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自動ブレーキとしての検察定年

寄稿:飯室勝彦

2020年5月22日


 法解釈の変更という禁じ手を使い、あるいは人事権をテコにして・・・・・・いつもの方法で検察にも支配の手を伸ばそうとした安倍晋三政権のもくろみは、厳しい世論を前に実現しなかった。しかし政権としては一歩踏み出すことに成功し、目的の半分は達成されたのではないか。検察庁法の改正実現が不透明になったとはいえ検察支配への足がかりは作られた。法案阻止で気を緩めてはいけない。

◎ “特捜の基盤” は国民の信頼
 検察は一般事件の捜査、訴追だけでなく政治腐敗やいわゆる「巨悪」の摘発に力を注ぎ、現職国会議員、首相、閣僚の経験者を逮捕することもある。こうした重大事件に取り組む検察官である特捜検事たちはしばしば “最強の捜査機関” と称される。
 相手が有力政治家であっても巨悪であっても、特捜が事件と果敢に取り組み法を適用することができるのは、国民の信頼、支えがあるからだ。
 その信頼は不正を暴いてきた数々の実績と、政治から一定の距離をおいて自主独立を保つ姿勢から生まれる。行政機構の一環でありながら「準司法」と呼ばれるのはこうした特別な役割と立ち位置ゆえである。歴代政権はこの立ち位置に配慮して、人事も法務検察内部で実務を通して自然に固まってくるプランを尊重する慣行だった。

◎立ち位置を支える「定年」
 「政治から距離を置いた自主独立」を可能にしてきたベースの一つが検察官の厳然たる定年制だ。検事総長は65歳、(高検) 検事長、(最高検) 次長検事など他の検察官は63歳の定年になれば、本人や任命権者の意にかかわらず退職しなければならない。
 国家公務員については国家公務員法で定年延長が認められているが、検察庁法には検察官の定年延長を可能にする規定がない。従来の政府解釈も「国公法の規定は検察官には適用されない」としていた。
 検察官の任命権は内閣にあるが、退職時期については任命権者といえども延長が許されないのが現行法のルールである。特定の検察官の定年を延長して、政治や政権に好都合な検察運営を期待したり、延長がなければ就けない重要なポストに新たに就けたりするなど恣意的な人事はできない。
 人事は、当事者の退職時期が動かせなければ後任人物の選択肢なども限られ裁量の余地が少ない。そのせいもあって歴代政権は検察の自主や自律を尊重してきた。
 定年の延長規定がないことは、政治権力に延長を利用した恣意的な人事を許さず暴走させない「自動ブレーキ」の役割を結果的に果たしていた。

◎ブレーキ外した安倍政権
 安倍内閣はこのブレーキを外し、恣意的人事へ道を開いた。法解釈を変更し、「国家公務員法の定年延長規定は検察官にも適用される」として黒川弘務東京高検検事長の定年を半年間延長した。
 政権に近い黒川氏を検事総長にするためとみられており、2 月には63歳の検事長定年で退職するはずだった黒川氏は定年後も半年間、現職に留まることができ、その間に検事総長に昇格できる可能性が出てきた。
 こうした経緯を見ると、定年延長に関する詳細などを明文で盛り込んだ検察庁法改正案に「恣意的人事を正当化する後付けの理屈」「検察の自主独立を脅かす」と厳しい批判が集まったのも、国会での採決が先送りされたのも当然であろう。

 しかしこれで一件落着とするわけにはいかない。黒川氏は賭け麻雀が発覚して辞任に追い込まれ検事総長にはなれなかった。当面、定年延長が法で明文化されるのは避けられ、改正案の成立も微妙な情勢とは言え、「延長できる」という法解釈の変更は既成事実として残る。
 政治と距離をおくことを可能にしていた重要な要因である「厳然たる定年」がなくなり、恣意的な人事で検察への影響力を強め、支配することにもなりかねない。政治と検察との距離が近づき、検察側が政治の意向を忖度したり萎縮したりすることも予想される。
 
◎信頼失墜は必至
 そうなれば国民の検察に対する信頼は失われ、巨悪の摘発どころではない。安倍首相は「恣意的人事など行われるわけはない」と懸命に弁解するが、「恣意的な人事などできない」制度でなければならない。求められるのは「しない」ではなく「できない」である。
 そのために現在国会に出ている検察庁法改正案を全面的に組み替えるとともに、検察官の定年延長を可能した国公法の解釈変更を白紙に戻さなければならない。
 「恣意は挟まない」善意に頼るのではなく、「恣意は挟めない」制度的保障がなければならない。

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