的興奮に巻き込まれ、しまいには先頭に立って興奮を煽り悲劇的な結末に至った苦い歴史を背負っている。

 現在の政権は、安保法制の構築、黒川弘務・東京高検検事長の定年延長が示すように、憲法、法律を恣意的に解釈、運用する政治家が握っている。「国民の健康、生命を守る」と称して人権を過度に制約しないよう、非常時だからこそ冷めた眼による厳しい監視、チェックが必要だ。

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